知財判例データベース 使用者の職務発明にかかる無償の通常実施権は、優先権に基づいて外国で出願され登録される権利にも及ぶ

基本情報

区分
職務発明
判断主体
ソウル高等法院
当事者
E社(原告、被控訴人)v. P氏(韓国個人)(被告、控訴人)
事件番号
2011ナ20210
言い渡し日
2011年12月08日
事件の経過
上告

概要

333

使用者が職務発明に該当する特許権又は実用新案権に関して通常実施権を有するかどうかは、通常実施権を発生させる原因関係である「職務発明の基礎になる雇用関係」に関する準拠法により決定されなければならないところ、使用者と従業員間の雇用関係が韓国法により規律される以上、使用者が職務発明に関する国内特許権又は実用新案権に対して有する無償の通常実施権は、上記の国内特許権又は実用新案権の優先権に基づいて外国で出願され登録される特許権又は実用新案権にも及ぶものであると解するべきである。

事実関係

E社は、自動車部品のうち、ワイパーを専門に製造・販売する会社であり、P氏は、E社に在職中、多機能ワイパー開発事業を総括し退職した者であるところ、P氏はE社を退職した直後、本件発明及び考案に関して自身を単独発明者として韓国及びカナダ等で特許及び実用新案登録出願をし、これに対して特許権及び実用新案権の設定登録を受けた。E社が本件発明及び考案と類似のワイパー製品を製造・販売するや、P氏は、原告の取引先などを対象に、E社の製品がP氏の特許権などを侵害すると主張した。これに対しE社は、P氏を相手取って、原告E社の製品が被告P氏の特許権などを侵害しているという虚偽事実の流布、その他について請求した。

これに対して第一審法院は、被告が本件発明及び考案の発明者でないにもかかわらず冒認出願をしたものであって、本件発明及び考案に対する権利は、開発資金を支援した京畿地方中小企業庁と原告に帰属すべきという原告の主張について排斥したものの、本件発明及び考案は、職務発明に該当し、原告はこれに対する無償の通常実施権を有するため、原告が本件発明及び考案と類似のワイパー製品を製造・販売をしてもこれは被告の特許権などに対する侵害には該当しないとし、この点において原告の請求を認容したものである。そこで、被告は、これを不服として控訴したものが本件である。

判決内容

被告は、(1)本件訴訟は本件発明及び考案のうち、韓国で登録した特許権及び実用新案権の優先権を基礎として外国で出願し登録ないし公開された特許権及び実用新案権に対して、原告が通常実施権を主張しつつ被告の権利を制限する請求をするものであるため、各登録国の特許権及び実用新案権の効力がその審理対象であるところ、各登録国ごとに専属的国際裁判管轄があるのであって、外国の特許権及び実用新案権に関する訴訟を韓国法院に提起した本件訴えは、不適法であるという点、(2)特許の属地主義の性格上、本件発明及び考案に対する原告の通常実施権は、韓国でのみ認められるだけであって、カナダなど外国で出願及び登録された発明及び考案には及ばないとすべきてあるという点について争ったものである。

ソウル高等法院は、本件訴えに対する国際裁判管轄権が認められるか否かについて、本件原告の請求は、被告が本件発明及び考案を利用し営業をする原告の取引先に対して「原告が被告の特許権又は実用新案権を侵害している」という虚偽事実を流布することにより原告の営業を妨害していることに対し、当該妨害行為の差止を求めているものであるため、特許権及び実用新案権の効力を直接的な対象とする訴訟でなく、原告主張の営業妨害行為があったかどうか、具体的には被告の行為が虚偽事実流布に該当するかなどを判断するために本件発明及び考案に関して原告が通常実施権を有するか否かを審理しなければならないという問題があるのみであって、特許権の効力が直接的な審理対象となる訴訟の場合のように、登録国に専属管轄があるものと見なければならないという論点とは別論のものであって、単に一般民事訴訟の先決問題に過ぎない本件の場合には、その民事訴訟に関して管轄権を有する法院が審理・判断できるものと判示した。

また、ソウル高等法院は、外国で出願及び登録された発明及び考案に対しても原告に通常実施権が認められるか否かについて、どのような特許権及び実用新案権に関して通常実施権を有するかは、通常実施権を発生させる原因関係の存否又は効力如何によって決定されるべきであるから、その判断に当たっては、原因関係である「通常実施権設定契約」又は「職務発明の基礎となる雇用関係」に関する準拠法が適用されるべきであるとした。そして、本件において原告が本件発明及び考案に関して主張する通常実施権の原因関係は、「職務発明」であり、職務発明の成立如何は、国内法人である原告と内国人である被告間の韓国での雇用関係を直接的に審理・判断しなければならないため、これを規律する国内法が適用されるものと判断した。これによって、原告が本件発明及び考案のうち国内の特許権及び実用新案権に関して職務発明に基づいた通常実施権を有する以上、上記の特許権及び実用新案権の優先権に基づいて外国で出願され登録ないし公開された特許権及び実用新案権も同一の雇用関係による職務発明によるものと見るべきであるから、原告は、これらに対しても通常実施権を有するものであると判示し、被告の控訴を棄却した。

専門家からのアドバイス

外国で出願及び登録された発明及び考案に対しても原告、すなわち使用者に通常実施権が認められるか否かについて、個別の特許権の成否及び有・無効の問題と職務発明に対する通常実施権の帰属問題は区別できるものであり、使用者の法益と発明者である従業員の法益の合理的な調和を図るために、原則的に職務発明に対する権利を発明者の従業員に与える一方で、使用者には無償の通常実施権を許諾する発明振興法の立法趣旨を考慮すれば、各国の法制の違いにより通常実施権の有無が影響されることなく一元的に処理され得るよう、該当職務発明の基礎となった雇用関係に帰属する韓国国内法を準拠法として提示した本件判決は、非常に妥当なものと考えられる。しかしながら、被告の主張のように、属地主義原則により各国で通常実施権を認めているかどうかによって個別的に決定されるべきだという見解が生じ得るのが現実であるだけに、これに対する今後の大法院の判断を注目する必要がある。

特許は、国内のみならず海外にも出願し得るものである上、特許権自体は、いわゆる属地主義の原則により各国法下により規律されるため、このような国際裁判管轄や準拠法が問題となる事例が散見される。そのため、特に現地に進出している日系企業においては、職務発明に対する通常実施権の帰属問題をはじめ、海外における特許を受ける権利の扱いや対価の取決め等について、いずれの国の法律を準拠法とすべきか従業員と合意した上、その内容を必ず取り決めておくべきである。

ジェトロ・ソウル事務所知的財産チーム

ジェトロ・ソウル事務所 知的財産チームは、韓国の知的財産に関する各種研究、情報の収集・分析・提供、関係者に対する助言や相談、広報啓発活動、取り締まりの支援などを行っています。各種問い合わせ、相談、訪問をご希望の方はご連絡ください。
担当者:大塚、李(イ)、半田(いずれも日本語可)
E-mail:kos-jetroipr@jetro.go.jp
Tel :+82-2-3210-0195