労働市場改革法がゼネストの引き金に−新政権の「聖域なき改革」−

(スペイン)

マドリード発

2012年05月01日

欧州債務危機が「正念場」を迎える中、ラホイ新政権は財政・構造改革を粛々と進めている。EUで最も高い失業率の背景には、労働市場の機能不全があるのは国民の目にも明らかだが、ラホイ政権 の「聖域なき労働市場改革」は全国規模のゼネストを引き起こす契機となった。難しいかじ取りを迫られる新政権の構造改革をまとめた。

添付ファイル: 資料PDFファイル( B)

<柔軟な雇用調整のため労組の既得権益にメス>
新政権の構造改革の3本柱の1つ「労働市場改革法」は緊急立法され、2月12日から暫定施行されている。3月8日に下院で承認済みだが、前政権時の改革法と同様、今後通常の法案として再審議される。ラホイ民衆党(PP)は下院で単独過半数を占めているため、大筋は変わらず、微修正にとどまりそうだ。

政権が今回最優先事項として挙げたのは「いかに解雇せずに企業を維持・存続させるか」という点だ。不況に入ってから、企業が経営環境の変化に対応するために事業再編・集約を行う上で、硬直的な「地域・業種別の」集団労働協約(注)が足かせとなり、解雇や企業倒産増加の一因になってきた。この労働市場の硬直性が、正規・非正規雇用の二重構造を生み出している。

今回の改革では、賃金や労働条件の変更が大幅に柔軟化されており、企業のフットワークや効率性向上という観点からも、次の(1)〜(3)は非常に重要といえる。しかし、労組にとっては勝ち取ってきた既得権益の消滅を意味しており、存在意義の低下につながるため、解雇補償金引き下げなどとともに、3月のゼネストの争点の1つともなった。

(1)上位法である労働憲章の中で、地域・業種を越えた共通規定として、a.職業カテゴリーを廃止、b.年間勤務時間の5%を原則自由配分する、c.個人・集団の転勤・勤務地変更手続きを迅速化する、などを定めた。これにより、集団労働協約の内容が大幅に簡略化された。また、業績・技術・組織・生産上の理由がある場合に変更可能な基幹労働条件として、勤務時間、シフト、報酬制度、業務システム・生産性、職務に加え、初めて「給与額」が盛り込まれ、「労使間合意がなくても」各種労働条件が変更可能になった。

また、これまで企業内協約は、「地域・業種別の」集団労働協約の順守が義務付けられていたが、業績不振の企業について、労使間の合意さえあればそれを必ずしも守る必要がなくなり、より柔軟な企業内協約への切り替えが可能になった。

(2)地域・業種別の集団労働協約の失効後の更新期間に上限(2年)を設け、従来のような、労使間の交渉期間が長引く場合の旧協約の継続適用が無期限にならないよう制限した。

(3)集団解雇(または一時帰休)手続きの際に、自治州の事前承認が不要となる。これは、同承認を取得する際に不文律の前提となっていた労使間合意がなくても、客観的解雇での手続きが可能になるという意味だ。従来、この慣行が根拠となり、労使間の交渉を通じて「60日分給与×勤続年数」など、法定水準を上回る補償金を支払うケースが多かった。

<正規・非正規労働者の格差是正へ解雇補償金引き下げ>
欧州債務危機の影響でEU全体の景気が急減速する中、スペインは2011年末に事実上の景気後退入りした。11年第4四半期の失業者数は527万人(前年同期比12.29%増)、失業率は22.85%(同2.52ポイント増)と再び上昇を始めた(添付資料の図1参照)。

4月2日に欧州委員会が発表した12年2月の失業率も、23.6%と依然としてEU域内で最高水準だ(2012年4月5日記事参照)。特に若年失業率(25歳未満)は50.5%と、ついに大台を超えた。欧州委員会のアルタファ報道官は「スペインの場合は危機以前に、何かうまく機能していない点があったのは明らか」と指摘した。

スペインの高い失業率の背景にはさまざまな要因がある。a.季節や景気の変動の影響を受けやすい観光や建設に依存した産業構造、b.ある試算によると、400万人が従事しているともいわれる地下経済(税金・社会保険料を支払わない「もぐり」の労働)、c.働き口が過去4年間で13%減少した一方で、失業した世帯主に代わり仕事を探そうとする扶養家族(成人)などが積極的に雇用事務所に失業者として登録したこともあり、統計的に労働人口が3%増加している、といった点も、失業率の押し上げ圧力となっている。

