公約破りのVAT税率引き上げも−新政権の「聖域なき改革」・財政再建(1)−

(スペイン)

マドリード発

2012年05月16日

信用不安が再燃する中、ラホイ政権は4月30日に欧州委員会に財政安定プログラムを提出した。その中で、2013年の付加価値税(VAT)率引き上げを事実上決定するなど、度重なる緊縮財政措置の発表に追い込まれている。構造化しつつある財政赤字に歯止めをかけようとするスペインの財政再建策を、2回に分けて紹介する。

添付ファイル: 資料PDFファイル( B)

<PIIGS諸国で最も厳しい財政緊縮策>
政府は4月27日に「財政安定プログラム」を閣議承認した。その中で、16年の財政均衡(赤字ゼロ)を目指した、中期的な財政再建を行う方針を示している。

11年(前政権時)の一般政府財政赤字がGDP比8.5%と目標(6.0%)を大幅に上回ったため、ラホイ政権は12、13年の2年間で8.5%から3.0%に、5.5ポイント(588億ユーロ規模)の赤字削減を迫られている(表参照)。12年は11年の大幅赤字を受け、当初目標の4.4%から5.3%に緩和しているが、3.2ポイントも引き下げるという緊縮財政はスペイン民主化後最大、またIMF介入を受けた欧州のほかの重債務国を上回る規模になっている。他方、政府債務残高のGDP比率は、景気回復の遅れによる税収不足や国債費(利払い)の上昇により、80%台が続くと予測している(図1参照)。

財政健全化とGDP成長の見通し
図1国債発行と政府債務比率の推移(政府見通し)

政府が4月3日に下院に提出した12年の国家予算案は、赤字目標達成を最優先し、暫定予算(2012年1月17日記事参照)を拡大・具体化した超緊縮予算になった。予算のベースになる12年のGDP成長見通しはマイナス1.7%と、大幅な景気悪化が織り込まれている。

国家財政(国・社会保障基金)の一般会計歳出の6割が公務員給与、失業給付金、国債費(利払い)などで占められる上、VAT収入の低下(前年比3.3%減)や国債費の上昇(5.3%増)で、財政余地が極めて限られる中、GDP比2.5%(約273億ユーロ)の財政緊縮努力を行う。

緊縮策は、0.8ポイントの歳入増と、1.7ポイントの歳出減努力からなる。歳入面では、個人所得税と法人税の時限的な税制変更(12、13年のみ)や、たばこ税引き上げで123億ユーロの税収増を見込むほか、ドイツやイタリアでも実施された隠し資産・所得申告に対する特例措置などの脱税防止・徴税強化を通じて、25億ユーロの臨時増を図る。

歳出面では、主に省庁予算の16.7%(約135億ユーロ)削減を通じて、国防からODA、社会分野の助成、研究開発(R&D)やインフラ投資に至るまであらゆる分野で支出を抑制する(添付資料参照)。

予算案は予定どおり6月中に成立の見通しだ。主要野党はいずれも「ベースとなる見通しが甘い」と批判し、現在のところ反対に回っているが、政府は「(野党の賛成を取り付けられない与党の状況は)孤立ではなく単独過半数と呼ぶ。欧州の中に与党単独で行動できる国が一体どれだけあるのか。1ユーロといえども歳出を増やすつもりはない」(クリストバル・モントロ・ロメロ財務・公共行政相)と強気だ。

<自治州の財政改革、ようやく始動>
地方財政については、国家予算案が3月下旬の一部の自治州選挙の実施を待って発表されたため、具体的対応が後手に回っていた。政府は4月末、公的医療と教育部門で12、13年に合計100億ユーロの歳出削減を行うための支出抑制法を施行した。社会政策の根幹となる医療、教育のサービス削減は国民の反発を招きやすい措置だが、両部門の支出は行政権限が国から自治州に委譲されて以降10年間で倍増、合計1,000億ユーロを超え、自治州の歳出の半分以上を占める規模に膨張している。カタルーニャ州など一部自治州では、既に同部門の削減に着手しており、今回の措置はそれを全国で一律に適用する。

