EU離脱の影響を懸念、現地調達拡大に向けた取り組みも-「国際自動車産業サミット」がロンドンで開催-

(英国)

ロンドン発

2017年07月10日

英国自動車製造販売者協会(SMMT)は6月20日、ロンドンで「国際自動車産業サミット」を開催し、英国を中心とした自動車産業関係者ら300人余りが参加した。英国のEU離脱(ブレグジット)交渉が本格化するにつれ、関税や人材確保など、先行きの不透明感の高まりを懸念する声が業界関係者の中で大半を占める中、一部ではこれを機に現地調達率の向上に取り組む動きも始まっている。

2016年の生産台数は17年ぶりの高水準

SMMTが6月20日に発表した「サステナビリティー報告2017年」によると、主要な輸出先であるEUの景気回復などを受け、2016年の英国の自動車生産台数は1999年以降最高の173万台(前年比8.3%増)に達した。これまで英国経済のアキレス腱(けん)ともいわれてきた生産性が向上し、1人当たり生産台数が過去最高となる11.8台を記録し、従業員1人当たり13万ポンド(約1,911万円、1ポンド=約147円)超の付加価値が創出された。

生産と販売の拡大を受け、総売上高も前年比9%増となる775億ポンドとなった。SMMTの試算によると、国内経済への貢献は215億ポンドと7.3%増加した。2016年は6月にEU離脱を問う国民投票が実施され、経済への影響が懸念されたが、自動車産業はむしろ絶好調だった。

空白生じた場合は45億ポンドの追加コストが発生

しかし、SMMTのマイク・ホーズ会長はサミット開会のあいさつで、「英国の自動車産業は今、最も大きな脅威に直面している」と述べ、EU離脱に係る懸念を表明した。ホーズ会長は、英国の競争力が維持できるよう最良の条件を目指すとの英国政府の言葉を信じて、透明性と確実性を求めて辛抱強く待ってきたが、総選挙(2017年6月)など過去数週間の出来事は、むしろ混乱を助長しただけだ、と政府に対する強い不満を表し、ハードブレグジット(強硬なEU離脱)やソフトブレグジット(単一市場へのアクセスなど経済的インパクトを最小化するEU離脱)のような言葉遊びはもうやめるべきだ、と訴えた。

そして、EUとの将来関係について合意なくEUを離脱すれば、英国の自動車産業は危機的状況にさらされるとして、クリフエッジ(崖っぷち、その後の空白期間の意味)が生じないようEUと英国が将来の関係について最終合意に至るまでは、理想的には単一市場、少なくとも関税同盟に残れるように暫定期間を設けるべきだと主張した。SMMTの試算では、万が一、クリフエッジに陥った場合は、WTOルールによる関税(完成車10%、部品平均4.5%)がかかり、輸出入合計で45億ポンドの追加コストが発生するという。

基調講演を行ったホンダ・モーター・ヨーロッパのイアン・ホーウェルズ上級副社長は、英国が関税同盟を離脱した場合の影響について説明し、関税同盟の維持を訴えた。ホンダは1989年に英国のスウィンドンに工場を建設、現在では年間生産台数の約半数をEU域内に輸出している。スウィンドン工場では、ジャスト・イン・タイム生産システムで、毎日350台の大型トラックが200万個の部品をEU域内外から輸送しており、このサプライチェーンシステムが乱れた場合は、効率的な生産ができなくなるとして懸念を表明した。また、関税の問題に加え、多くの自由貿易協定(FTA)の便益を享受するためには、通常50~60%の現地調達率が必要とされるが、ホンダを含め英国で生産する自動車メーカーでは現状40%程度が現実的な水準になっており、原産地規則も大きな課題だと述べた。

現地調達の拡大が今後とも課題に

サミットの後半では、サプライチェーンの国内回帰をテーマとしたパネルディスカッションが行われた。テレーザ・メイ首相は2017年1月のEU離脱方針にかかる演説(2017年1月18日記事1月20日記事参照)で、関税同盟そのものからは離脱する意向を表明しており、その後も方針は変わっていない。自動車業界など経済界は関税同盟への残留を訴えるものの、実際には業界としても関税同盟脱退に備えて対応する必要に迫られている。英国で生産する自動車メーカーは生き残りをかけ、現地調達の拡大に向けた取り組みを強化しつつある。

オックスフォード大学のマティアス・ホルウェグ教授は、自身が執筆した英国自動車協議会の英国自動車産業サプライチェーンに係る報告書について説明し、英国の自動車産業における現地調達率は2015年の41%から上昇し、2017年現在は44%となったとし、フランスやドイツの60~65%には及ばないものの、今後も英国において現地調達率の向上は進んでいく、との見通しを示した。英国の政府機関である自動車産業投資室のマイク・ライト会長も、英国の裾野産業の可能性は高く、投資先として魅力的だとし、サプライチェーンのみならず、研究開発分野でも投資の拡大が期待されると述べた。プラスチック部品を製造するサプライヤーであるLVS スモール・プラスチック・パーツのサイモン・アンダーソン社長は、EU離脱の国民投票以降、引き合いが大幅に増えたとし、通貨ポンド安や関税発生の可能性から国内の部品産業の競争力が増していると指摘した。このままの調子であれば、ビジネスの規模が今後18カ月で倍増する見込みで、既にフランスやチェコへの輸出も始まったことを明らかにした。

一方で、大手サプライヤーのアーリントン・インダストリーズ・グループのマーク・フランケル最高経営責任者(CEO)は、プラスチックや鉄鋼、アルミニウムなどの原料は、英国内では調達が難しく、現地調達の拡大にも限界があると述べた。また、EU離脱による先行きの不透明さから、生産拡大をしようにも機械や人材への投資判断が難しく、そういう中でサプライヤーの新規参入も見込みづらいと負の側面を指摘した。

(佐藤丈治)

(英国)

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