縫製業で求められる生産性向上と高度人材-健康保険料率、関税・特別税関連政令による影響も-

(カンボジア)

プノンペン発、アジア大洋州課

2018年03月30日

安い人件費をメリットとして、カンボジアへ進出する縫製メーカーは多い。一方、最低賃金が年々上昇するなか、各社とも生産性の向上と高度人材の確保に苦慮する声が聞かれる。健康保険の負担率改正や関税・特別税に関する政令が出された影響を含め、現地進出縫製メーカーにヒアリングした。(2018年3月1日~2日)

低賃金のメリット、リスクヘッジを理由に進出

バベットに進出したA社は、1980年代に中国へ進出したが、2000年前後に中国での賃金上昇、ワーカーが採用しにくくなったことから、次の生産拠点を探し始めた。同社は中国の華東地域に進出していたが、台湾系IT企業の進出により、人材の需給が逼迫し、経済発展により人件費が上昇したという。進出候補としてベトナム、ミャンマー、バングラデシュなども挙がったが、ドル決済が可能な国、工業団地の空きがある等の条件を調査し、「消去法でカンボジアが残った」という。検討を重ね、2010年代にバベットへ進出した。

同じくバベットに進出したB社も、やはり中国での人件費上昇、ワーカーの採用難を大きな要因として、中国の次を探し始めた。候補も同様に、東南アジア、バングラデシュだった模様だ。

また、A社、B社ともにバベットを選択した理由として共通しているのは、日本との物流に係るリードタイムが短いという点だ。両社ともに生産された製品を日本へ輸出するために、バベットからホーチミン港へ陸送し、ホーチミン港から日本へ海上輸送している。

40数年前から中国、インドネシアに進出し、2013年にプノンペンに進出した縫製業C社も「中国、インドネシアと比較すれば安い」と、カンボジアは依然として人件費のメリットを主張する。なお、同社がカンボジアを進出先として選択したのは、「取引先との関係」としている。縫製メーカーD社は、「中国でOEM生産をしていたが、取引先から『リスクヘッジのために中国以外でも生産してほしい』との要請を受けた」と、2011年にカンボジアへ進出した経緯を説明しており、縫製業では、取引先との関係でカンボジアを進出先として選択するケースも少なくないようだ。

いずれの縫製メーカーも、30~40年前から中国を中心に海外に進出していたが、2000年以降の中国での賃金上昇などと受け、より賃金が低い国としてカンボジアを選択してきている。また、カンボジアへ進出した縫製メーカーからは、「日ASEANのFTAなどを活用し、日本側で関税免除を享受している」(A社)というケースが多い。

高度人材の確保と生産性向上に課題

一方、A社は、現場ワーカー以上の高度人材の確保に難を感じている。「高給を出しても、これら人材はプノンペンに行く」と、人材がより給与が高く、生活環境が整備されている都市部に吸収されてしまうと説明する。また、通関に掛かる費用について「5~6割は領収書が出ない支払い」と嘆く(関連記事として通商弘報2017年12月1日参照)。

「ワーカーの生産性は中国拠点の5~6割」(A社)という点も課題だ。同国へ進出した日系縫製メーカーからは、「総合的な生産コストは、中国よりも高いかもしれない」との声も聞かれ、生産性に見合った賃金上昇を期待する企業は多い。

一方、「当社カンボジア拠点の生産性は、中国拠点の8割」(B社)との声も聞かれる。ジェトロ「2017年度アジア・オセアニア進出日系企業実態調査」では、製造業・作業員の月額基本給は、ベトナムが216ドルに対し、カンボジアは170ドルと近接している。ただし、社会保障、残業代などを含めた年間実負担額では、ベトナムが3,673ドルに対し、カンボジアは2,631ドルとなっており、安い人件費を享受できる余地はまだあるともいえる。生産性を上げることでいかに賃金上昇分をカバーできるか、現地生産拠点は工夫が求められている。

社会保険料率改正、関税・特別税政令は、一部企業に影響

このようななか、社会保険に係る企業側負担が2018年1月から増加した。前年まで、健康保険料の料率として、企業側が平均月給の1.3%、被雇用者側も同じく1.3%の負担となっていたが、2018年1月から企業側が2.6%、被雇用者側の負担は0%となった(注)。今回ヒアリングした縫製メーカーから、保険料率の変更について特段の言及はなかったものの、他の日系企業からは「最低賃金の急激な上昇に合わせ、社会保険料の負担増は大きなインパクト。カンボジア拠点に継続的に投資すべきか判断する重大な局面」との強い意見も聞かれる。

また、一部品目に係る関税、特別税などに関する政令(No.214 OrNkr.BK)が2018年1月から施行されている。例えば、電動機類(HS8501)の11品目に係る関税率が7%から15%に、ポルトランドセメント等(HS2523)の7品目に掛かる特別税が0%から5%に、乗用車(シリンダー容積3,000立法センチメートル超)(HS8703.24)の12品目に係る特別税が65%から75%となるなどの内容だ。その影響について、先述の縫製メーカーからは、やはり特段の言及はなかった一方、一部内需志向型企業には影響が出ており、ある日系メーカーC社は「当社がASEANから輸入している製品の関税が上がってしまった」との声が聞かれる。

ASEAN物品貿易協定(ATIGA)では、今年1月から、一部例外を除き、ASEAN内で貿易される全ての品目の関税はゼロとなるスケジュールとなっているが、ベトナムでは非関税措置がみられている(2018年1月19日記事参照)。カンボジアにおける当該政令は、ATIGAで関税が撤廃された品目に対し、特別税という課税を加えることとなる動きにもみえる。実際、セメント類のうち、セメントクリンカー(HS2523.10.10)は、ATIGAでは2017年の関税率が5%、2018年1月から0%となったが、同政令により、特別税5%が課されることとなった。

(注)社会保険制度概要については、ジェトロ「カンボジア労務マニュアル」(2017年3月第4改訂版)PDFファイル(0.0B)参照。

(磯邊千春、小林恵介)

(カンボジア)

ビジネス短信 21d821060194903f