ユーロ建て取引の清算業務に関する監督権限強化の法案発表-欧州委、ブレグジットを視野に次の一手-

(EU、英国)

ブリュッセル発

2017年06月14日

欧州委員会が英国のEU離脱(ブレグジット)を念頭に、将来のEU域内における「欧州金融センター」の確立に向けて基盤整備に乗り出し始めた。欧州委は6月13日、EU金融システム安定化のための法案を発表。ユーロ建て取引の清算業務に関する監督権限の在り方を見直す方針を明らかにした。この法案の戦略的意義は、ユーロ建て取引に関わる「中央清算機関(CCP)」のうち特に重要性を持つものについては、欧州委の判断で、EU域内で設立されていることを認可要件とすることができるとした点にある。

ブレグジット完了で、欧州の債権・債務清算業務に深刻な影響

欧州委は6月13日、EUの金融システム安定化のための改革法案を発表した。欧州委はこの法案の解説の中で、ユーロ建て取引に関わる中央清算機関(CCP)の重要性を強調。EUの金融システムの安定化にとって重要な役割を担うCCPに対しては、欧州委が認可権限を握ることを示唆する条項を新たに打ち出した。CCPとは、清算業務に従事する金融機関間の取引に伴って発生する債権・債務を引き受け、これを履行する機関で、金融市場の安定を担保する重要な基盤となっている。

今回の法案で欧州委は、特にEU域外の第三国に設立されたCCPに対する監督権限を強化する方針で、ブレグジットが完了した場合、現在、ユーロ建て取引に関わるCCPが集中する英国(ロンドン)がEU域外になることを想定した動きと考えられる。今回の発表で、欧州委は「今後、想定される英国のEU離脱の結果、欧州の清算業務に対する規制・監督は深刻な影響を受ける」と指摘している。

欧州委のバルディス・ドムブロフスキス副委員長(ユーロ・社会的対話、金融安定・金融サービス・資本市場同盟担当)は「われわれの金融システムの安定の継続は極めて重要な課題だ。われわれはEU最大の金融センターの離脱に直面しており、(金融システムの安定に向けた)これまでの取り組みが無駄にならないよう、EUとしてのルールについて適切な調整が求められている」と語った。また、欧州委のユルキ・カタイネン副委員長(雇用・成長・投資・競争力担当)も「欧州委はこれまで、金融システムをより安全なものにすべく全力を挙げてきた。今回の提案は、最近採択された『資本市場同盟(Capital Markets Union:CMU)における(金融システムに対する)監督強化と市場統合の加速のための中期計画』(2017年4月10日記事参照)以降で、最初の具体的なステップとなる」との見解を明らかにし、期待感を示した。

EU域外のCCPに対する監督権限強化に踏み込む

EUは欧州債務危機に長く苦しんだ経験もあり、欧州の金融決済市場の発展(混乱の回避)を強く意識して、デリバティブ取引の適正化のための「欧州市場インフラ規制(EMIR)」を2012年に採択している。こうした金融システムの改革に伴い、CCPの役割の重要性が高まることを念頭に、欧州委は今回の法案について、CCPをめぐる監督権限の在り方をあらためて再検証する意味があると指摘する。

欧州委は今回の法案を通じて、金融システムに対する監督機能を収れんし、手続きを迅速化するため、現在よりもさらに広範な欧州地域を対象とする包括的アプローチを目指す考えだ。これは、ユーロ建て取引のCCPに対する監督権限の在り方を強く意識したものだ。また今回の法案は、ユーロ圏各国の金融監督当局と中央銀行の緊密な連携強化も図るとしている。こうした野心的な目的に対応するため、欧州委はユーロ建て取引のCCPに対する監督権限はEU域内のみならず、EU域外に存在するCCPに対する監督権限も強化し、一貫性のある対応を進めることが必要との考えを示唆した。

今回の法案の特徴は、EU域外に存在するCCPに対する監督権限の在り方に深く踏み込んだ点にある。特にEU域外のCCPについては、「二元方式」を採用するとしている。「二元方式」とは、EU域外に存在するCCPを、金融システムにとって重要なものと重要でないものに分類し、欧州委が金融システムにとって重要と見なしたCCPに対しては「厳格な要件」を求めるものだ。重要でないCCPについては、現行のEMIRの枠組みの下で運営を認めるとしている。

ここで問題となるのが、「厳格な要件」とは何かだが、欧州委は(1)当該CCPが立地する第三国のルールを順守しつつも、EU域内のCCPとしての必要要件も満たすこと、(2)当該CCPが関連するEU加盟国の中央銀行が、追加的な要件を定めている場合、その要件を満たしていることの認定を当該EU加盟国中央銀行から取得すること、(3)欧州証券市場監督局(ESMA)が求める全ての情報を当該CCPが開示し、実地監査を受け入れることに同意すること、などだ。

法案が成立すれば、重要なCCPの認可権限は欧州委に

しかし、今回の法案では「EUと加盟国の金融システムの安定にとって、当該第三国のCCPの役割が極めて重要で、上記(1)~(3)の要件だけでは潜在的なリスクを極小化するに不十分と見なされた場合、ESMAの要請あるいは関連する中央銀行の了解の下、欧州委の判断で、当該CCPがEU域内で設立されていることを、ユーロ建て取引に関わるサービス提供する条件とすることができる」と定めている。欧州委は、こうした特異な重要性を持つCCPは「限定的」としているが、この条項の意味は非常に大きい。現在、英国(ロンドン)に集中するユーロ建て取引に関わるCCPに、この条項が適用される可能性が高いからだ。

新たな「欧州金融センター」整備に向けた地ならしか

ブレグジット完了以降、この条項が英国に所在するCCPに対して発動された場合、当該CCPはEU域内に拠点を移さざるを得なくなる。この条項は、英国政府や英国の金融産業に対する欧州委の無言の圧力となるだろう。この条項を含め、法案成立には今後、欧州議会とEU加盟国の承認が必要となるが、欧州委はハードブレグジットの場合も視野に入れ、将来のEU域内における「欧州金融センター」の確立に向けて基盤整備に動き始めたとみることができる。

(前田篤穂)

(EU、英国)

ビジネス短信 70c0042be63fa8d9