政治経済情勢や制裁緩和のポイントを解説-東京でイランに関するセミナー-

(イラン)

中東アフリカ課

2016年06月07日

 ジェトロは5月19日、経済制裁が解除されて企業の注目を集めるイランについて、最新の政治経済情勢や、経済制裁緩和のポイントやパートナー選定など、ビジネス上の具体的な注意点を解説するためのセミナーを東京で開催した。研究者と弁護士の専門家2人による講演を行い、190人が参加した。

<イランは今後も核合意順守の見通し>

 セミナーではジェトロの平野克己理事のあいさつに続き、2人の専門家が講演した。最初にイランの最新の政治経済動向について、日本エネルギー経済研究所中東研究センターの坂梨祥研究主幹が解説した。

 

 坂梨氏は、イランの国内政治エリート層は「核合意に基づく着実な制裁解除と、自立を目指すための開国は必須」という共通認識を持っていると指摘し、20162月の第10期国会選挙でも政府支持派が躍進したことは、ローハニ政権の勝利ともいえる、と述べた。しかし、体制を維持しながら利益を国民に分配し、指導者層の世代交代を進めることが課題だ、とした。

 

 制裁解除の主な効果としては、(1)世界各国の経済使節団がイランを多数訪問(核合意後119日間で約100件の合意文書を締結)、(2)原油生産量が日量320万バレルまで回復、(3)原油輸出量が日量180万バレルまで回復、の3点を挙げた。

 

 ただし、制裁解除にもかかわらず実際のビジネスは進んでおらず、懐疑的だった保守強硬派を中心に強い反発が出ていると述べ、理由として、(1)過去の罰金か何らかの圧力のためか、欧州の大手金融機関が依然として取引に慎重なこと、(21,000億ドル超とみられる在外資産の凍結は解除されたものの、イランへの送金が進まないこと、の2点を指摘した。

 

 このような状況だが、イラン政府としては国内のインフレ抑制と失業率改善に重点を置き、外資による合弁会社設立、雇用創出、技術移転に期待し、輸入代替と輸出拡大による経済的自立・回復を目指していることから、今後も核合意を順守せざるを得ないとした。また、米国も大統領選挙の影響は未知数だが、イランが核合意を守る限り、合意を一方的に破棄する根拠は希薄だろう、と述べた。

写真 セミナーには190人が参加した(ジェトロ撮影)
写真 坂梨講師の講演(ジェトロ撮影)

<一部残された米国制裁には要注意>

 続いて、モルガン・ルイス&バッキアス法律事務所(ワシントン)の伊藤嘉秀弁護士が、ビジネスを行う上での米国を中心とする経済制裁の注意点について解説した。

 

 伊藤弁護士は最初に、経済制裁とは対外政策・安全保障のため、貿易・金融・投資・渡航などの経済活動を禁止・制限・規制するものと定義し、制裁違反のリスクは、桁違いの罰金や市場からの追放、米国での異議申し立ての不可、風評被害などにある、と述べた。

 

 次に、米国の制裁では、特に財務省イラン制裁法と商務省輸出管理規則(EAR)の2つを押さえておくべきで、さらに連邦政府の規制に加え、州レベルの制裁法も存在する、とした。対U.S.Person(米国人)の「一次制裁」と対nonU.S.person(非米国人)の「二次制裁」があり、U.S.Personは米国人だけでなく、在外の二重国籍者や米国法に基づいて設立された法人も対象となり、在日本企業であってもU.S.Personが関与する場合は要注意、とした。

 

 二次制裁は原則的に緩和されたが、特別指定国民(SDN)リスト掲載者との取引は禁止され、50%ルール(リスト掲載者が合計で50%以上を所有する団体も対象)にも要注意、と指摘した。また例外はあるが、米国原産品などのイランへの再輸出も原則として禁止で、金融機関のドル取引も継続して禁止となっている。加えて、イラン渡航経験者には電子渡航認証システム(ESTA)によるビザウェーバー(免除)制度が適用されず、米国渡航に当たっては事前のビザ取得が必要、と述べた。

 

 他方、欧州の制裁は米国制裁より適用範囲が狭いので、米国制裁に準じていれば問題は少ないが、EUのブラックリストが米SDNリストと異なるので、別途、把握が必要だとした。

 

 また、スナップバック(制裁復活)のリスクも考慮すべきだとし、EUは制裁解除・緩和期間中の契約・取引などを尊重するものの、米国は制裁対象とし得ることを表明しているので、イランとの取引では、契約にスナップバック時の解除条項なども含めておくべきだ、と述べた。

写真 伊藤講師の講演(ジェトロ撮影)

<米国の規制や動向に多くの質問>

 最後の質疑応答では、参加者から講師に多くの質問が寄せられた。講師からは米国EARの緩和について、同規制品目分類は、イランの核開発問題に関する共同包括行動計画(JCPOA)とはリンクしていないので、イランがテロ支援国家指定から外れなければ変化なし、との見通しが示された。イラン渡航経験者のビザ取得についても緩和の見込みはないが、一度取得すれば10年有効で、むしろ取得したことで米国入国がスムーズになったとの話も聞くとのことだった。米国がトランプ政権となった場合の影響については、JCPOAは国連安全保障理事会による合意のため、イラン側が順守していれば、米国側の一方的な破棄などは難しいとの見方だった。

 

 そのほか、企業としてはU.S.Personに当たらなくとも、従業員(担当者)がU.S.Personの場合(米国籍や居住地が米国の場合など)には、対イラン取引に関わると米国制裁に抵触する可能性はあるが、現実的には米政府が一個人レベルで制裁を科す可能性は低いのではないか、との見解が示された。

 

(米倉大輔)

(イラン)

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