ユンケル委員長、独自のEU改革案を提案-2017年EU一般教書演説の注目点(2)-

(EU)

ブリュッセル発

2017年10月16日

欧州委員会のジャン=クロード・ユンケル委員長は9月13日に欧州議会で行った一般教書演説の後半で、EU改革に関する自身の考えを示した。3月に発表された「欧州の未来に関する白書」に選択肢の1つとして盛り込まれ、一部で有力視されていた「複数のスピードのEU」とは異なる、新たな選択肢を示した。

自由・平等・法の支配に基づく共同体を目指す

欧州委のユンケル委員長は、一般教書演説の前半で、貿易やデータ、産業分野に関する今後の取り組みを明らかにし(2017年10月13日記事参照)、後半では「個人的な見解」として、将来のEUについての考えを示した。

欧州委は3月に、EUの在り方について5つのシナリオを示した「欧州の未来に関する白書」を発表、市民との対話イベントなどを通じて議論を深めてきた(2017年3月6日記事3月23日記事参照)。しかしユンケル委員長は、白書で提案された「複数のスピードのEU統合」(有志の加盟国による統合に向けた取り組みの加速)を含む5つのシナリオとは異なる「6番目のシナリオ」として、「『自由』・『平等』・『法の支配』の価値観に基づく、より『団結』した、『強い』『民主的な』共同体の実現」を提案した。

EUの基礎となる価値観について同委員長は、中・東欧の一部加盟国での自由を制限する動きに対する懸念と、EU司法裁判所の判断順守の重要性を強調。加えて、域内の東西の経済・社会格差を指摘し、同一の場所における同一労働同一賃金の実現の観点から、審議中の「域内越境派遣労働者」に関する提案(2016年5月30日記事参照)と「共通労働監督機関」の創設に言及した。

近い将来のトルコのEU加盟はあり得ず

ユンケル委員長は、域内の団結の強化に向けて、ルーマニアとブルガリアのシェンゲン協定加盟受け入れに言及。クロアチアについても、条件が満たされ次第、受け入れるべきとの考えを表明した。また、ユーロ導入の適用除外を受ける英国とデンマーク以外で加盟国におけるユーロ導入や、銀行同盟の促進が必要とした。

さらに、域内における「ソーシャルダンピング」(注)を防止するために社会政策の協調を進め、最終的には、社会的公正さに関する共通理解に基づく「欧州社会基準同盟」を目指すべきだと述べた。一方、域外の第三国については、任期中の新規加盟国はないとした上で、新規加盟国は法の支配と正義、基本的人権を最優先すべきだとし、近い将来のトルコのEU加盟を事実上否定した。

また、より強いEUを実現するため、全会一致で行われてきた税制関連の決定も含めて、EU理事会の意思決定を特定多数決方式で行うことを提案した。経済通貨同盟の強化については、現在の欧州安定化メカニズム(ESM)を「欧州通貨基金」へと段階的に改組して強化するとともに、金融・経済担当欧州委員を、ユーロ・グループ(非公式ユーロ圏財務相会合)議長を兼務する「欧州経済・財務相」とし、加盟国の構造改革支援や経済危機におけるEUの金融措置の責任者とすべきだと強調した。なお、一部で議論されているユーロ圏独自の予算・議会の創設は不要との立場を示し、加えて、テロ関連情報を共有する「欧州情報機関」の創設や、外交政策に関する意思決定の迅速化、2025年までの「欧州防衛同盟」の実現を呼び掛けた。

EUの将来を議論する首脳会議の開催を提案

このほかユンケル委員長は、より民主的なEUに向けて、欧州議会の政党など資金供給に関するルールや欧州委員の新たな行動規範を提案した。加えて、欧州委の委員長を欧州議会の会派が擁立する候補から選出する「筆頭候補者制度」の継続を支持するとともに、将来的には欧州委の委員長と欧州理事会(EU首脳会議)常任議長を統合することも考え得ると述べた。

ユンケル委員長は演説を行った9月13日に、将来のEUの実現に向けた検討プロセスを示したロードマップPDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)を、欧州議会アントニオ・タヤーニ議長と欧州理事会ドナルド・トゥスク常任議長、および2019年上半期まで持ち回りでEU閣僚理事会の議長国を務める加盟国に送付。英国のEU離脱翌日の2019年3月30日にルーマニアで首脳会議を開催し、「より団結した、強い、民主的な欧州の実現」に向けた議論を行うことを提案した。

(注)低賃金の労働者を給与水準の高い加盟国に送り込み、現地水準よりも低価格でサービス提供することによる、受け入れ国の労働条件の低下のこと。

(村岡有)

(EU)

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