制裁解除後の新たな動きや米国経済制裁の変更点を解説-東京でイラン最新情勢セミナー開催-

(イラン)

中東アフリカ課

2017年03月23日

 ジェトロは3月9日に東京で、イランの最新情勢を日本企業向けに情報提供する2016年度2回目となるイランセミナーを開催した。イランは人口約8,000万人の巨大市場として企業の注目を集めている。このセミナーでは、最新のイランの政治経済情勢や米トランプ政権成立の影響、経済制裁解除後の新たな動きや米国経済制裁における変更点など、同国でビジネスを進める上で必要となるポイントを解説した。2人の専門家が講演を行い、215人の関係者が参加した。

<共同包括行動計画の順守と現大統領再選が有力>

 セミナーでは、前回(2016年5月開催、2016年6月7日記事参照)と同じ専門家2人が講演を行った。最初に、日本エネルギー経済研究所中東研究センターの坂梨祥研究主幹が「イランの最新政治経済情勢」と題して、以下の解説を行った。

 

 イラン情勢の理解は、国内情勢をみるだけでは不十分だ。中東地域の紛争国では、イランは特にシリアとイラクに深く関与している。両国の独裁政権と反体制勢力の内戦に外国が関与を深めた結果、国際紛争・代理戦争の様相を呈している。シリアではイランやロシアがアサド政権を支持し、トルコやサウジアラビア、米国が反政府勢力を支持。またシリアとイラク以外でも例えば、イエメンでは政権側をサウジアラビアが支持し、反体制側をイランが支持している。代理戦争でイランと対峙(たいじ)する国々が対イラン制裁を強化し、イランの関与の弱体化を狙う構図となっている。

 

 米トランプ政権発足によるイランへの影響については、選挙中に比べると大統領就任後にはイランへの言及が減り、国内問題への発言が大半となったことから、当面は影響も限定的と考えられる。また国際的な合意である「共同包括行動計画(JCPOA)」をイランが一方的に破棄して、核開発を進めて中東情勢が不安定化するよりは、放置しておく方が得策とも考えられる。とはいえ「イランは問題国家」という米国側の認識は変わらず、マティス国防長官ら対イラン強硬派も政権に入ったことから、議会ともどもイランに対しては強硬姿勢であることは明白だ。

 

 イランの国内情勢では、大統領選挙が5月19日に予定されている。争点は核合意後の経済回復となるだろう。米国の一次制裁の影響で思ったほど諸外国とのビジネスが進んでいないが、JCPOA以前と比較すれば、原油輸出も制裁強化前の2012年レベルまで回復し、対イラン輸出も徐々に増加、2016年には各国の銀行238行とも為替業務の代行契約(コルレス契約)を締結。状況が改善していることから、地域情勢に大きな変化がなければ、今後もJCPOAの順守とローハニ現大統領の再選が有力と推察する。ただし米国の一次制裁の影響で、外資の大型投資が進まず、外資導入、雇用確保、失業率改善を優先課題とするローハニ政権にとっては厳しい状況も続いている。

 

 欧州諸国はJCPOAを堅持する構えで、自動車、鉄道、発電、再生可能エネルギー分野などで積極的な売り込みを継続中だ。ただしフランスのトタルなどは、投資の決定は5月のトランプ大統領のウェーバー更新(注)をめぐる判断を待って行うとしており、欧州諸国にとっては米国への適切な働き掛けが最重要事項とみられている。

写真 215人と多数が参加した(ジェトロ撮影)
写真 政治経済動向を解説する坂梨講師(ジェトロ撮影)

<中国企業にペナルティー、米国制裁には注意が必要>

 続いてモルガン・ルイス&バッキアス法律事務所(ワシントン事務所)の伊藤嘉秀弁護士が、「米国の対イラン制裁のポイント整理とリスク管理」と題して、制裁解除後の米国による対イラン経済制裁の変更点とその対策などについて、以下のとおり解説した。

 

 米国の対イラン制裁関連法令は、複数の成文法と行政命令(大統領令)が絡み合い、一本化されていないので注意が必要。制裁には、U.S.person(米国人)が対象となる「一次制裁」とnon-U.S.person(非米国人)が対象となる「二次制裁」があり、U.S.personには米国人だけでなく、在外の二重国籍者や米国法に基づいて設立された法人、米国企業の在外子会社まで含まれる。

 

 non-U.S.personに対する二次制裁でも、資産凍結などの制裁対象と定められた特別指定国民(SDN)リスト掲載者との取引は違反となるため、日本企業も注意すべきだ。また、ミサイル開発など軍事目的に使用される金属原料・半製品金属はイランとの取引が禁止とされ、規制対象となる米国原産品を10%以上含む第三国製品をイラン向けに再輸出する場合は、米国当局による事前許可が必要となる。イラン渡航経験者は、電子渡航認証システム(ESTA)によるビザウェーバー(免除)制度が適用されず、事前のビザ取得が必要となっている。

