離脱交渉始まる、対EU債務問題は難航必至か

(EU、英国)

ブリュッセル発

2017年06月19日

欧州委員会のミシェル・バルニエ首席交渉官と英国政府のデービッド・デービスEU離脱相は6月19日、英国のEU離脱(ブレグジット)をめぐる初めての交渉をブリュッセルで行う。ワーキングランチを挟み約半日の日程で、(1)双方の在留市民の権利保護、(2)財政問題の解決、(3)アイルランドと北アイルランドとの国境問題の解決、などの優先課題に重点を置いて協議する。欧州委は(1)と(2)について「ポジション・ペーパー」で強気な立場を鮮明にしており、(2)については交渉で双方の「溝」を埋めることは困難とみられている。

EUは「ポジション・ペーパー」で強気の姿勢

欧州委の6月16日の発表によると、欧州委のバルニエ首席交渉官と英国政府のデービスEU離脱相は6月19日午前11時(ブリュッセル時間)に英国のブレグジットをめぐる正式交渉をブリュッセルで開始する。ワーキングランチを挟み、午後からは2時間半に及ぶ作業部会も開き、午後4時半からはブレグジット交渉に関わる欧州委事務方トップのザビーネ・ベヤント次席交渉官と、英国のEU離脱省オリー・ロビンズ次官が調整会合を開く。午後5時半には初回会合をいったん閉会し、午後6時半ごろからの共同記者会見にバルニエ首席交渉官とデービスEU離脱相が臨む予定だ。

欧州委はこれまでの交渉方針(2017年5月1日記事参照)に従い、初回会合は、(1)EUと英国の双方市民の権利保護、(2)財政問題(英国の対EU債務履行)の解決、(3)アイルランドと北アイルランドとの国境問題の解決、(4)離脱に伴う諸問題、に専念する。また、今後の交渉の進め方や今後数ヵ月の間に調整が必要な課題についても協議するとしている。欧州委は6月12日に、(1)双方市民の権利保護、(2)財政問題の解決については「ポジション・ペーパー」を通じて、交渉に向けた基本方針を明確に示している。

「ポジション・ペーパー」によると、(1)EUと英国の双方市民の権利保護については、「離脱協定」(Withdrawal Agreement)の発効時点で、EU法に基づく自由移動の権利が保障されてきた英国を除くEU27ヵ国(以下、EU)の市民と英国市民(と双方の家族)の権利は、「離脱協定」によって保護されるべきというのが欧州委の基本認識だ。具体的に欧州委は、a.連続した5年の法的滞在要件を満たすEUおよび英国市民について認められる恒久滞在権を含めた権利保護、b.これまでのEU法に基づき、EUと英国双方において双方市民を自国民と同等に待遇すること、c.英国におけるEU市民に対する平等な待遇の保障〔ただし英国とアイルランドの共通旅行区域(CTA)については例外〕、d.「離脱協定」の発効時点でEUと英国に合法的に滞在する双方の市民については、仮に滞在許可などの文書を所持していない場合でも合法的な滞在と認められるべきで、滞在許可などの発行にかかる経費は無料または同様の手続きを行う自国民に課される手数料を超えないこと、e.「離脱協定」に定める市民の権利はEUおよび英国で実効適用すること、を基本原則として求めている。

運用上の詳細な解釈は今後の交渉次第だが、「滞在」には必ず「婚姻」「就労」「失業補償」「年金受給」など市民生活の背後にある複雑な問題が絡んでくる。ポーランドなど中・東欧から労働移民として英国に滞在するEU市民は多いが、これらの人々に対する処遇の判断は極めて困難だ。英国のEU離脱派は、EU域内外国人労働移民による過度な英国の社会保障制度への依存を批判しており、EU側の要請するEU市民の英国での権利保護水準を満たそうとすれば、EU離脱派には「国民投票結果に対する背信行為」と映るだろう。「ポジション・ペーパー」で欧州委は、将来の年金受給権も含めて労働移民の権利保護を示唆しており、英国政府は非常に難しいかじ取りを迫られそうだ。

ブレグジットに関係なくEUは長期的財政負担を要求

英国政府にとってさらに対応が難しいのが、(2)財政問題の解決だ。欧州委は「ポジション・ペーパー」の中で、「英国がEUに加盟していた全期間に生じた財政負担の義務を完全に全うすべき」と明記している。具体的には、a.EU予算の負担、b.EU条約に基づき設置された諸機関の経費、c.EUの政策に関連する特定基金への出資、などを挙げ、英国が財政的に関係するEU諸機関をリストで示している。

これらのリストには欧州議会、欧州理事会、EU理事会、欧州委員会といった代表的な機関のほか、欧州会計検査院(本部:ルクセンブルク)、EU司法裁判所(本部:ルクセンブルク)、欧州経済社会評議会(EESC、本部:ブリュッセル)、EU地域委員会(本部:ブリュッセル)など専門性の高い諸機関、英国ロンドンに所在する欧州医薬品庁(EMA)、欧州銀行監督局(EBA)も含まれている。また、特定基金では欧州投資基金(本部:ルクセンブルク)なども挙げられている。これらの特定基金には欧州委として、あるいはEU加盟国として、直接・間接に英国が出資しているものが多い。例えば、欧州開発基金(EDF)については長期的な投資計画に基づいて、プロジェクトの資金運用が決定されている事案が多く、欧州委は「英国はEDFの継続プロジェクトに対する債務を完全に負う義務がある。既にプロジェクトを決定している年次計画については今後も英国の財政貢献を求める」との考えを明らかにしている。このほか、EUは欧州大学院大学など高等教育機関を運営しているが、これらの教員の雇用も長期契約となっていることから、欧州委は「2020~2021年学期までの教員雇用のための予算拠出に英国は応じるべき」としている。

開発支援や教育・研究などの分野では長期計画に基づくEUプロジェクトが多数運用されており、これらに占める具体的な英国の持ち分(シェア)の算定は極めて難しい。仮に欧州委がこうした長期プロジェクト全てについて英国に予算拠出を継続するよう求める場合、プロジェクトの果実が期待できない英国政府の了解を得ることは難しく、交渉難航は必至とみられている。

(前田篤穂)

(EU、英国)

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