知財判例データベース 美容師と締結した競業禁止約定が無効であると判示した事例
基本情報
- 区分
- その他
- 判断主体
- ソウル東部地方法院
- 当事者
- ○○○(原告)v.○○○(被告)
- 事件番号
- 2010ガ合11116
- 言い渡し日
- 2010年12月16日
- 事件の経過
- 未確認
概要
299
美容師である被告が使用者の営業秘密を知得せず、美容師と顧客の間の信頼関係は美容業務の遂行過程で自然に形成されるものであって競業禁止約定を通して保護する価値が低く、そして、被告に競業禁止約定と関連して何らの代価が支払われておらず、競業禁止約定による公共の利益が被告の職業選択の自由などを侵害して得る利益より大きくもないため、原告と被告の間の競業禁止約定は勤労者である被告の職業選択の自由と勤労権などを過度に制限するか、又は自由な競争を過度に制限しているので民法第103条に定めた善良な風俗、その他の社会秩序に反する法律行為として無効である。
事実関係
被告は原告が営む美容室で美容師として勤めながら原告とヘアーデザイナー自由職業所得契約書(以下、「本件契約書」とする)を締結したが、本件契約書には「契約終了後、1年以内に同種業界(同じ区又は洞)の他の業者に転職できず、原告の店舗から半径4km以内で開店したり他の業者の経営・運営に関与できない」という趣旨の競業禁止約定が含まれていた。被告は原告が営む美容室を辞めた後、約500m離れた距離に位置する他の美容室で美容師として勤め始めたため、原告は競業禁止約定違反による競業禁止及び精神的苦痛に対する慰謝料の支払いなどを請求した。
判決内容
使用者と勤労者間の競業禁止約定の効力と関連し、そのような約定が憲法上保障された勤労者の職業選択の自由と勤労権などを過度に制限したり自由な競争を過度に制限する場合には民法第103条に定めた善良な風俗、その他の社会秩序に反する法律行為として無効と見なければならず、このような競業禁止約定の有効性に関する判断は保護する価値のある使用者の利益、勤労者の退職前の地位、競業制限の期間・地域及び対象職種、勤労者に対する代価の提供有無、勤労者の退職経緯、公共の利益及びその他の事情などを総合的に考慮しなければならず、ここで言う「保護する価値のある使用者の利益」とは、不正競争防止及び営業秘密保護に関する法律で定めた「営業秘密」だけでなく、その程度に至らなかったとしても当該使用者だけが持っている知識又は情報を第三者にリークしないように勤労者と約定したものであったり、顧客関係や営業上の信用の維持もこれに該当するというのが大法院判例の解釈である。
法院はこのような法理に基づき、被告は原告の美容室で勤めた期間、教育訓練などを通して特別な美容技術を習得する等の方法で何らかの営業秘密を知得したとは見られない点、原告が主張する使用者としての利益は原告美容室のブランド価値であってこのような利益は顧客が美容室のブランド価値を見て美容室を選ぶという点を前提とするため、被告が他の美容室に転職したからといって直ちに侵害され得ないため、本件競業禁止約定により保護する価値のある利益であるとは見られない点、美容師と顧客の間の信頼関係はその美容業務の遂行過程で自然に形成されるものに過ぎず、顧客が被告を追って他の美容室を利用するようになったとしてもこのような人的関係は競業禁止約定を通して保護する価値のある利益に該当すると見難いか又はその保護価値が相対的に少ない部分であると考えられる点、競業禁止約定は一般的に使用者に比べて経済的弱者である勤労者に対し憲法上の職業選択の自由や営業の自由を制限するものであるからその生存を脅かすおそれがあって、特に容易に他の職種に転職できる技術や知識を持っていない被用者は従前の職場で習得した技術や知識を利用する同種業務に従事できないとすると生計を立てるのに相当な脅威を受け得る点、原告が被告に本件競業禁止約定と関連していかなる代価も支払っていない点、本件競業禁止約定による公共の利益が被告の職業選択の自由などを侵害して得る利益より大きいと思われない点などを総合してみれば、たとえ本件競業禁止約定がその期間と場所を一定の範囲内においてのみで制限しているという事情を勘案しても本件競業禁止約定は勤労者である被告の職業選択の自由と勤労権などを過度に制限するか、又は自由な競争を過度に制限しているため、民法第103条に定めた善良な風俗、その他の社会秩序に反する法律行為として無効であると見るのが相当であると判示し、本件競業禁止約定が有効であるということを前提とする原告の請求を全て棄却した。
専門家からのアドバイス
競業禁止約定は本質的に職業選択の自由を制限し、勤労者の生計とも関連があるという特性があるため、保護する価値のある使用者の利益が認められるかどうかなど様々な要素を考慮してその有効性が認められるべき問題である。この大法院の判例は保護する価値のある使用者の利益の概念を不正競争防止及び営業秘密保護に関する法律で定めた「営業秘密」より多少広く定義してはいるが、実務上営業秘密でない使用者の利益を認めた事例はほとんど見受けられない。本件判決も競業禁止期間を契約終了後1年と制限しその地域的範囲も店舗から半径4kmと明確に限定しているにもかかわらず、競業禁止約定の有効性そのものを否定しているが、これは結局のところ保護する価値のある使用者の営業秘密が存在しないという点に基づいたものと考えられる。
法院は予備校などの講師が転職した事案でも類似の説示をして転職禁止約定の有効性を否定しており、このような傾向に照らしてみるとサービス業と認識される分野での競業・転職禁止事項は、容易には認められないと言える。その一方で、サービス業でない重要技術に関する分野に勤めつつ使用者の営業秘密を知得した職員が競合社に転職した場合には転職禁止が命じられた事例が数多く存在している。
知的財産権や著作権などを中心とする判決の中にあって、美容師や予備校講師の競業・転職禁止を論じた本判決は、かなりの距離があるように見えるが、例えば開発技術者ではない、顧客から大きな信用を得ているセールスエンジニアの転職問題を想定すれば分かるように、結局のところ使用者は訴訟を提起する前に自社・使用者が属する分野の特性を考慮し上記の転職禁止約定の有効性判断基準に沿って綿密に検討してみる必要があるということを強く示唆していると言えるのである。
ジェトロ・ソウル事務所知的財産チーム
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