欧州委、加盟国間での移住時の社会保障の調整におけるデジタル化の加速を提案

(EU)

ブリュッセル発

2023年09月12日

欧州委員会は9月6日、労働者のEU域内の国境を越えた移住時の社会保障の調整における、デジタル化の促進に関する政策文書を発表した(プレスリリース外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)。EUでは、2030年までに全ての主要な公的サービスをオンライン上で利用可能にするという目標を掲げており(2021年3月12日記事参照)、社会保障の分野でも既存のデジタル化政策を加速させたい考えだ。ただし、紙ベースでの必要書類の取り扱い自体を廃止するものではなく、デジタル化はあくまでも市民や企業の利便性の向上を目的にしている。

EUでは、労働を含む域内の移動・移住の自由がEU市民の権利として保障されている。2021年時点で、約1,600万人の市民が、国籍国以外のEUおよび欧州自由貿易連合(EFTA、注)加盟国に居住している。こうしたことから、市民が別の加盟国に転居した際の社会保障の継続的な提供の実現に向けた調整は既に進められている。一方で、加盟国当局間の社会保障に関する情報の共有、紙ベースでの行政手続きに伴う必要書類の申請や認証などにより多大な労力やコストが発生しており、課題となっている。そこで欧州委は、加盟国による公的サービスのデジタル化と加盟国間での調整に向けた取り組みをより一層支援する方針だ。特に重点分野とされるのは次のとおり。

  • 社会保障情報の電子交換(EESSI)整備の加速化:EESSIは、域内の各社会保障当局が接続するITシステムだ。傷病手当、産休手当、家族手当、公的年金、失業手当、遺族年金といった社会保障の電子情報の当局間でのやり取りを可能するものだ。2024年末のサービスの全面的な提供開始に向けて整備が進められている。
  • 社会保障手続きのオンライン化:2018年に施行された単一デジタルゲートウェイ規則に基づき、主要な行政手続きのオンライン化が進められている。EUポータルと加盟国当局のポータルをリンクさせることで、市民や企業は、各加盟国の行政手続きに関する情報を単一のEUポータルを通じて入手することができる。2023年12月中にはEUポータルから全加盟国の社会保障を含む行政手続きへのアクセスも可能になる。対象には、出生証明書、住民票、欧州健康保険カード(EHIC)、年金などの申請、所得税や法人税の申告などが含まれる。
  • 欧州社会保障パス(ESSPASS)の推進:ESSPASSは、デジタル化された社会保障書類の認証を容易にするものだ。EESSIは加盟国の社会保障当局間のデジタル化された情報の共有に用いられる一方で、ESSPASSは市民と居住国外の加盟国当局、医療事業者などとの間でのデジタル化された情報の共有やその認証に活用される。社会保障費の支払いを証明する書類やEHICなどを対象にサービスの試用が一部の加盟国で開始されている。
  • 欧州デジタルIDウォレットの導入:欧州デジタルIDウォレットの導入に必要な規則案は既に政治合意に達しており(2023年7月11日記事参照)、導入はほぼ確実となった。そこで、デジタル化されたEHICなどの社会保障書類の欧州デジタルIDウォレットへの追加の早期実現を目指す。

(注)アイスランド、リヒテンシュタイン、ノルウェー、スイスの4カ国。

(吉沼啓介)

(EU)

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