「投資裁判所」の先に「多国間投資裁判所」を想定-欧州委、通商交渉を通じ創設目指す-

(EU)

ブリュッセル発

2017年10月03日

欧州委員会のセシリア・マルムストロム委員(通商担当)は10月2日、EUが新たに締結した自由貿易協定(FTA)で順次導入を進めている「投資裁判所制度(ICS)」について、ベトナム、カナダに続くFTA締結国にも導入を求めるが、最終的には「多国間投資裁判所」の創設を目指す考えを明らかにした。また、一部の加盟国からICSの仲裁人選定基準など運用が不透明との指摘があることについては、EUカナダ包括的経済貿易協定(CETA)での運用事例を参照し、機能性を考慮した上での判断とした。

ポーランド政府への回答書で表明

欧州委は10月2日、EUが新たに締結したFTAで導入を進めている「投資裁判所制度(ICS)」(2017年9月21日記事参照)についての見解を明らかにする書簡を公開した。これは7月20日付で、ポ-ランド経済開発省のタデウシュ・コシニスキ国務次官(EUと域外国との貿易制度担当)から、EUのICS運用に対する懸念を表明する意見書が提出されていたためで、マルムストロム委員から同国務次官への回答書というかたちで出された。

それによると、EUとしては個々のFTAにおいて導入されるICSに換わる「多国間投資裁判所(Multilateral Investment Court)」の創設を最終的に想定しているという。欧州委は、この多国間投資裁判所創設を「長期的なプロジェクト」と位置付けており、志を同じくする通商相手国との交渉を通じて創設されるとの認識を示した。EUが想定する多国間投資裁判所は「第一審裁判所と控訴裁判所を持ち」「任期付きで高い任用資格を持つ仲裁人(厳格な道徳規範に準ずる)と専門事務局で構成される常設裁判所であり」「関係国全てが活用できる」などの特徴があるという。また、将来的には、多国間投資裁判所が2国間のFTAや投資協定などを通じて導入された投資裁判所に換わるとしている。

国家と投資家間の紛争解決手続きとしては、国際商事仲裁方式を活用した米国型の解決手続き(ISDS)があるが、EUとしては、これに替わる「世界の投資ルール」として、ICSの普及・拡大を目指しているとみられる。ただ、ICS導入を支持する通商相手国が少ない現状においては、個々のFTAにおいて導入実績を積み上げるしかなく、今回の書簡でも、対ベトナムFTA、対カナダ包括的経済貿易協定(CETA:9月21日から暫定適用開始)におけるICS導入は第一歩であり、その後ICSの普及が進んだ段階を「終着点」として、多国間投資裁判所創設を目指す方針を明らかにした。特に今回の書簡ではベトナム、カナダに次ぐ「後続国」という表現で、今後、EUとFTAを締結する通商相手国にICS導入を求める考えを示した。

ポーランド側は仲裁人選定基準などを問題視

他方、ポ-ランド経済開発省のコシニスキ国務次官は意見書で、ICSは運用上の課題があるとして、(1)投資裁判所が任用する仲裁人の数、(2)(個々の裁判事案ごとの)仲裁人選定に関する投資裁判所長の裁量権限の在り方、を挙げている。

(1)については、少なくともEU側の仲裁人については、28加盟国全てが指名できるようにすべきというのが、ポーランド側の主張だ。(2)については、裁判事案ごとの仲裁人の任用は公正で明確な基準を設けるべきで、CETAやその他のFTAにおいては任用基準が曖昧で、裁判所長に広範な裁量権を認めている懸念がある、と指摘している。そしてコシニスキ国務次官は、CETA調印の承認時にもこれらの問題をめぐってポーランド国内で議論があったことに言及している。

企業が仲裁人を選定するISDSとは異なると回答

これに対して、マルムストロム委員は回答書で、(1)の問題については「ICSで任用する仲裁人数はEU加盟国数に満たないが、それでも運用上の機能性などは適切に考慮されており、熟慮の結果だ」としている。

また、(2)の問題については、CETAでの運用事例などを参照し、「(EU側と相手国側で)任用する仲裁人数は同数」「仲裁人は最大15人で、その中から選定」「任期5年」「任用基準は裁判事案に対する専門性と最高の道徳規範に準ずること」などを想定していることを明らかにした。また、同委員は「裁判当事者である企業が仲裁人を選定する、既存のISDSの運用とは全く異なる」として、改善点があれば具体的な提案を示すようコシニスキ国務次官に求めた。

(前田篤穂)

(EU)

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