政府関係者はジェトロのインタビュー(3月21日)に対し、「スペインの競争力を高めるには製品コストを下げるか、労賃を下げるかのどちらかが手っ取り早い。しかし、現在の労働市場では労賃を下げることが難しく、まして解雇することはさらに難しい。スペインの失業率がほかのEU諸国よりも高いのは、労働市場の柔軟性が欠けていることにも原因がある」と解説する。

問題の根底にあるのは労働市場の二重構造だ。つまり、既得権益で手厚く保護された正規労働者と、同一労働でも賃金や福利厚生の水準が低い非正規労働者の間の格差だ。非正規労働者はリーマン・ショック以降、大規模な解雇や雇い止めの影響を直接受けており、過去4年間で働き口が減ったのは、正規が53万人減(4.6%減)だったのに対し、非正規は151万人減(29.0%減)だった。景気回復の見通しが不透明な中、経営者は解雇時のコストを考え、正規労働者の雇用をためらい、新規雇用の9割以上は非正規となっている。

産業団体関係者もジェトロのインタビュー(3月21日)に対し、「労働市場の3分の1が非正規労働者、3分の2が正規労働者だが、この正規労働者に対する労働条件保護が強すぎる。例えば、女性の産休復帰後の育児時短は、8年間も認められている。企業がもっと柔軟に雇用を調節できるような労働市場に改革しなければならない」と同様の問題を指摘する。

今回の労働市場改革では、この正規・非正規間の格差是正に重点が置かれた。主な内容は以下のとおり(詳細は添付資料の表参照)。

(1)正規雇用契約の不当解雇補償金を、従来の「45日分給与×勤続年数」から「33日分給与×勤続年数」にし、上限額も42ヵ月から24ヵ月分に引き下げた。従来の3分の1〜2分の1に相当する引き下げで、これでEU諸国の水準と並んだ。

(2)正規雇用契約の客観的解雇の要件を、a.3四半期にわたり連続して減収減益が続く場合、b.特定の業務命令が受けられない場合(転勤拒否、新規業務への不適応など)、c.欠勤率が20〜25%を上回った場合、など具体化した。

スペインでは長期の労働裁判を嫌い、不当解雇を認めて訴訟を回避しようとする経営者が多く、不当解雇が解雇全体の約80%と圧倒的に多かった。スペイン経団連(CEOE)によると、前政権時の改革を通じて、その割合は65%(10〜11年)まで下がっており、今回でさらに10〜15%まで抑えられると期待されている。客観的解雇の場合の解雇補償金は、「20日分給与×勤続年数(上限は12ヵ月分)」で、この適用が今後増えると考えれば、従来の不当解雇扱いのケースの約4分の1と、さらに大幅な引き下げとなる。

また、零細企業・個人事業主(従業員25人未満)による客観的解雇に対しては、うち8日分が国庫から助成されるため、差し引き12日分の負担で済む。なお、非正規雇用契約の不当解雇補償金は現在、段階的引き上げが行われており(12年は「9日分給与×勤続年数」)、15年には「12日分給与×勤続年数」となるものの、正規雇用に比べ少なく、こうした企業については、非正規・正規間の解雇コストの格差は今後解消されていくことになる。

<構造的失業者の雇用に焦点を当てたインセンティブも>
11年第4四半期現在、527万人の失業者の7割を占めるのは、a.30歳未満の若年層(162万人)、b.45歳以上の中高年層を中心とする長期失業者(232万人)、c.建設部門の未熟練失業者(45万人)だ。これらの層は(再)就職が困難なことから構造的な失業者とみなされる(添付資料の図2参照)。

今回の労働市場改革で雇用者、被雇用者の両方について、以下のようにピンポイントに支援を絞っている(添付資料の表参照)。

(1)小・零細企業と個人事業主(従業員50人未満)だけを対象に、契約期間3年以上で「試用期間1年間」の正規フルタイム契約形態を新設。1人目の従業員として若年者を雇った場合、1年目に3,000ユーロの税額控除があるほか、若年失業者、中高年の長期失業者を雇用した場合、年間1,000〜1,500ユーロの社会保険料の割引を行う。

同契約は試用期間内なら、いつでも解雇が可能な上、解雇補償金の支払いも必要ないことから、非正規契約よりもさらに柔軟で低コストとされる。

(2)低スキルの若年失業者の雇用促進のため、見習い訓練契約の適用を拡大・緩和した。適用年齢上限の拡大(25→30歳)期限が、従来は「13年末まで」となっていたのを「失業率が15%を下回るまで」と広げ、従業員絶対数の維持要件も撤廃。また、インフラさえ整備されていれば、同一企業内での研修も可能となるなど、適用が柔軟化された。

