中銀総裁が早期利上げ否定、離脱交渉の影響を注視

(英国)

ロンドン発

2017年06月28日

イングランド銀行(中央銀行)のマーク・カーニー総裁は6月20日、ロンドン市内で講演し、早期の政策金利の引き上げを「今はまだその時ではない」と否定した。インフレ率の上昇を背景に産業界などでは利上げはいずれ問題になるとの観測が強まっているが、EU離脱交渉が経済にもたらす影響を慎重に見極めつつ、検討していくとの考えを示した。

消費が減速、景気後退の兆し強まる

イングランド銀行は6月15日の金融政策委員会(MPC)で政策金利を0.25%に据え置くことを決定したが、その際、委員8人のうち3人が利上げを支持するなど意見が分かれた。2016年6月の国民投票以来続くポンド安によりインフレが加速し、それに伴い個人消費が減速傾向にある。同行は利上げにより物価上昇を抑制したい一方で、景気後退への懸念から利上げを見送る判断をした。

国民統計局(ONS)が5月25日に発表した第1四半期(1~3月)の実質GDP成長率は前期比0.2%で、2016年第4四半期(10~12月)の0.7%から減速した。EU離脱に伴う不確実性の高まりにもかかわらず、2016年の成長率は1.8%とG7でも最高水準を維持してきた(2017年3月8日記事参照)。しかし、2017年に入って景気後退の兆しが強くなり、第1四半期はG7で最も低い成長率となった。

ONSは景気後退の主な要因について、物価上昇による家計消費支出の減速と、小売りなど一般消費者向け産業の不調と分析した。国民投票から続くポンド安による輸入価格の上昇に伴い、インフレ率は急上昇しており、5月には2.9%と、イングランド銀行がターゲットとする2%を大きく上回った。

この急激な物価上昇によって、これまで英国経済成長を牽引してきた家計消費支出は第1四半期に前期比0.3%増と、2014年第4四半期以来の低水準となった。第1四半期の小売業の売り上げ(量ベース)は前期比1.4%減となり、第2四半期に入っても4月は前月比2.3%増と良好な天候を反映して好調だったが、5月は減速し0.9%増にとどまった。小売り大手テスコは、サプライヤーとの交渉などにより小売価格の上昇を抑えて第1四半期の売り上げを2.3%伸ばしたが、急激な物価上昇に各社の値上げ抑制の努力も限界に近づきつつあるとみられる。好調を保ってきた自動車販売も、英国自動車製造販売者協会(SMMT)によると、5月の乗用車の新車登録台数は18万6,265台で前年同月比8.5%減となった。

実質賃金が伸び悩み、ポンドも下落

労働市場では、実質賃金の上昇が2016年10月から停滞し、直近の4月は前年同月比0.6%減と2014年7月以来のマイナスとなった。4月の失業率は4.6%と過去最低水準で、労働市場の需給はタイトな状況にあるにもかかわらず、物価上昇とEU離脱交渉の先行き不透明感により、企業は賃上げについて様子見の姿勢を示しており、実質賃金は停滞している。

一方で、近年の低金利を背景に家計総貯蓄が急速に減少し、消費者信用が増加していることから、先行きの不透明感が高まれば、金融機関による信用供与の引き締めにより、さらなる消費の減速もあり得る状況だ。

ポンドの対ドルレートは、2016年2月に国民投票の実施日が発表されて以降、6月の国民投票後に9%、10月2日のテレーザ・メイ首相の演説後に6%下落した。その後ポンドは、2017年1月のメイ首相のEU離脱方針演説を受けて緩やかに回復傾向にあったが、ロンドン中心部(2017年3月24日記事参照)や北部イングランド・マンチェスター(2017年5月25日記事参照)などでの度重なるテロ事件や、6月の総選挙で与党・保守党が過半数を失ったことから、ポンドはさらに急落した。6月19日にはEUとの離脱交渉がスタートしたが、メイ首相の求心力は低下しており、交渉の先行きに不透明感が高まっている。産業界では利上げはいずれ問題になるとの予測(注)が高まっているが、内政の安定なくしてポンドの回復は難しく、不安定な政治情勢の中、物価上昇と景気下支えの両面で中銀は微妙なかじ取りを求められている。

(注)英国産業連盟(CBI)は6月20日に発表した経済予測で、2018年第3四半期に0.25ポイントの利上げを予測。また、英国商工会議所(BCC)も6月26日に発表した経済予測で2018年第1四半期に0.25ポイントの利上げを予測している。

(佐藤丈治)

(英国)

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