国民の幹部登用が少ない企業約300社を警告対象に-幹部・専門職向け外国人就労ビザ、厳しさ増す発給基準-

(シンガポール)

シンガポール発

2017年11月07日

シンガポールでは近年、外国人幹部・専門職向け就労許可証「エンプロイメント・パス(EP)」の発給が一段と難しくなっている。国民の幹部登用が業界平均と比べて少ないため警告対象とされた企業は2017年9月時点で日系を含め約300社に上り、対象企業はEPの審査をさらに厳格化されている。政府は今後も雇用主に対し国民の幹部登用を促す一方、外国人の受け入れを抑制する方針を継続する見通しだ。

警告リストには日系企業31社も

リム・スイセイ人材相は9月29日、国民の幹部登用が業界平均と比べて少ないと見なした警告リスト(ウオッチリスト)の対象企業が300社に上ると述べた。同リストの対象となった企業はその間、EPを申請できるものの、より詳細に審査され、許可が下りるまでに通常よりも時間がかかることになる。さらに、警告リストの対象企業は、政労使代表からなる「公平で革新的な雇用慣行のための政労使連合(TAFEP)」によって、国民の登用に向けた雇用体制の改革が指導され、原則6カ月以内に改善が認められなければ、EPの申請権限を剥奪される。同相は2017年7月、シンガポール日本商工会議所(JCCI)での講演で、同時点で日系企業31社が同リストの対象であることを明らかにした。

シンガポールでは人材省(MOM)が、外国人労働者の技能や学歴、就労経験、賃金に応じて、異なる種類の就労許可証を発給している。具体的には、外国人の幹部・専門職種にEP〔基本月給3,600シンガポール・ドル(約30万2,400円、Sドル、1Sドル=約84円)以上〕のほか、中技能職種に「Sパス」(2,200Sドル以上)、建設労働者や工場労働者など低技能職種に「ワーク・パミット(WP)」が発給される。

MOMは2010年以降、それまでの外国人の積極的な受け入れから抑制へと政策を転換し、外国人就労許可の発給基準を年々厳格化している。2014年には、国民の雇用を促進するために「公平な採用検討のためのフレームワーク(FCF)」を開始した。FCFに基づき、業界平均と比べて地元人材の幹部登用が少ない企業に直接是正を求める指導を始めたほか、同年8月からはEP申請前に地元人材を対象とした求人バンク(注1)への求人広告掲載を義務付けた(2013年9月27日記事参照)。また、2015年8月からFCFの運用を本格化し、TAFEPはEPの申請企業が地元人材を平等に幹部に登用しているか審査を開始した。さらに2017年1月、EP発給基準となる基本月給を、それまでの3,300Sドルから3,600Sドルへと引き上げた(2016年8月9日記事参照)。

景気減速やリストラで就労者数の伸びが鈍化

EP審査が一段と厳格化している背景には、就労者数の伸びの鈍化に対して、国民の雇用確保を図る狙いがあるようだ。同国の就労者数の増加幅は2010~2014年に年間10万人以上だったが、2016年には1万6,800人増にまで縮小した(図参照)。その理由として、GDP成長率が2015~2016年に年平均2%と、世界経済危機以降の年平均4%成長から減速したことがある。景気減速に加え、国内経済構造の転換により、特に製造業の就労者数が減少したことで、就労者数全体の伸びが鈍化した。

図 業種別就労者数の伸び

MOMは2016年11月から、幹部職への国民登用を促進するため、国民の登用、育成に積極的な雇用主を認定する「人材資源パートナーシップ(HCP、注2)プログラム」を開始した。HCPに認定されると、MOMへの就労ビザの申請などが優先的に処理されるほか、人材面での優良企業としての紹介、政府支援への優先的なアクセスなどの特典が得られる。2017年10月時点で、日系企業を含む152社がHCP認定を受けている。

就労者数1%と労働生産性2%の伸びで、3%の経済成長目指す

リム人材相は前述の9月29日の演説の中で、過去3年の外国人抑制など一連の取り組みの結果、2014~2016年の間にEPとSパス保持者が3万6,000人増、国民の専門職・管理職・幹部・技術職(PMET)の就労者数が10万5,000人増と、計14万1,000人増加したと指摘した。同相は、外国人のPMETの1人増に対し、国民3人増の比率で伸びたと強調した。国民のPMETの増加幅について、「われわれの企業と国民にとって、より公平で、バランスが取れており、持続可能なものだ」との考えを示した。

さらに、リム人材相は「世界経済危機以降、就労者数(4%)と労働生産性(0%)の伸びにより、GDP成長率4%を達成した。しかし、2015年は就労者数(2%)と労働生産性(0%)の伸びでGDP成長率は2%になった」と指摘し、「2016年には、就労者数、労働生産性ともに1%の伸びで、GDP成長率2%を達成した」と語った。その上で、次の目標として中期的に、「就労者数1%+労働生産性2%=GDP成長率3%」を目指すとした。なお、政労使の代表からなる未来経済委員会(CFE)は2017年2月、向こう10年の経済戦略で、GDP成長率目標を年平均2~3%と設定している(2017年2月27日記事参照)。

(注1)求人バンク(Jobs Bank)は、シンガポール国民(永住権者を含む)を対象とした公営求人サイト外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます

(注2)人材資源パートナーシップ(Human Capital Partnership:HCP)の詳細はウェブサイト外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます参照。同サイトには、HCPの認定を受けた企業のリストが掲載されている。

(本田智津絵)

(シンガポール)

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