 

 米国証券市場に上場している企業は、米国証券取引委員会(SEC)に対して、自社や関連会社のイラン取引の内容を文書で開示・報告する義務がある。また連邦政府だけでなく、州レベル(25州およびワシントンDC)でのイラン制裁法も制定されている。州の資金(年金など)によるイランでの事業の従事者の株式購入・保有の禁止、イランでの事業従事者による州政府の公共調達手続きへの参加禁止などが定められている。

 

 2016年5月からの米国内の動向としては、民間航空機のイラン向け輸出に関する一般許可や、特定の出版活動に関するガイダンス、農産物・医薬品・医療機器などのイラン向け輸出の緩和などが公表された。2016年12月15日にはイラン制裁法の10年間延長が成立し、同日に米国財務省外国資産管理局(OFAC)によるスナップバック(制裁の解除・緩和の取り消し措置)に関する補足もなされた。2017年1月からの2ヵ月間のみでも、多数のイラン制裁関連の法案が出ている。

 

 OFACでは、これら制裁法を一本化した行政規則(イラン取引制裁規則)に取りまとめ、その解釈としてガイダンスとFAQを公開しているが、随時修正されるので確認が必要だ。米国商務省はイラン制裁法違反として、3月7日に中国通信機器大手の中興通訊(ZTE)に対し、1億ドルを超える示談金の支払いで合意した旨を発表した。日本企業にとっても規制を知らなかったでは済まされず、デューデリジェンス(ビジネスを進める上での事前審査)をきちんと行ったかどうか追及されるので要注意だ。

 

 JCPOAのスナップバックについては、欧州は制裁の解除・緩和期間中の契約に基づく取引・行為については、これを尊重するとしている。一方のOFACは、スナップバックから180日間は残務処理が認められ、制裁を科すことを猶予する見込みと表明したが、合法的な分野で契約書を交わし、物品の納入やサービスの提供を完了させていれば、その代金回収に180日間の猶予を認めるという内容になっている。

写真 制裁対策を解説する伊藤講師(ジェトロ撮影)

<米国の制裁内容を中心に活発な質疑>

 最後の質疑応答のセッションでは、主に伊藤講師に対して制裁関連の質問が活発に行われた。伊藤講師からは、イラン制裁延長法のウェーバーの更新には法律によって4ヵ月周期、6ヵ月周期があることや、20161月の制裁解除以降に米国から制裁を受けた日本企業は公開情報では1件もないが、マイナーな違反事例としてイランへの再輸出禁止違反があり、注意が必要との話があった。米国が日本企業に制裁を科す場合は、ケースにもよるが再輸出違反であれば125万ドル程度の制裁金が発生し、深刻なケースでは米国との輸出入取引の禁止や特別指定国(SDN)リストへの掲載もあり得るとのことだった。

 

 また、nonU.S.personの米ドルの使用については、決済時にU.S.person(米国の銀行や邦銀の米国支店)が関与していなければ、その行為自体は制裁の対象とはならないとの説明があった。イラン向けの輸出・再輸出が規制対象となる米国産品については、商務省輸出管理規則(EAR)で規制対象品目が設定されており、規制品目番号(ECCN)別に規制内容が定められ、イランなどの指定国家への輸出に当たり、事前にライセンスが必要かどうか分かる仕組みとなっている。ただし、多くの製品は規制対象でなく、事前許可も不要なEAR99に分類される品目とのことだった。

 

 坂梨講師からは、スナップバックはイランがJCPOAに違反した場合に起こり得るが、現状イラン側には違反のインセンティブはないと思われることや、周辺国では特にサウジアラビアとの関係が悪化しており、サウジアラビアに入港する船舶は直前の寄港地3ヵ所以内にイランが入っていると入港不可となるという話を聞くとのことだった。また欧州企業は原則として、JCPOAで認められた取引は可能と認識し、エアバスやルノー、PSAグループが交渉を進めているという話があった。

写真 質疑に対応する両講師(ジェトロ撮影)

(注)JCPOA以降の米国の対イラン制裁は、オバマ前大統領がその「一時停止」を命じる大統領令に署名したことにより、ウェーバー(適用除外)の状態になっている。この大統領令は一定期間ごとに更新署名する必要があるが、次の署名期限は5月。トランプ大統領がこの更新署名を「見送る」という決定を行うと、JCPOAを破棄することになる。

 

(米倉大輔)

(イラン)

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