施行直前の新残業規則を連邦地裁が差し止め-日系企業の人事労務管理にも影響-
(米国)
ロサンゼルス発
2016年12月01日
米国の連邦地方裁判所は11月22日、12月1日に施行の予定だった米国労働省の残業規則を違法と判断して、全米で予備的差し止め命令を出した。新しい残業規則に備え、残業代の支払いから除外される「エグゼンプト従業員」の昇給や、除外されない「ノンエグゼンプト従業員」への再分類などを見直していた多くの企業に再び影響がありそうだ。米国の複数の州の弁護士資格を持ち、雇用問題に詳しい北川リサ美智子弁護士に企業へのアドバイスを聞いた(11月29日)。
<12月1日から施行の予定だった新残業規則>
米国では、連邦議会が制定した公正労働基準法(FLSA:The Fair Labor Standards Act of 1938)に基づき、連邦レベルの最低賃金や残業のルールなどが規定されている。例えば、雇用主に対して、連邦が定める最低賃金以上の賃金を労働者に支払うことや、週40時間を超える労働時間については賃金の1.5倍に基づく残業代を支払うことを義務付けている。
また、残業代の支払いから除外されるエグゼンプト従業員(適用除外従業員)として、管理職や専門職などを規定しており、具体的な判断基準は、労働省の規則(Overtime Rule)で定められている。
企業の労働問題や雇用法に詳しい北川&イベート法律事務所の北川リサ美智子弁護士(カリフォルニア州、テキサス州、ジョージア州、ニューヨーク州弁護士)によると、同規則では、エグゼンプト従業員と分類されるためには、大きく分けて、(1)従業員の業務の質や仕事量にかかわらず所定の固定給(最低賃金以上)が支払われなければならない「給与テスト(salary test)」、(2)主要な任務内容が、管理職(Executive)、総務(Administrative)、専門職(Professional)、外回り営業(Outside Sales)、高報酬(Highly Compensated)としての任務でなければならない「任務テスト(duties test)」という判断基準が示されている、と解説する。
米国労働省は2016年5月、残業(Overtime)に関する新しいルールとして「最終規則」(Final Rule)を公表しており、12月1日に施行される予定だった(2016年7月5日記事参照)。
この最終規則では、特に上記(1)の「給与テスト」に関して大幅な改正が予定されており、残業代の支払いが除外されるエグゼンプト従業員に対しては、最低でも年間4万7,476ドルが支払われるという内容だった。これは、現行の年間2万3,660ドルの約2倍に当たる水準であり、カリフォルニア州の場合、州が定めるエグゼンプト従業員の最低年収4万1,600ドル(2016年1月1日時点)を超える水準だ。(2)の「任務テスト」の変更はなかった。
最終規則の下では、エグゼンプト従業員に年収4万7,476ドル以上を支払わなければならず、ノンエグゼンプト従業員が週40時間以上働いた場合には(注)、企業は適切に残業代を支払わなければならないため、日系企業も新しい規則が施行される12月に備えて、エグゼンプト従業員の再分類や従業員の職務内容の見直しなどの対応に追われていた。
<企業や州の訴えを受け、連邦地裁が差し止め命令>
9月に多くの企業と21州がこの残業に関する最終規則の導入を阻止しようと訴訟を提起し、これらの訴訟は「Nevada v. U.S. Dept. of Labor Eastern District of Texas, No.16-cv-731」という1つの訴訟に統合された。
そして11月22日、テキサス州シャーマンの東部地区連邦地方裁判所のエイモス・マッツァント裁判官が、21州および米国商工会議所を含むビジネスグループの訴えに同意し、最終規則は違法であり、このような変更は、米国労働省ではなく、連邦議会によって決定されるべきものだ、とした。同裁判官は、全米にわたり新残業規則の導入に対して予備的差し止め命令を出した。
北川弁護士は「残業に関する新しい規則の導入により、約400万人の従業員の給与が引き上げられ、非営利団体、小売業、ホテル、レストランなどに多大な影響を及ぼすことが予測されていた。米国労働省は、この判決を第5連邦高裁に上訴することができるが、第5連邦高裁はオバマ大統領の移民法に関する執行措置を妨害したことがある。トランプ次期大統領は最終規則がビジネスに対する重荷の例だとして、大統領となったら覆す、小企業を除外する、あるいは施行を延期するなどと述べていたことから、米国労働省は上訴を断念するかもしれない。上訴がうまくいったとしても、共和党が多数を占める連邦議会が新法を制定することも考えられ、またトランプ政権下の米国労働省がこの最終規則を取り下げることもあり得る」と指摘する。
米国労働省は、今回の差し止めに対して「何百万人の勤勉な長時間労働者への公平な支払いを遅らせる裁判所の決定に強く反対する。最終規則は、包括的な規則作成手続きの結果であり、規則のあらゆる面の合法性に自信を持っている。われわれはあらゆる法的選択肢を検討している」という声明を出している。
<企業は変更のキャンセルが可能>
今回の連邦地裁の差し止めは全米に及ぶため、米国で活動する日系企業への影響もある。北川弁護士は「この裁判所の決定に対して米国労働省が上訴したとしても、上訴のプロセスには時間がかかる。もし、エグゼンプト従業員に対して給与引き上げの通知を既に出している場合は、将来的な昇給提案に変更することで、また、エグゼンプト従業員の再分類(変更)に関しては事前に通達することで、変更をキャンセルすることが可能だ。ただし、過去にさかのぼる変更や既に従業員が受け取った昇給分の返還を従業員に求めるべきではない。エグゼンプト従業員の給与は、(各州でのエグゼンプト従業員の最低給与を順守している限り)これまでと同様で構わない。賃金、労働時間、誤分類によるクレームは急増している」と注意を呼び掛けている。
所在する州や企業の個別事情により対応が異なる場合もあるため、詳細は雇用法を扱う弁護士などの専門家に問い合わせることが肝要だ。
○問い合わせ(相談内容によっては有料の場合あり)
北川&イベート法律事務所
北川リサ美智子弁護士(カリフォルニア州、テキサス州、ジョージア州、ニューヨーク州弁護士:東京大学研修・京都大学法学修士・米国連邦最高裁判所認定弁護士)
http://japanuslaw.com/jp/index.html
(注)州法によっては(カリフォルニア州を含む)、1日8時間以上の勤務も残業代対象となる。
(北條隆)
(米国)
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