企業レベルの労使合意で労働時間の調整が可能に-労働法典の改正法が成立-

(フランス)

パリ発

2016年08月04日

 労働法典の改正法が7月21日、成立した。雇用の拡大や企業の競争力強化を目的に、企業レベルの労使合意により労働時間の調整を可能とし、経済的解雇の定義を明確化した。労働組合と野党の右派、一部の左派が激しく反対する中、フランス政府は憲法規定を適用し、表決のないまま同法案の採択に持ち込むという異例の手続きによる可決となった。

<企業レベルの協約を業界協約より優先>

 改正された「労働・労使間対話の近代化・職業保障に関する法律(通称:エル・コムリ法)」は、20159月に政府に提出された労働規制改革に関する報告書を基にしたもので、(1)企業レベルの労使協議の活性化、(2)企業の競争力強化、などを主な柱とする。

 

 具体的には、有給休暇や労働時間の調整、残業の賃金割増率の設定を企業レベルの労使の合意により可能とし、業界協約より企業協約を優先する。そのため、企業内での労使の協議を推進する。労働時間に関する企業の労使合意に必要な得票率を、30%から50%に引き上げる。これまで、従業員の30%(注1)を超す支持を受けた労組の合意があれば、従業員の50%以上に支持される労組が反対(拒否権を発動)しない場合、労使の合意が成立していた。今後、従業員の30%以上の支持を得た組合は、企業内の従業員による直接投票で判断を仰ぐことができる。直接投票で過半数の従業員の同意を得た場合、合意は成立する。また、今回の改正で、労組の拒否権は廃止される。

 

 変性労働時間(注2)の調整期間を企業の労使合意および業界の承認を条件に、現行の最長1年を3年に延長する。企業の労使合意がない場合、従業員50人未満の企業は最長9週間(現行4週間)までの変性労働時間の調整を可能とする。

 

 労働時間は、12週平均の上限が44時間と規定されている。業界の協約により46時間まで延長が可能となっていたが、今回の改正により企業の労使合意による46時間までの延長も可能とする。企業の競争力向上に向け、繁忙期など企業が柔軟に対応できるよう配慮した。

 

<「経済的解雇」の定義を明確化>

 また、企業が「雇用の保護・拡大」を目的として、企業レベルで報酬や労働時間について労使で合意を締結することができる。月給は減額できないが、賞与などは減額・廃止が可能となる。合意は期限付きとし、期限が明記されていない場合、5年間有効とする。合意の締結後、企業は合意の内容を拒否する従業員を「個別経済解雇」として解雇できる。

 

 これまで、経営が悪化した場合に限り、企業は賃金の減額、労働時間の延長について労使の合意で締結できるものとしていたが、新しい市場の開拓や新規のプロジェクトに向けて、企業の競争力を高めるため、労使合意により労働コストを下げる措置を可能とした。

 

 解雇の理由となる「経済的解雇」の定義を明確化した。受注額または売上高が前年同期比で、(1)従業員11人未満の企業は最低1四半期、(2)従業員11人以上50人未満の企業は2四半期、(3)従業員50人以上300人未満の企業は3四半期、(4)従業員300人以上の企業は4四半期、にわたり連続して減少した場合、「経済的解雇」の適用対象となる。経済的解雇の措置は、201612月から施行される。

 

<労組が猛反発、異例の採択に>

 今回の改正法の審議は、最大労組のフランス労働総同盟(CGT)を中心とする労組が法案の白紙撤回を要求して強硬に反対し、大学生・高校生を含めたデモを繰り広げるなど難航した。労組は「企業の労使合意を業界レベルの合意に優先することを定めた」同改正法第2条を、「労働者の権利の後退につながる」と激しく反対したが、政府は国民議会(下院)の審議において、憲法493条(注3)を発動して採択に持ち込み、同改正法第2条の条文を維持した。

 

 一方、当初の改正法案にあった「労働紛争に関わる損害賠償の上限設定」や、「経済的解雇における判断基準となる『正当な要件』は、多国籍企業の場合にはフランス国内の事業のみを対象とする」条項は、削除された。損害賠償の上限設定は、20157月に可決した「経済成長・雇用法(通称:マクロン法)」に盛り込まれていたが、企業の従業員数に応じて賠償金の額が異なることを憲法違反と判断されたため、マクロン法から削除されていた(2016年1月27事参照)。今回は、従業員の勤続年数のみに基づき賠償額を規定する内容で同改正法案に盛り込まれていたが、労組の強い批判を受け、政府が譲歩し、撤回した。

 

9月に改正法施行反対のデモを予定>

 改正法の成立に関し、大企業が加入するフランス民間企業協会(AFEP)は「憲法493条を発動しての採択にもかかわらず、踏み込んだ改革になっていない」と失望を表明した。一方、CGTは「強行採択による可決だ」と批判している。上・下院の議員は、同法の合憲性の審査を求めて憲法評議会に付託した。

 

 「レゼコー」紙のために調査会社オドクサが実施した世論調査(714日、1,011人が対象)では、全体の71%が改正法の可決に不満を示しており、55%が反対デモの続行を望んでいる。CGTや「労働力の力(FO)」を中心とする労組の反対派は、915日に改正法の施行に反対するデモを予定している。

 

(注1)直近の職場選挙(従業員の投票による従業員代表および企業委員会のメンバーを選ぶ選挙)における代表者の得票率(%)が1つもしくは複数の組合で足して30%を超えた場合。

(注2)一定の期間内で、最長の法定労働時間を超えないことを条件に、日・週ごとの労働時間を超えて就労することを可能にする制度。

(注3)政府が国民議会(下院)に対し、政府の信任をかけることにより、表決によらない法案の採択を可能にしている。対象となる法案は、閣議決定した予算法案、社会保障財政法案、および国会の1会期につき1つの政府法案。内閣に対する不信任動議が24時間以内に可決されない限り、国民議会でその法案を採択させることができる。

 

(奥山直子)

(フランス)

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