NATO国防費比率引き上げに反旗、「スタンドプレー」外交の舞台裏
(スペイン)
マドリード発
2025年07月03日
6月下旬にオランダのハーグで開催されたNATO首脳会議では、米国のトランプ大統領の要求どおり、2035年までに加盟国の国防関連支出目標を現行のGDP比2%から5%に引き上げる首脳宣言が採択された。
スペインのペドロ・サンチェス首相はNATO首脳会議に先立ち、(1)スペインがNATOの新能力目標達成に必要なコストはGDP比5%ではなく2.1%であり、支出を拡大するのではなく効率化し、EU内で連携のとれた支出が必要、(2)拙速な国防支出拡大はEUの継続的な安全保障・国防産業基盤の構築を妨げるため、非合理的かつ逆効果(米国の軍需産業に利するだけでEUの戦略的自立には寄与しない)、(3)5%目標は左派政権が推進する福祉国家との両立が不可能であり、増税や公共サービス、社会保障の削減、グリーン移行へのコミットメントの縮小をもたらす、と主張。能力目標の達成の道筋は各加盟国に委ねる、またはスペインを支出目標の適用対象から除外するなどの柔軟性が担保されなければ、首脳宣言には署名できない、とルッテNATO事務総長に訴えた。
これにより、同首脳会議に緊張が生じたが、首脳宣言の最終文書は「すべての加盟国」という文言が草案から削られ「加盟国は5%目標にコミット」というあいまいな表現に修正されたという(6月25日付「エル・パイス」紙)。最終的には、スペインを含む全加盟国が首脳宣言に署名し、トランプ大統領に対してNATOの結束を示すことができた。
トランプ大統領は、スペインは加盟国中で国防費のGDP比率が最も低く(2024年は1.24%)、NATOの問題児だとして、「5%目標を拒否するのなら通商交渉で倍返しさせる」と発言。通商関係はEUがブロックとして交渉するため、スペイン一国への個別報復がどこまで実行可能かは不明だが、当地ではスペイン産のオリーブ油やワイン、医薬品などが標的となると懸念される。
スペイン国内では、政党・政権幹部の汚職疑惑で窮地に立たされるサンチェス首相が、求心力を回復するためのスタンドプレー外交と批判されている。ただ、スペインは軍事アレルギーが根強く、国民の半数以上が国防支出拡大には否定的だ。今回の外交で対米追従を拒絶し、国防費増額よりも福祉を優先させる姿勢を国民にアピールし、連立相手との結束を図ることができた。
保守系メディアは「国際舞台での孤立」としたが、ベルギーやスロバキアなども5%目標の一律適用に難色を示していた。積極的に支持したイタリアも、財政状況を考慮すると支出目標達成は容易ではない。トランプ大統領の任期は2029年の目標見直しよりも早く満了するため、遅かれ早かれ目標は弾力的に適用されるとの見方もあるようだ。
(伊藤裕規子)
(スペイン)
ビジネス短信 c3673e8b7e2ea8c0