レームダック会期でのTPP審議の動きに注目-アメリカ大統領・連邦議会選の行方との絡みも-

(米国)

米州課

2016年10月28日

 11月8日の米国大統領・連邦議会選挙とともに注目されるのが、選挙後のレームダック会期での環太平洋パートナーシップ(TPP)審議の行方だ。オバマ大統領はTPP実施法案を提出するとみられ、上下両院で多数党の共和党指導部の意向と選挙結果が、TPP審議の行方を左右する。

<オバマ大統領の任期中、最後の機会>

 118日の大統領選挙と連邦議会選挙の投票日まで残り1週間余りとなり、最終盤の争いが繰り広げられているが、選挙後に再開する米国議会でのTPP審議の行方に対し、米国内外で関心が高まっている。

 

 オバマ大統領は任期(2017120日まで)内でのTPPの議会承認を目指しているが、20161114日から再開する「レームダック会期」が事実上、任期中に議会の承認を得られる最後の機会になる(2015年10月26記事参照)。米国議会の議会期は各2年で、奇数年の13日正午から次の奇数年の13日正午までだ。1年目は第1会期、2年目は第2会期と呼ばれ、偶数年の第2会期の11月の第1月曜日の翌日の火曜日、2016年は118日に連邦議会選挙が実施される。

 

 選挙前の10月は通常、議会は休会となり、選挙後に再開する。選挙後の会期では、選挙で落選した議員や、今議会で引退する議員も出席することから、この会期を「レームダック会期」と呼んでいる。ちなみに、レームダックとは、「役に立たない」「死に体」という意味だ。

 

 レームダック会期は通常、クリスマス休暇前には閉会されるが、重要法案の審議が終了していない場合などには、最長で201713日の正午まで審議を行うことができる。実際、第112議会(20112013年)のレームダック会期では、上院は201312日、下院は13日まで審議が行われた。

 

<貿易促進権限に基づき90日以内の一括審議>

 オバマ大統領がTPP実施法案を議会に提出すると、20156月に可決した大統領貿易促進権限(TPA)法(2015年6月25日記事参照)に基づき、議会での審議が行われる。議会での審議過程における法案の修正は認められず、議会は法案を承認するか、否認するかのいずれかになる。

 

 また、審議期間は、下院歳入委員会が45日以内、下院本会議での審議・採決が15日以内、上院財政委員会での審議が15日以内、上院本会議で審議・採決が15日以内で、最長90日(審議日)以内と定められている(表参照)。しかし、今回のレームダック会期は201713日までの最長51日(暦日)しかなく、審議可能な日数は限られている。

表 大統領貿易促進権限(TPA)法に基づくTPPの手続き

 過去の自由貿易協定(FTA)法案の審議日数をみると、韓国、コロンビア、パナマとのFTAはそれぞれ10日で完了したが、バーレーンとの審議は28日、ペルーとは69日かかっており、レームダック会期でのTPP法案の手続きには迅速かつ慎重な議会運営が必要になる。上下両院で多数を占める共和党指導部がTPP実施法案の審議を主導するため、同指導部の意向がカギとなる。

 

<共和党指導部はTPP協定の3つの問題点を指摘>

 議会共和党指導部は、TPP協定の主な問題点として、(1)生物製剤のデータ保護期間が米国内法の12年間よりも短いこと、(2)投資家と国との紛争解決(ISDS)に関し、たばこの規制措置については適用除外になっていること、(3)電子商取引に関し、締約国は外資系企業に対してデータセンターやサーバーなどのコンピュータ関連設備を自国に設置するよう強要してはならないとの規定があるが、金融サービス業はこの例外とされていること、の3点を挙げている。ミッチ・マコーネル上院院内総務(共和党、ケンタッキー州)は「TPPには幾つかの深刻な欠陥があり、年内は動かない」と発言している(米政治専門紙「ザ・ヒル」825日)。

 

 レームダック会期において共和党指導部は、これらの課題についてオバマ政権から譲歩を得られない場合には、TPP法案の審議を遅らせて、時間切れで廃案にすることができるが、118日の大統領選挙と連邦議会選挙の結果も、法案審議の行方を左右するとみている。

 

<両大統領候補ともTPPに反対を表明>

 仮に、TPP実施法案がレームダック会期で承認されなかった場合には、次期大統領が議会に法案を再提出することになるが、両大統領候補ともTPPに反対を表明している。民主党のヒラリー・クリントン候補は、1019日に行われた第3回大統領候補テレビ討論会において、TPPは雇用創出、所得増加、安全保障の観点で基準を満たしておらず、「選挙後、大統領になっても反対する」と表明している。

 

 過去の事例では、199212月にジョージ・HW・ブッシュ政権下で締結した北米自由貿易協定(NAFTA)に関し、ビル・クリントン元大統領は、1993年の大統領就任後に、労働と環境についてカナダ、メキシコと再交渉の上、補完協定を締結している。クリントン候補が勝利した場合、大統領就任後にTPPへの立場を軟化させる可能性はあるが、基準を満たしていないと表明した手前、TPP協定の一部の条項につき、再交渉を要求する可能性がある。

 

 一方、共和党のドナルド・トランプ候補は、1021日に発表した大統領就任後100日間の行動計画の中で、就任初日にTPPからの離脱を表明するとしており、トランプ政権下でのTPPの承認は絶望的だ。

 

 また、連邦議会選挙では、民主党候補の善戦が予想されている。全議員が改選される下院(定数435議席、任期2年)では共和党支配は変わらない見込みだが、3分の1の議席が改選される上院(定数100議席、任期6年)では民主党が多数党に返り咲く可能性はある。20112015年の第112議会と第113議会でも、上院は民主党が多数党、下院は共和党が多数党でねじれが発生し、両党の対立により政策審議は滞った。今回の選挙の結果、20171月からの第115議会において、上下院でねじれが発生する場合、第115議会でのTPPの承認は一層困難になるとみられる。

 

<オバマ政権と共和党幹部双方の思惑交錯>

 仮に、議会共和党の指導部がTPPを承認する方向で審議を進めたとしても、賛成票数が過半数に達しないと判断した場合には、採決をせずに時間切れ廃案にする可能性が高い。米議会では、民主党、共和党ともに、日本の政党のような党議拘束はかけておらず、小選挙区から選出される下院議員は、地元選挙区や利益団体の意向に沿った投票行動を取りやすい。ポール・ライアン下院議長(共和党、ウィスコンシン州)は107日のラジオ局のインタビューで、「レームダック会期では可決に必要な票が集まらないので採決は行わない」と語っている。

 

 一方、ケビン・ブレイディ下院歳入委員会委員長(共和党、テキサス州)は927日のピーターソン国際経済研究所(PIIE)の講演の中で、TPPは地政学的、また経済的な理由から、「レームダック会期で承認される可能性は残っている」と発言している(「ワシントン・ポスト」紙社説928日)。また、大統領経済諮問委員会(CEA)のジェイ・シャンバーグ委員は1018日、「大統領、下院議長、上院院内総務ともに、基本的にはTPP法案の可決には賛成であり、法案が可決しない理由はない」と述べている(米通商専門誌「インサイドUSトレード」1021日)。

 

 201713日までに法案が両院を可決し、大統領に提出されると、オバマ大統領は可決法案の受理後から日曜日を除く10日以内に署名すれば、TPP実施法案は成立することになる。法案が13日に両院で可決した場合には、オバマ大統領が114日までに署名すれば法案は成立する。

 

(中溝丘)

(米国)

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