年内に2,500億ドルの公的資本を注入−政府が金融危機対策を発表−
ニューヨーク発
2008年10月16日
政府は10月14日、金融危機対策を発表した。10月10日に開催されたG7(財務相・中央銀行総裁会議)の行動計画を受けた具体的措置で、a.金融機関への2,500億ドルの公的資本注入、b.銀行債務と当座預金(無利子預金)の時限的な保証、c.コマーシャルペーパー(CP)の買い取り制度の具体化、の3つが柱。内容を評価する声は目立つが、実体経済の先行き悪化懸念もあって、金融市場の安定化にはしばらく時間がかかるとの見方が多い。
<公的資本注入、銀行債務の保証、CP買い取りが柱>
ブッシュ大統領は10月14日、金融危機対策を発表した。a.優先株の買い取りによる金融機関への公的資本注入、b.連邦預金保険公社(FDIC)加盟金融機関を対象とした優先債務(senior debt)と当座預金の時限的な全額保証、c. CP市場への流動性供給のためのCP買い取り措置(CPFF: Commercial Paper Funding Facility)の具体化、の3つからなる。ブッシュ大統領の発表後、ポールソン財務長官、連邦準備制度理事会(FRB)のバーナンキ議長、FDICのベアー総裁は金融安定化策について共同声明を発表した。
今回の措置は、10月10日の「G7行動計画を実行に移す」(ブッシュ大統領)ものである。G7では、以下の5つの項目からなる行動計画を採択していた。
(1)システム上重要な金融機関の破綻を避ける
(2)金融市場の機能回復と金融機関に対する流動性を確保する
(3)必要に応じ、公的資金、民間資金の双方で金融機関の資本を増強する
(4)預金保険・保証プログラムを頑健かつ一貫性のあるものにする
(5)必要に応じ、証券化商品の流通市場を再開させるための行動をとる
これを受けて、10月13日には英国を皮切りに、ユーロ圏諸国が相次いで金融機関への公的資本注入や銀行債務の保証からなる金融安定化策を発表した。10月13日が休日(コロンバスデー)となっていた米国は10月14日の発表となった。
<大手9行に1,250億ドルの資本を先行注入>
財務省は、10月3日に成立した金融安定化法(2008年10月7日記事参照)で不良資産の買い取りや銀行債務の保証、資本注入に最大7,000億ドルを用いることが認められているが、このうち2,500億ドルを公的資本の注入に充て、年内に実施する。資本注入のポイントは以下のとおり。
○対象機関:米国の監督下にある銀行、貯蓄金融機関などで、各機関の申請を受けて、08年11月14日までに財務省が選定
○資本注入額:リスクウェイト資産の1%が下限、同資産の3%または250億ドルが上限
○資本の形態:議決権のない優先株。当初5年間は年5%、その後は年9%の配当を支払う
○ワラント:財務省は資本注入額の15%に相当する普通株を購入する権利(有効期限10年)を有する
○報酬制限:公的資金を受け入れた金融機関の経営者は財務省が定める報酬制限を受ける
財務省の発表によると、9つの大手金融機関が総額で1,250億ドルの資本注入を申請する意向を表明している。政府はさらに「その他の数千の金融機関」の参加を期待している。資本注入プログラムはあくまでも自発的な措置であるため、大手金融機関の自己申請というかたちをとっているが、「ニューヨーク・タイムズ」紙(電子版)によれば、10月13日に大手行の最高経営責任者がポールソン財務長官に呼ばれ、資本注入プログラムに参加するよう要請されたもようである。
また、各行からの正式な発表はないものの、同紙は大手金融機関の申請額1,250億ドルの内訳について、バンク・オブ・アメリカ(救済買収予定のメリル・リンチ分を含む)、シティグループ、J.P.モルガン・チェース、ウェルズ・ファーゴ(救済買収予定のワコービア分を含む)の4つの大手商業銀行などが各250億ドル(計1000億ドル)、ゴールドマン・サックス、モルガン・スタンレーの2つの元投資銀行が各100億ドル(計200億ドル)、バンク・オブ・ニューヨーク・メロン(ニューヨーク州)、ステート・ストリート銀行(マサチューセッツ州)の地方銀行2行が各20億〜30億ドル(計50億ドル)と伝えている。
