研究開発の資金難や人材難への懸念高まる-EU離脱の影響、第三国の新規投資に期待-

(英国)

ロンドン発

2016年08月10日

 EU離脱によるEU研究開発資金へのアクセスや優秀な人材獲得への懸念が英国内で高まっている。EUからの資金や人材の穴を埋めるため、中国など第三国からの新規投資誘致に期待が高まっている。

EU独自の研究プログラム参加にも赤信号>

 2013年にノーベル物理学賞を受賞したピーター・ヒッグス教授をはじめとする英国出身のノーベル賞受賞者13人は、国民投票に先立ち「EU離脱は英国の研究分野へ危険をもたらす」と「テレグラフ」紙(611日)に寄稿した公開書簡で警告した。13人は、英国の研究分野はEUの中でこそ世界に通用し、離脱によって、資金不足や優秀な人材の確保が困難になる問題が発生すると予想している。

 

 英国には20072013年の7年間で、EUから総額88億ユーロの研究開発予算が配分されている。さらに英国は、EU独自の研究プログラム「ホライズン2020」に参加しており、欧州全体の研究費のうち14.9%(構成比、ドイツに次いで2番目の投資額)が給付されている。EUから離脱した場合、「ホライズン2020」からも原則脱退することとなり、離脱によってこれら全ての研究費支援がなくなる可能性がある。

 

 英国最古の科学者団体である王立協会(Royal Society)に参加しているケンブリッジ大学のスティーブン・ホーキング教授を含む研究者150人以上も同様に、EU離脱によりEU研究開発基金へのアクセスや若手研究者の確保に困難を生じるという懸念を示した書簡を「タイムズ」紙(310日)に発表した。その中で、スイスを含む非EU加盟国15ヵ国も財政を負担することによって「ホライズン2020」に参加できてはいるものの、スイスを例にとって、EU非加盟国はEU研究資金へのアクセスに制限があり、人の移動の制限により、スイスはEUからの若手研究人材の獲得に苦労している、と主張した。

 

 この発言は、スイスで20142月にEUが目指す「人の自由移動」と相いれない大量移民制限案が国民投票で可決され、「ホライズン2020」や学生交流プログラム「エラスムス+」(エラスムス・プラス)への参加がEUにより一時保留とされた(2014年5月13日記事参照)ことを受けている。スイスは同年9月にホライズン2020へ参加復帰を認められたものの、20172月までに同国がEUの掲げる人の自由移動策を受け入れない限り、20161231日に参加権が再び消滅することになる。

 

EU出身の優秀な研究者の英国での研究継続が困難になる恐れ>

 オックスフォード大学やケンブリッジ大学などトップクラスの大学24校による組織ラッセルグループの2016414日の発表によると、24大学で研究・教育に携わる職員(研究者・教員含む)の5人に1人が英国以外のEU加盟国出身者だという。同グループは、それらの職員の処遇について今すぐの変更はなく、政府の今後の対応を見守りたいとしているが、EU離脱後の研究人材の確保は、研究レベルの維持に向けて重要な問題だ。

 

 その一方、国民投票後、EU各国で実施中のEUの研究開発プログラムの中で、英国人の研究者の採用数、指導者としての登用数が早くも減り始めていると「ガーディアン」紙(712日)は報じており、英国人科学者の国際的な研究活動の機会喪失の懸念も広がっている。

 

 「タイムズ」紙の教育情報誌「タイムズ・ハイアー・エデュケーション」(75日付)が発表したEU出身の在英研究者に対する調査では、調査対象167人中51人は今後を不安視、33人は英国から出国することを計画している。一方で、国民投票後何も影響はないと答えたのはわずか3人だった。この結果からも分かるように、離脱後の英国の研究分野に対するEU出身者の懸念は強い。

 

<中国からの研究投資に期待>

 EUからの研究開発費が減った分を、中国などEU域外の第三国からの投資で補うことへの期待も高まっている。

 

 例えば、ロシア出身でオランダ国籍のアンドレ・ガイム教授(元マンチェスター大学教授)がノーベル物理学賞を受賞した理由となった「ワンダー・マテリアル」とも称される新素材グラフェンの研究は、マンチェスター大学を中心として行われている。「ガーディアン」紙(725日)は、グラフェン研究に対するEUからの補助金は年間100万ポンド(約13,300万円、1ポンド=約133円)にもなるが、EU離脱により受け取ることができなくなり、研究費不足に陥る可能性があると報じた。

 

 しかし、その一方で、「中国日報」(524日、726日)によると、国立グラフェン研究所は中国系2団体から研究資金を受け取る契約がまとまったと発表している。1つは2年計画で華為技術(ファーウェイ)と同社電子製品にグラフェンを活用するための研究、もう1つは5年計画で北京航空材料研究所と丈夫で軽い輸送機器の研究開発をするというもので、後者の研究資金は200万~300万ポンドだとされている。2015年の習近平主席の国立グラフェン研究所訪問後、中国のグラフェン研究は急速に加速しており、同研究所のジェームズ・ベイカー氏は「中国との同研究のさらなる協力強化を期待している」(「中国日報」726日)と語った。

 

(堀田祐未)

(英国)

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