(3)雇用調整弁の役割を果たす契約形態については、柔軟化と権利保護を両立させた。パートタイム雇用について残業時間を自由化、またテレワーク(在宅など)契約についても出勤勤務型契約との賃金・条件格差を是正。さらに非正規雇用の正社員化義務の適用停止期限を前倒しして雇用の安定を図る。

(4)民間人材派遣会社の職業紹介サービス参入を初めて許可し、就労支援体制を拡充する。

<2大労組によるゼネストは盛り上がらず>
今回の労働改革法が引き金となり、3月末に労働総同盟(UGT)と労働者委員会(CCOO)の2大労組による大規模なゼネストが行われた。ゼネスト当日は労組の組織力が強い大手の建設や製造業では参加率が高く、特に自動車部門では日系を含む完成車(一部部品)メーカーが軒並み稼働を停止した。逆に労組のプレゼンスの弱いサービス部門や中小零細企業では、スト参加による給与削減や収入減、失職の恐れから参加は低調だった。

スト参加率(全国平均)は、労組発表で77.0%、政府・CEOE発表で20.7%だった。ゼネスト参加規模を測る指標である電力消費の落ち込みは15.6%減と、前回低調だったとされる10年の社会労働党(PSOE)政権時(14.8%)と同水準で、明らかに参加が低調だったことを示している。

政府はゼネスト実施日3月29日の午後、「政府は改革の手を緩めない」とあらためて強調した。2大労組は「政府が労働法の改正交渉に応じない場合、さらなるゼネストを実施する」との方針だ。

<労組の影響力低下が浮き彫りに>
当日の逮捕者は176人、負傷者104人で、その大部分はバルセロナでのものだ。暴徒化した一部デモ隊による商店・銀行襲撃や、自動車やごみコンテナへの放火が端緒となった。

カタルーニャ州やバスク州、ナバラ州は地方民族主義勢力の多くが労組を支持しており、製造業の集積が大きい地方なので、必然的にデモも加熱する傾向がある。ただし、バルセロナでの事件は、デモ参加者というよりは反グローバリズム、反格差主義、急進的地方民族主義などを背景とした、「反体制グループ」とされる若者グループが中心となって引き起こした局地的な騒動だ。従って国内では、このデモがすなわち労働法改正への国民の反対と解釈すべきではない、との見方が一般的だ。

むしろ、労組の影響力低下が浮き彫りとなったことが印象的だった。失業拡大や若年者の雇用難が深刻化する中、労組はこうした層の利害を代弁しておらず、既得権益に手厚く守られた硬直的な労働市場を擁護する旧態的組織だと見なす声が高まっている。前回のゼネスト以降、CEOEとの労働市場改革合意が形成できない状態で放置され、高い失業率を悪化させたという批判も強く、労組はその役割や存在意義が問われている。

<短期的には失業・労働訴訟が増加も>
CEOEのルセル総裁は「もはや労働問題からタブーは排除された」と、今回の労働市場改革を前向きに評価するが、短期的には懸念する向きもある。

この改革は、従来の労働者の権利保護から企業の経営強化を最優先にする「180度の方針転換」で、「改革どころか革命」(「エル・ムンド」紙2月11日)とも評される。OECDは、人員調整での労働訴訟手続きが迅速化し、解雇理由がより透明化され、訴訟件数が減少すると高く評価している。他方、当地の専門家は、紛争の場合は最終的には司法の裁量に委ねられる部分も多く、法案の再審議段階で修正をしなければ、労働者側からの提訴が増える恐れがあるとみている。いずれにせよ、同改革法を使って雇用調整などを行う際は、労働者との対話が一層重要になりそうだ。

また、企業運営と雇用維持を共存させるさまざまな措置が盛り込まれているとはいえ、最大の目玉はやはり解雇補償金の大幅引き下げだ。景気後退の局面では、人員削減やコストの高い人材と安い人材の入れ替えによる人件費カットが短期的、部分的に増えるという見方が大勢だ。政府も、少なくとも12年中は失業増を見込んでおり、雇用回復には労働市場改革だけでなく景気回復が必要だとしている。

ラホイ首相は「誰もこんなことをしたくはないが、中長期的な経済再成長の土台づくりには不可欠だ」と述べている。

(注)地域(全国規模のものも)・業種別の集団労働協約(コンベニオ)は、職務内容、賃金、勤務日数・時間、休暇などの基幹的労働条件について細部まで定めた合意文書。スペイン労働法では労働憲章に次ぐ重要な規定とされる。

(伊藤裕規子)

(スペイン)

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