医療ツーリズムや病院ビジネスに注目-医療機器展示会「アラブヘルス」にみる中東市場(2)-

(アラブ首長国連邦)

ヘルスケア産業課、ドバイ発

2017年03月03日

 中東諸国の医療機器市場は年率10%前後で拡大している。サウジアラビアやアラブ首長国連邦(UAE)などでは、政府が医療市場の拡大を経済成長の柱にしようとしている。この拡大する市場を狙って、ドバイで1月30日~2月2日に開催された医療機器展示会「アラブヘルス(Arab Health)」には、世界中から医療機器メーカーや代理店、医療従事者、政府・業界団体の関係者らが集まった。連載の後編。



<中東は年率10%前後で伸びる急成長市場>

 中東諸国の医療機器市場は年率10%前後で伸びる急成長市場だ。成長の要因としては、人口の増加、所得の向上、糖尿病など生活習慣病患者の増加、肥満度の高さ、公的医療費補助の拡充などがある。2014~2019年の市場平均成長率見通しは、イラン17.3%、エジプト12.2%、オマーン11.4%、サウジアラビア9.1%、ヨルダン9.5%、UAE8.9%などとなっている(2019年の世界医療市場見通しを基にジェトロ算出)。

 

 日本の医療機器メーカーが海外の展開先として最も注目するASEAN諸国と比較しても、中東の主要国の医療機器市場の規模、1人当たり医療費支出額は同等かそれ以上だといえる(2016年3月8日記事参照)。

 

<リハビリ、病院経営の効率化関連製品に可能性>

 米国の経営コンサルティング会社A.T.カーニーによると、湾岸諸国が直面する課題は、1次治療の窓口となる医療機関の整備、入院や通院など病院の機能分化、リハビリに特化したサービスの拡大、病院経営の改善にあるという。こうしたことから、これらの課題解決に資するリハビリ、病院経営効率化などの関連製品・サービスへの需要が伸びるのではないかとみられている。

 

 例えば、日本の医療機関の待合室でよく見られる診療予約システムは、中東ではまだ十分に普及していないようだ。アラブヘルスのUAE保健・予防省のブースでオンライン予約システムを紹介していたスウェーデン企業によると、UAE政府が病院の効率化を促すITソリューションを提供できる企業を支援し、現地での導入を進めているという。

 

<医療市場の伸びを経済成長の柱にする動きも>

 中東各国では、医療市場の拡大を経済成長の柱にしようとしている動きもある。

 

 2016年4月にムハンマド・サルマン副皇太子が発表したサウジアラビアの中長期的な国家ビジョン「ビジョン2030」では、「医療制度の充実」が柱の1つとなっている。この中で、予防措置の促進、1次治療(プライマリーケア)の活用、在宅医療の支援、慢性病治療の質向上、医療サービスの受け入れ可能数・効率・生産性の向上、医療部門の企業化などが目標として掲げられている。これらにより、2030年までに平均寿命を74歳から80歳に延ばすとしている。

 

 また、UAEは長期開発計画「ビジョン2021」で「世界に誇るヘルスケア(World-Class Healthcare)の達成」というスローガンを掲げ、世界の医療機器メーカーや病院との協力などを通じて、世界トップクラスの医療サービスを目指している。これらにより、2021年までに平均寿命を68歳(2015年時点)から73歳に延ばす、糖尿病罹患率を19.3%(2015年時点)から16.3%に引き下げるという目標を掲げている。

 

<医療ツーリズムに特化した巨大ゾーンも>

 ドバイにおける具体的な取り組みの1つが、ドバイ国際空港の近くに広がる医療分野に特化したフリーゾーン「ドバイヘルスケアシティー(DHCC)」だ。2002年から医療機関の集積が始まり、現在165機関を超えている。

 

 ドバイ政府は2020年までに、外国から年間50万人の医療ツーリズム客を誘致することを目標にしている。「アラブ・ヘルス・マガジン」誌(2017年号)によると、2015年の医療ツーリスト数は30万人弱だったが、政府はこれを増やそうと、ビザの取得手続きの簡素化、医療ツーリズムに特化した健康、観光、エンターテインメントに関する電子ポータルサイト「ドバイ・ヘルス・エクスペリエンス(DXE)」の開設など、さまざまな取り組みを行っている。

 

 外国人患者の受け入れで先行するシンガポールやタイを追い越すため、ドバイが打つ次の手は、2016年末から工事が進んでいる「健康(wellness)」をテーマとした第2期区画の稼働だ。これは医療にとどまらず、予防や健康管理、周辺の生活関連サービスを含めたコンセプトであり、幅広い健康需要を取り込もうとしている。既に米系の5つ星ホテルやスイス資本のインターナショナルスクールの建設が終わり、米ジョンズ・ホプキンス大学と提携した医療機関が2018年にもサービスを開始する。さらに公園、ジョギングやサイクリングルート、高級アパートやレストラン、ショッピングセンターなどが計画されている。

 

<中東の医療需要取り込みに各国医療機関は懸命>

 一方、外国の医療機関も中東の医療需要の取り込みに懸命だ。アラブヘルスでは各国の医療機関が広報ブースを出していた。

 

 米ミネソタ州に本拠を置く大手病院メイヨー・クリニック(注1)、がんや循環器病などの治療で知られるシカゴのラッシュ大学医療センターなどが、中東地域の患者を受け入れている。さらに、ヒューストンのメソジスト病院のように、2016年にドバイの中心部に病院を開設し、中東地域をベースに患者を勧誘しているところもある。

 

 今回、アラブヘルスに初参加した、ワシントンにある小児専門病院チルドレンズ・ナショナル・メディカルセンターの担当者は、中東の子供の多さに注目している。「法人設立までには至っていないが、中東地域の病院にネットワークを広げ、必要な治療を求める患者を米国に迎え入れていきたい」という。

 

 医療サービスを提供するに当たり、米国のブランド力は中東において絶大といえる。20年近くドバイで活動しているアメリカンホスピタルはメイヨー・クリニック・ネットワーク(注2)の一員になったことを、アラブヘルスで大きな看板を出してアピールしていた。長年の実績とブランド力の効果で、事業拡大に結び付けようとしている。

 

 さらに、先述した米ジョンズ・ホプキンス大学は2014年に、石油大手サウジアラムコと共同で、サウジアラビアでジョンズ・ホプキンス・アラムコ病院を開設した。2016年に救急処置室や外来治療専門施設ができ、今後、女性や子供専門施設の建設も予定されているという。

 

(注1)USニューズ・アンド・ワールド・レポートによると、糖尿病内分泌科、消化器科、老人科、婦人科、腎臓科、神経科、呼吸器科、泌尿器科で米国1位。

(注2)メイヨー・クリニック・ネットワークは2011年設立。40以上の加入医療機関に対し、医師によるオンラインコンサルテーション、幅広い病状に関するデータベースへのアクセスなどのサービスを提供している。

 

(シッチ・アナスタシア、後藤昌夫)


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