知財判例データベース 特許出願日前に明細書記載の薬理効果を表す薬理メカニズムが明らかになっていたかどうかに対する判断基準を提示した事例

基本情報

区分
特許
判断主体
特許法院
当事者
ノバルティスアゲ(原告)v. 特許庁長(被告)
事件番号
2009ホ6519
言い渡し日
2010年07月16日
事件の経過
確定

概要

282

本件組成物に対する直接的な薬理メカニズムは公知となっていないが、上位概念の薬物の複合療法が血圧降下の薬理活性により高血圧など対象疾患の治療用途として使われるという点と本件組成物の構成薬物がその上位概念に属するという点が本件出願発明の優先権主張日以前に公知となっていたとすれば、本件組成物の薬理メカニズムは優先権主張日当時、既に明らかになっていたとみることができる。

事実関係

原告は「レニン阻害剤を含む心臓血管疾患用上昇効果配合物」に関する発明について特許出願したが、特許庁審査官は発明の詳細な説明に関する旧特許法第42条第3項の要件、及び特許請求の範囲の明確な記載に関する旧特許法第42条第4項第2号の要件を満たしていないという理由で拒絶決定をし、原告は特許審判院に不服審判を請求すると共に特許請求の範囲を一部訂正する補正を行った。しかし、前置審査において特許庁審査官はその補正にもかかわらず旧特許法第42条第3項の要件を満たしていないなどの理由で補正却下決定を下し拒絶決定を維持した。特許審判院も同じ理由で原告の審判請求を棄却し、これに対して原告は審決取消訴訟を特許法院に提起した。

判決内容

旧特許法第42条第3項によれば、発明の詳細な説明にはその発明が属する技術分野における通常の知識を持った者が容易に実施できる程度にその発明の目的、構成及び効果を記載しなければならず、特に薬理効果の記載が要求される医薬の用途発明においてはその出願前に明細書記載の薬理効果をもたらす薬理メカニズムが明らかになっている場合のような特別な事情がない限り、特定物質にそのような薬理効果があることを、薬理データなどが示された試験例を記載したり、これに代わる程度に具体的に記載してはじめて発明が完成されたと見られると同時に明細書の記載要件を満たしたとみなすことができる。特許法院は本件に対し、たとえ医薬の用途発明に該当する本件出願の発明の詳細な説明に本件組成物の薬理効果に対する具体的記載がなく、本件組成物に対する直接的な薬理メカニズムが先行文献で公知になっていないとしても、(1)上位概念の薬物であるレニン阻害剤などが血圧降下の薬理活性により高血圧など対象疾患の治療用途として使われるという点と(2)本件組成物の構成薬物がその上位概念であるレニン阻害剤などに属するという点が本件出願発明の優先権主張日以前に公知となっていたのであれば、本件組成物の薬理メカニズムのうち、血圧降下の薬理活性により高血圧又は鬱血性心不全症の治療効果をもたらす薬理メカニズムは公知となっていたと見られると判断した。しかし、それにもかかわらず、本件出願発明の対象疾患には血圧降下を通して治療されたり予防されると見られない疾患も含まれているため、全ての対象疾患に対して本件組成物の薬理メカニズムが明らかになっているとは言えず、結局本件出願発明は旧特許法第42条第3項の要件を満たしているとは見られないという理由で原告の請求を棄却した。

専門家からのアドバイス

旧特許法第42条第3項で、発明の詳細な説明にはその発明が属する技術分野における当業者が容易に実施できる程度にその発明の目的、構成及び効果を記載しなければならないとした趣旨は、当業者が当該発明を明細書記載により出願時の技術水準で見て特殊な知識を付加しなくても正確に理解でき、同時に再現できるようにしなければならないというものである。

従って、特許法院が、本件組成物の薬理メカニズムのうちの血圧降下の薬理活性により高血圧又は鬱血性心不全症の治療効果をもたらす薬理メカニズムについては、発明の詳細な説明に薬理メカニズムに対する具体的記載がなく、また、直接的な薬理メカニズムが先行文献により公知となっていないとしても、本件組成物の構成薬物が含まれる上位概念の薬物の薬理メカニズムが先行文献により公知となっていれば、当業者がこれを実施するのに特別な困難はないと判断し、発明の詳細な説明に関する明細書記載要件を弾力的に解釈した点は、上記のような立法趣旨に符合するもので、妥当な解釈であると言える。

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