シカゴ量子サミット2025、量子技術の「実装フェーズ」提示

(米国)

シカゴ発

2025年11月07日

米国シカゴ市で1134日に開催された「シカゴ量子サミット2025」では、政府や研究機関、企業のリーダーが集い、量子技術の社会実装に向けた最新の動向と課題を議論した(2025年11月7日記事参照)。サミットで登壇した東芝、IBM、ボーイングの3社は、量子技術を研究段階から産業・社会の実装段階へと進めるための事例や構想を提示し、量子応用の未来像を描いた。

東芝の島田太郎代表取締役社長執行役員CEO(最高経営責任者)は、量子技術を「DX(デジタルトランスフォーメーション)」に続く「QXQuantum Transformation)」と位置付け、インターネットや人工知能(AI)が社会を変えたように、量子が次の大変革をもたらすと語った。講演の中心は量子通信の基盤技術「量子鍵配送(QKD)」の実用化だった。QKDは、量子の性質を利用して暗号の鍵を安全に共有する仕組みで、第三者が通信を盗み見た瞬間にその痕跡が検出されるため、理論上は盗聴が不可能とされる。東芝はこの分野で、英国BTグループと構築したロンドンQKDネットワーク、米国シカゴ・クオンタム・エクスチェンジ(CQE)との共同実証、フランス・オレンジとの商用サービス開始(2025年)など、世界各地で実用化を進めている。

島田社長は、自らが代表理事を務める産官学連携組織「量子技術による新産業創出協議会(Q-STAR)」についても紹介した。137の会員企業のうち6割以上が技術提供側ではなく、ユーザー企業で、実際のビジネス課題の解決に直結するユースケース開発を進めていると説明した。さらに、AIスーパーコンピュータ拠点(AISD)内に設けたテストベッドでは、量子とAIHPC(高性能計算)の融合による応用実証を進めている。島田社長は「量子技術を誰もが意識せずに使えるようにし、社会全体に浸透させたい」と述べ、いずれ量子も「ChatGPTモーメント(AIが社会に一気に浸透した瞬間)」を迎えるとの見通しを示した。

写真 シカゴ量子サミットで講演する東芝の島田社長(ジェトロ撮影)

シカゴ量子サミットで講演する東芝の島田社長(ジェトロ撮影)

IBMは、シカゴ大学とイリノイ大学と共同で設立した「ナショナル・クオンタム・アルゴリズム・センター」を拠点に、産業利用に適した量子アルゴリズムの開発を推進している。量子コンピュータとスーパーコンピュータや画像処理装置(GPU)を統合した「量子中心のスーパーコンピューティング」により、化学、材料、医薬などの分野で高速かつ精密な解析を実現することを目指す。理化学研究所と東京大学との共同研究では、分子シミュレーションで成果を上げ、量子計算の有用性を示した。さらに、2029年までにエラー訂正型量子システムを商用化し、学術研究と産業応用をつなぐ計画を明らかにした。

ボーイングは、2026年に打ち上げ予定の衛星実証ミッション「Q4S」を通じ、量子もつれを使った「量子リピーター」技術を検証する。これは、遠距離での量子通信を可能にする中継技術で、将来的な地球規模ネットワークの構築に不可欠な要素だ。また、シカゴ大学、イリノイ大学と協力し、通信の発信元を正確に認証する「量子位置検証」の実験を進めるほか、同社のHRL研究所で光デバイス(フォトニック素子)の小型化にも取り組んでいる。研究と製造の両面から「宇宙を使った量子インフラ実装」に挑む姿勢が注目された。

(井上元太)

(米国)

ビジネス短信 c7988dd95ad36fdb