なお、金融安定化法で財務長官に認められた資産買い取り・資本注入の当初枠は2,500億ドルで、大統領が議会に通知すればさらに1,000億ドルを追加することができる。当初枠のすべてを資本注入に充てたため、ブッシュ大統領は10月14日、残り1,000億ドルの使用を議会に通知した。1,000億ドルは「不良資産の買い取りに充てる可能性が高い」(ゴールドマン・サックス)。残り3,500億ドルの支出は議会が拒否権を発動しないことが条件となるが、民主党のペロシ下院議長やオバマ候補はいずれも「今回の措置は正しい方向」と評価しており、今後、民主党主導の議会が拒否権を発動する可能性は低い。
<銀行債務を12年6月まで保証>
FDICは、取引が大きく減少していた銀行間の資金取引を促進するため、09年6月30日以前に新たに発行された金融機関の優先債務(債務の期間は問わない)を12年の6月30日まで保証する。
当座預金は09年末まで全額を保護する。普通預金も含め預金保険の限度額は、金融安定化法によって通常の10万ドルから25万ドルまで引き上げられていたが、企業が給与などの資金決済に用いる当座預金は、残高が25万ドルを超えるものが多い。このため、09年内までの時限措置として全額を保護することで、中小企業の事業資金の保護と預金の流出を防ぐ。
財源はいずれも対象金融機関からの保証料徴収で賄う。当初30日間の保証は無料とするが、それ以降は優先債務は0.75%の保証料、当座預金は0.1%の追加保険料を徴収する。FDICによる保証が不要と考える金融機関は30日の無料期間が過ぎた後にこの保証プログラムから脱退することができる。
FRBによるCPの買い取り制度(2008年10月9日記事参照)は10月27日から実施する。FRBが設立する特別目的会社(SPV)がニューヨーク連銀と直接取引きするプライマリーディーラーから、高格付けの3ヵ月物ドル建てのCPを買い取り、ニューヨーク連銀が買い取り資金をCPに融資する。SPVによるCPの買い取りは09年4月30日までだが、必要があればFRBは延長できる。
<安定化策に対する評価は高いが、効果は先>
米国政府が当初の不良資産買い取り案から一気に金融機関の自己資本増強へと踏み出し、政策の内容が改善した点を評価する声が目立つ。10月13日にノーベル経済学賞を受賞したプリンストン大のクルーグマン教授は「米政府が当初考えていた不良資産買い取りと異なり、今回の資本注入は金融機関の回復につながる可能性を持っている」と評価している。「正しいだけでなく、これしかない」(ロゴフ・ハーバード大教授)など不良資産の買い取り案に反対していた経済学者は基本的に今回の措置を評価している。
一方、今回の安定策の効果が表れる時期については、慎重な見方が目立つ。そもそも安定化策の実施までには時間がかかる。FDICによる債務保証はただちに実行されるが、資本増強や不良資産の買い取り、CPの買い取りが実施されるのは10月末から11月上旬になる見通しだ。このため、「この先、数週間はひどいニュースが続く」(ガムコ・インベスターズのガベリ会長)、「アナウンスだけでなく実行されることが重要」(ブルッキングス研究所・エルメンドーフ氏)など市場動向に与える当面の影響は限定的との見方につながっている。
実際、ダウ工業平均株価は10月13日に前週末比936.42ドル高(同11.08%高)と史上最大の上げ幅を記録したが、10月14日は前日の反動もあって前日比76.62ドル安に終わった。短期金融市場の緊張度を表すロンドン銀行間取引金利(LIBOR)と安全資産である財務省証券との利回りの差は高止まりしている(図参照)。
また、今後悪化する可能性が高い実体経済を懸念材料として挙げる声も目立つ。ハーバード大のロゴフ教授は、「景気後退は始まったばかりで、先行きには多くの課題が残っている」と、実体経済の悪化がさらに金融システムに打撃を与える可能性を指摘する。このため、「事態が改善しない限り、対策の効果は表れない。銀行の相互不信は続いており、信用市場の目詰まりはしばらくの間続く」(ルービニ・ニューヨーク大教授)との厳しい見方も出ている。
景気悪化への対応として、「実体経済の悪化に歯止めをかける景気対策が必要」(カリフォルニア大のアイケングリーン教授、デロング教授)との指摘も出ている。
(水田豊、キャメロン・アクロイド)
(米国)
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