国防力維持に向けた製造業調査の大統領令に署名-サプライチェーンに含まれる全ての工業製品が対象-

(米国)

ニューヨーク発

2017年08月02日

トランプ大統領は7月21日、国防力の維持を目的とした国内製造業基盤の調査実施を指示する大統領令に署名した。国防長官は大統領に対して、調査結果と国内製造業の強化策などの対応策を270日以内に取りまとめ、報告する。本調査は労働者の技術など幅広い分野を含むが、1962年通商拡大法232条に基づいて政権が既に実施している調査とは異なり、輸入制限措置の法的根拠にはならない。

270日以内の報告を国防長官に求める

トランプ大統領が7月21日に署名した大統領令(「米国の製造業、国防産業基盤、サプライチェーンの弾力性(レジリエンス)に関わる評価と強化」外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)は、国防力維持の観点から国内製造業基盤やサプライチェーンの現状を調査するよう国防長官に命じるものだ。具体的には、国防上不可欠な製品と同製品の国内生産能力およびサプライチェーンに負の影響を及ぼす可能性のある有事を特定した上で、国内製造業やサプライチェーンの強化策などの対応策とともに、270日以内に大統領に報告することを国防長官に求めている。

大統領令は「2000年以降、6万以上の工場や企業が閉鎖に追い込まれ、約500万人もの製造業雇用が失われた。これにより、国防上必要な基準を満たすための米国製造業の生産能力が質量ともに失われる危険性がある」とし、安全保障上の観点から国内製造業を強化する必要性を強調している。

通商製造業政策局(OTMP)のピーター・ナバロ局長は、「フォックスニュース」(電子版7月22日)に寄稿し、「例えば、海軍の潜水艦のスクリューを修理することができる企業は米国内に1社しかない」と述べている。また、航空機用液晶ディスプレー、半導体(注1)、プリント基板、レアアース処理機を例示し、これら多くの分野で「米国は重要な国防能力を失う危険性に直面している」とした。トランプ政権が4月29日にホワイトハウス内に設置したOTMPは、経済成長の促進や貿易赤字の削減のほか、製造業と国防産業基盤の強化に向けた政策に関して、大統領に提案することなどを使命としている。

今回の大統領令は、全ての工業製品を対象にしている。直接的には国防には関係しない製品であっても、それらの部品が手に入らなければ国防に必要な製品を製造できない場合もあると指摘し、国防関連製品のサプライチェーン全体を調査対象にする方針を示した。

職業訓練制度を拡充も強調

ナバロOTMP局長は「調査は政府全体で行う」と述べている。「防衛を国防総省のみが関係するものとみるのではなく、労働省は熟練技術労働者の分野で、商務省はデュアルユース技術(軍事・民生ともに利用できる技術)で、エネルギー省は十分なエネルギー量の確保などで関係する」とし、調査・対応策が広範囲にわたることを示した。

特に、大統領令は「工場の閉鎖や製造業雇用の減少は、生産能力や防衛産業基盤の衰退だけでなく、国防にとって重要な労働者の技術の衰退も招いてきた」とし、新たな教育・職業訓練制度の創設の必要性を強調している。例示された調査項目の中にも、「製造業雇用者の技術や教育」という項目を盛り込んだ。ナバロOTMP局長は、中でも造船、車両製造、航空機施設(aircraft facilities)などの分野で国防の要件を満たす十分な労働力が供給されていない、との見方を示した。

なお、トランプ政権は6月15日、有給の実習を含む職業訓練制度の拡充を指示する大統領令にも署名している(2017年7月5日記事参照)。

輸入制限措置の法的根拠にはならず

安全保障の分野に詳しいワシントンの調査会社ITTAのエリック・ランデル社長兼最高経営責任者(CEO)は「米国政府は防衛産業基盤の調査を行うことを法律によって既に義務付けられており、今回の大統領令は政府として『新たな』取り組みを必要とするものではない(注2)。ただし、政治的には、貿易政策と安全保障をつなげようとするトランプ政権の試みの表れと捉えられる」と分析している。

トランプ政権は、既に1962年通商拡大法232条に基づき、鉄鋼とアルミニウムの輸入が米国の安全保障に及ぼす影響に関する調査を実施している(2017年4月24日記事参照)。今回の大統領令で指示された調査は、同じく米国の安全保障を目的としたものだが、他省庁とも協力しつつ国防総省が取りまとめることになっており、商務省が所管する232条調査とは枠組みが異なる。

232条調査では、対象製品の輸入が米国の安全保障に脅威と商務省が判断した場合は、大統領は関税引き上げも含め当該輸入を是正する措置を取ることができるが、今回の国防総省による調査は単体では新たな輸入制限措置を取るための法的根拠にはなり得ない。ワシントンの通商分野の専門家は「今回の調査は232条調査などの今後の貿易措置の対象を洗い出すことが目的と捉えることもできるが、調査結果に基づいた措置の実施を裏付けるものでは全くない」と指摘している。

(注1)オバマ前政権は2017年1月9日、「半導体産業における米国の長期的なリーダーシップの維持に向けて」と題するレポート外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますを発表している。同レポートでは、半導体分野での米国の競争力の低下が安全保障の脅威となるとの認識を示しており、競争力強化に向けた提言がされている。またトランプ政権は、半導体や他のハイテク分野の買収を促す中国の対外投資政策に対して、強い対抗策を打ち出すとみられている(2017年2月15日記事参照)。

(注2)国防総省は年1回、防衛産業の状況をまとめたレポート外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますを議会に提出している。同レポートの内容は、今回指示された調査分野と重なる部分が多い。

(鈴木敦)

(米国)

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