自治州の財政悪化の背景には、住宅バブル期に拡大した税収(州税の中心は不動産譲渡税)に基づく、肥大した歳出構造がバブル崩壊後も続いたことに加え、権限が肥大しすぎた自治州制度そのものにも問題がある。

現在、州は外交・国防を除く事実上すべての権限を持っており、一般政府の財政に占める自治州の比率は、歳入では全体の約2割にすぎないにもかかわらず、歳出では35%に達している(図2参照)。政府は「11年の大幅な赤字目標逸脱の3分の2は自治州が原因」としており、この部分での緊縮策が12年の赤字目標達成のカギを握る。

図2一般政府の歳出入構造(2010年予算ベース)

大規模な歳出の背景には、17州それぞれの機関や制度の乱立による行政機能の重複や、非効率性の問題がある。国・州・県・市町村間の重複コストは年間320億ユーロともいわれており、ラホイ首相は、自治州制度は維持しつつ、州ごとに設けられた会計検査院や統計局などの一元化をはじめとする地方行政権限の見直しを通じ、効率化・低コスト化に着手する意向だ。

自治州財政再建をめぐる政局については、17州のうち11州で民衆党(PP)が国と同様に与党になっており、国と自治州間の調整は円滑ではあるものの、それ以外の州からの反発もみられる。特に3月末の州選挙で最大野党の社会労働党(PSOE)が政権を死守したアンダルシア州、また地方民族主義の強いカタルーニャ州やバスク州は、政府主導の地方財政再建に警戒心を示す。

特にカタルーニャ州とアンダルシア州による声高な批判の背景には、12年の自治州全体の財政緊縮努力の約半分がこの2州の肩にかかっているため、それを逆手に政府から少しでも財政・政治的協力を得ようとする思惑も見え隠れする。

なお、前政権時に20年以降の構造財政赤字と政府債務残高の上限が憲法で規定され(2011年9月7日記事参照)、12年5月からその実施法が施行された。同法は、GDP成長に連動した歳出制限を設けているほか、財政規律を守らない自治州への政府介入が制度として可能になっている(添付資料参照)。従って、一部野党や自治州の表向きの政治的ポーズが目立つものの、実際のところはすべての自治州が赤字削減への道筋となる経済財政均衡計画の提出を順守している。

5月中旬には、国と自治州の間の財政調整機関、自治州税財政委員会(CPFF)で初めて各州計画の相互承認が行われる。自治州は本格的な財政再建に着手する。

<VAT税率引き上げも歳入増効果には疑問>
また、政府は今回の「財政安定プログラム」の中で、13年以降の中期的な財政再建継続をアピールするため、新たに「13年の間接税増税」の発表を余儀なくされた。これは80億ユーロ規模の財政効果を見込んでいることから、少なくともVAT税率(現行18%)の2〜3ポイント引き上げが確実視される。政府は従来、VAT税率引き上げだけは行わないとのスタンスだったが、予想以上の財政赤字と市場の圧力で早くも公約違反に追い込まれた。

政府はVAT税率の引き上げは、社会保険料の企業負担の軽減(40億ユーロ規模)と組み合わせた、国内経済の競争力強化措置だと説明している。内需低迷が続く中、スペイン経済は輸出型経済への切り替えを目指しているが、ユーロ参加国である限り、最も即効性のある通貨切り下げは実施できない。そこで、VAT税率を引き上げることで輸入品価格を実質的に上昇させ(他方、輸出品には製造過程や仕入れ時に発生したVATの還付を通じて価格低下)、また社会保険料の引き下げを通じた国内の労働コスト削減で、輸出品の価格低下をもたらし、財政による「通貨切り下げ」効果を図るという。

ただし、肝心の歳入増効果について、10年7月(前政権時)の前回VAT税率引き上げの際は約60億ユーロの税収増がみられたが、当時よりもはるかに景気が悪化していると予想される13年に、80億ユーロもの税収増が見込めるか疑問視されている。政府は13年のGDP成長率を0.2%のプラス成長と予測、そのため消費が回復すると説明しているが、大部分の国際機関やシンクタンクは、緊縮財政や高失業の長期化により国内景気はさらに停滞するとして、マイナス成長を予測している。

図3中期的な財政赤字削減・経済見通し

(伊藤裕規子)

(スペイン)

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