移行協定としてEFTA再加盟の可能性を下院が検討-EU離脱交渉の課題と展望(3)-

(英国)

ロンドン発

2017年03月21日

 EU離脱通知法案の議会承認を受けて、テレーザ・メイ首相は3月末までにEU基本条約第50条に基づく離脱の正式通知を行う見込みだが、将来のEUと英国との貿易協定はどのようなものになるのか。下院の国際貿易委員会は、WTO協定を基礎として、将来的にはEUとの自由貿易協定(FTA)締結を目指すが、移行協定として欧州自由貿易連合(EFTA)への再加盟の可能性も検討している。連載の最終回。

<首相は英国独自の関係を模索する意向>

 メイ首相は1月17日の演説で、EUとの将来のフレームワークについて、政府として目指す方針を説明した(2017年1月18日記事参照)。具体的には、単一市場へのアクセスを断念し、包括的な自由貿易協定(FTA)の締結、新たな関税協定の締結、関税同盟の準加盟国としての地位獲得や関税同盟の一部条項の署名などについて検討するなど、他国の事例にこだわらない英国独自の関係を模索する意向だ。

 

 英国経営者協会(IoD)が実施したアンケート調査では、会員の62%が「EUとの新しい貿易協定」を重視すべきだと回答した(図1参照)。EUとの望ましい貿易関係(モデル)については、29%がEUとのFTAと回答し最多だった(図2参照)。ノルウェーのようにEFTAを通じた単一市場への残留が28%と拮抗(きっこう)するも、FTAを目指すメイ首相の方針と産業界の意向は、おおむね一致している。

図1 貿易交渉で重視すべき事項(2016年10月)
図2 望ましいモデル(2016年11月)

 これまでに英国産業連盟(CBI)IoD英国商工会議所(BCC)などが政府に対する提言を発表しており、その内容は多岐にわたるが、貿易における関税・非関税障壁の最小化、ビジネスに係る規制の安定性確保、労働市場の柔軟性が維持できるような移民管理制度の構築、研究開発や地域発展に係る補助金の継続、海外市場拡大のための政府支援拡充などが主な要望だ。

 

 2016年12月にEUのミシェル・バルニエ首席交渉官は、4つの自由(人・モノ・資本・サービス)は不可分で、英国に対して「いいとこどり(チェリー・ピッキング)」は許さないとの姿勢を示しており、交渉は難航が予想されているが、英国政府の目指す関係はどのようなものか。

 

<WTO協定を基礎にEUとFTA締結目指す>

 下院の国際貿易委員会は2017年3月1日に発表した報告書で、英国がとり得る選択肢について、(1)WTO協定、(2)EUとのFTA交渉、(3)EUとの合意なしの場合の貿易、(4)EU以外の国・地域とのFTA、の4項目に分けて検証し、英国政府への提言をまとめている。

 

 WTO協定については、今後の全ての貿易の枠組みの基礎となることから、最優先に取り組むことを推奨。英国はEUを離脱してもWTOのメンバーであることに変わりはないが、現在はEUの一部に含まれている譲許表(品目別関税撤廃スケジュール)について、離脱に際して英国個別のものを策定する必要がある。この策定に要する時間は着手してみなければ分からないことや、将来のEUとのFTAと整合性を取る必要があるなどの課題を指摘している。

 

 続いて、EUとのFTA交渉については、時間の制約や、いいとこどりを許さないEUの厳しい交渉姿勢がある一方で、合意なしとなる事態はEU側にとっても自動車や金融サービスで経済的損失が大きく避けたい事情もあり、複雑な要素があることを指摘。現在の貿易条件と同様に、相互的な無関税貿易や基準・ルールの相互承認、適合性評価を目指して交渉すべきとしている。サービスについても、EUと英国間で相互にサービス提供を可能とすることや、職業資格・ライセンスの相互認証などを目指すこと、金融では現在の単一パスポートに近い制度の構築を目指すべきと指摘している。

 

 また、新たな関税協定については、政府の説明が曖昧なことから速やかに詳しい説明をすることを求めた。特に原産地規則については、例えば英国の自動車産業の現地調達率は41%程度で、通常FTAで特恵税率適用の基準となる50%や55%といった水準に届かないことが問題となり得るとの英国自動車製造販売協会(SMMT)のコメントを引用し、離脱と同時に英国の自動車産業は問題を抱えると指摘。自動車産業に限った特定分野の関税同盟締結の可能性については、自動車部品が他の産業に使われる可能性があることから難しく、WTO協定の競争原則に抵触する可能性などが問題として指摘されている。いずれにせよ、税関や国境の運用がどのようなものになるか、税関検査の数や程度などについて政府は可及的速やかに開示すべきとした。

 

<政治的に厳しい判断を迫られることに>

 さまざまなニーズを満たす英国独自のフレームワークを模索するためには、2年間の交渉期間は不十分で、EU加盟国の全会一致による延長が認められない限りは、交渉期間の空白を埋める移行期間が必要になる。また、交渉が成立しても、新しいフレームワークの導入に際して急激な制度変更は望ましくないことからも、移行期間の設定が望ましいとされている。

 

 下院の国際貿易委員会は報告書の中で、移行期間中のモデルとしてEFTAへの再加盟(注1)を検討すべきだと主張している。EFTAに加盟するだけで、EFTA加盟国(スイス、ノルウェー、リヒテンシュタイン、アイスランド)との貿易がカバーされるほか、EFTAが現在有する27の貿易協定(38ヵ国対象)の恩恵も得ることができる(注2)。これらの協定によって英国は輸出の19%をカバーすることができ、さらに英国が今後5つの協定(EU、米国、日本、中国、オーストラリア)を結ぶとカバー率は89%まで上昇すると分析している。移行期間中のモデルとしてEFTA再加盟案は、産業界ではIoDも奨励しており、EU以外の国々との同時並行でのFTA交渉が可能になることや、EFTAに加えて欧州経済領域(EEA)に参加することでEU単一市場へのアクセスなどがほぼ維持できるとメリットを挙げている。

 

 ただし、EFTA加盟国でEEAにも参加しているノルウェーは、単一市場へのアクセスを得る見返りに、EU加盟新興国の社会格差是正プログラムへの資金拠出や人の移動の自由も受け入れている。EFTA加盟には、EUに対する反発の要因ともなったこうした条件をある程度受け入れる必要がある。英国は政治的に厳しい判断を迫られることになるだろう。

 

(注1)英国はEUに加盟する1973年まで、EFTA(1960年に7ヵ国で設立)に加盟していた。

(注2)英国のEFTA加盟には加盟国の同意が必要。また、EFTAが現在有する貿易協定に参加するためには、原則として相手国との再交渉と合意が必要。

 

(佐藤丈治)

(英国)

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