TPP批准時期、2016年の「レームダック会期」に焦点-大統領・議会選の結果で4パターンを検討-
(米国)
米州課
2015年10月26日
環太平洋パートナーシップ(TPP)の米国での批准時期をめぐってさまざまな観測が流れる中、2016年11月の議会選挙後の「レームダック会期」に着目した報道が幾つかある。ただ、選挙の結果次第でその時点の政治環境は全く変わるはずだ。同時に行われる大統領選挙の結果も合わせ、4パターンのシナリオを検討した。議会で共和党が躍進すれば批准を2017年へ持ち越す力が強まり、民主党が勝てばレームダック会期のうちにとの思惑が働く、と考えられる。
<2016年4月は困難との見立てが多い>
TPPが大筋合意に至り、まだ先の話ではあるものの、批准法案がいつ米議会で審議されるのかについて、さまざまな観測が出ている。批准法案の提出は、政府が議会に署名意思を通知し、90日後に協定への署名が済めば、可能ではある。楽観論に立てば、2016年4月などとの見通しもあるが、大統領選と議会選を控えていることや、議会で支持を集めるのに時間がかかる可能性があることから、そう簡単ではないと見立てるワシントンの識者は多い。「2016年4月か、それを逸すれば2017年しかない」との見方もある。
いったん法案が提出されれば、大統領貿易促進権限(TPA)法に沿って90日以内に採決を行う時計の針が回り始める。従って、法案が提出される段階では、可決される算段がついていることが必要だ。支持がおぼつかない状態で無理に提出すれば、否決されたり、議会が審議を無期限延期したり、といったことも起こり得る。オバマ政権は基本的に速く進めたいと考えるはずだが、最終的には議会共和党の指導層がそれに乗るかどうかだ。
2016年11月の選挙後に、選挙前の勢力のまま年末まで開かれるレームダック会期に議会が批准を行うのではないか、との観測報道がみられるが、その時点の政治環境はどうなっているだろうか。大統領選と議会選で、共和党が勝つか民主党が勝つかで、その後の批准をめぐる動きは大きく変化する。議会共和党が、2016年のうちに現行勢力で進めようと考えるか、選挙結果が反映された議会になる2017年まで待とうとするかを、ワシントンの政治コンサルタントに聞き、まとめた。大統領選と議会選2つの結果の組み合わせから4パターンに分けて、シナリオを考えることとする(図参照)。
<2016年中に済ませるか、2017年まで待とうとするか>
a.共和党候補が大統領選に勝ち、上下院とも共和党が多数を維持
議会共和党は批准法案をオバマ政権に代わる自らの政権下で通したというかたちにするために、2017年まで待とうという思惑が働くだろう。北米自由貿易協定(NAFTA)はブッシュ父政権時に交渉されたものの、批准はクリントン政権時に行われたため、「クリントンの自由貿易協定(FTA)」のようにいわれる。この逆を狙うということであり、2016年中に通す必要はないとの判断になる。2013~2014年にTPAの取得にオバマ政権がなかなか動かなかった時には、「このままでもよい。いずれ自分たちが政権と議会を勝ち取った時にTPAもTPPも片付ける。そうすれば全ては共和党の手柄と主張できる」との発言が共和党の識者から聞かれた。
ただ、ドナルド・トランプ候補のような、自由貿易を支持しない共和党候補が大統領選に勝利すれば、議会共和党の判断は変わる可能性がある。また議会選の結果、下院での議席が民主党と僅差になるようだと、2016年中に通してしまおうとの判断が働く可能性もある。
b.共和党候補が大統領選に勝ち、上下院どちらかで民主党が多数に
上下院のどちらで民主党が勝利するか、などに左右される可能性がある。議会共和党としては、2017年まで待って共和党大統領の手柄としたい思いはあるものの、新しい議会の指導層、両党の関係が構築された上で批准法案をあらためて審議することは面倒だ、との判断が働くはずだ。よって、2016年のうちに通してしまおう、という勢いは少し上昇するとみられる。ちなみに、上下院とも民主党が多数を占めるようであれば、その勢いはさらに高まるだろう。
c.民主党候補が大統領選に勝ち、上下院とも共和党が多数を維持
2017年に入っても民主党大統領、共和党議会という構図は現状と変わらず、政治環境は批准法案を通す勢いに大きく影響を及ぼさない、と考えられる。民主党ではヒラリー・クリントン候補が「現時点ではTPPを支持しない」と主張している。同候補も最終的にはTPP支持に回ると思われるものの、その立場の変化までの紆余(うよ)曲折を考えると、議会共和党は、オバマ政権下の2016年のうちに通してしまった方が楽だ、と考えるかもしれない。仮に、TPPに強く反対するバーニー・サンダース候補が次期大統領になれば、その度合いはより増すだろう。レームダック会期に審議を行う時間的余裕があれば、2016年中でも批准法案は通る、とみられる。
これと逆に、議会共和党がTPPを政治利用する可能性もないわけではない。つまり、次期大統領がクリントン候補の場合、TPPに対する立場の変化を追及し政治力をそぐべく、あえて2017年まで持ち越すとする考えも、あるにはある。ただ、それよりは立法課題として得られる成果を追い求めるとする方が自然だ、と思われる。
d.民主党候補が大統領選に勝ち、上下院どちらかで民主党が多数に
議会共和党は自分たちの立法課題における成果とするため、確実に2016年中に法案を通してしまおうという力が強く働く。2017年に入れば、立法課題を決める主導権は握れなくなり、次期大統領が批准法案をいつ進めるかも見通せないからだ。
<ライアン氏の下院議長就任は、TPP批准に追い風か>
以上の4パターンをまとめると、議会選であれ大統領選であれ、共和党が躍進すればするほど、2017年まで待とうという思惑が強く働く。一方で民主党が勢力を増やせば、レームダック会期に批准を済ませる動機が議会共和党側に生じる。当然ながら、それぞれのシナリオの確率については、現時点で見通すのは難しい。
なお、自由貿易を支持する下院のポール・ライアン歳入委員長(共和党、ウィスコンシン州)が、2015年10月下旬に議長に就任する見通しが高まったことは、TPPの批准を進める上で後押しになるとみられている。代わりに誰が歳入委員長に就くのか、その議員の選出州や支持母体が何なのかも注目される。ライアン議員は選出州の事情を反映して、乳製品の市場アクセスには特に関心が高かった。
(山田良平)
(米国)
ビジネス短信 02432aacba312273