商標登録手続きの異議申し立て制度を公布-産業財産権法が改正、8月30日から実施-

(メキシコ)

米州課

2016年06月07日

 政府は6月1日、官報で産業財産権法の改正を公布した。法改正により、商標登録審査における異議申し立て制度を導入する。これまでは、不当な商標登録により損害を被る可能性がある第三者は、非公式なかたちで産業財産権庁(IMPI)に情報を提供して登録拒絶を促すか、登録完了後に行政手続きなどの手段を講じて登録無効を勝ち取るしかなかった。今後は登録出願の公示1ヵ月以内であれば、公式な手続きとして異議申し立てを行うことができ、法的安定性が増すことになる。公布90日(暦日)後の8月30日から実施される。

<出願情報の公報掲載1ヵ月以内に異議申し立て>

 従来のメキシコの産業財産権法では、商標登録が出願されても産業財産権公報(Gaceta、以下、公報)に掲載する必要はなく、商標登録の出願に関する異議申し立て制度も法律上は存在しなかった。ただし、出願後はマルカネット(Marcanet)と呼ばれるIMPIの検索サイトで情報を検索できるため、同サイトで出願情報を入手した第三者は、IMPIに対して非公式なかたちで登録に関する見解を伝えることが可能だった。しかし、非公式なためにIMPIは見解を検討したり回答したりする義務はなく、多くの場合は商標登録完了後にIMPIや連邦行政裁判所に対して登録無効の申し立てを行うしかなかった。

 

 今回の法改正により、IMPIは商標登録の出願後、10営業日以内に当該出願情報を公報に載せることが義務付けられ(第119条)、当該商標が産業財産権法第4条や第90条で認められていない登録(既登録商標と同一・類似の商標、周知・著名商標など)に該当すると判断した第三者は、公報掲載日の翌日から1ヵ月以内に異議申し立てを行うことができる(第120条)。IMPI1ヵ月間に提出された異議申し立ての一覧を作成し、公報に掲載する。商標登録出願者は、公報に掲載された第三者の異議申し立てについての反証を、異議申し立て一覧の公報掲載の翌日から1ヵ月以内にIMPIに提出することができる(同)。

 

 異議申し立てとそれに対する反証は、IMPIの審査官による商標登録の実体審査の判断材料として活用される。異議申し立てを行った者に対し、IMPIは商標登録の結果(承認あるいは拒絶)について通知する義務を負う(125条)。

 

<マドリッド議定書への加盟が契機に>

 商標登録の異議申し立て制度が導入される契機となったのは、マドリッド議定書(標章の国際登録に関するマドリッド協定の議定書)への加盟だ。メキシコはマドリッド議定書を批准していなかったため、メキシコでの商標権保護のためにはIMPIへの登録手続きが不可欠だった。しかし、20124月に上院が同議定書の批准を承認し、同年11月に世界知的所有権機関(WIPO)に寄託、20132月に加盟が正式に実現した。

 

 2013年以降、国際出願を通じてメキシコにおける商標登録が増加することが見込まれるにもかかわらず、異議申し立て制度が存在しないことはメキシコ企業が同制度を有する外国の企業に対して不利な立場に置かれるという主張や、同制度の導入はメキシコに進出する外資系企業にとっても商標権をめぐる法的安定性や透明性を高めることになり、さらなる投資誘致につながるという主張が、国内外の弁護士事務所などを中心に繰り返されるようになった。20152月に超党派の議員グループが産業財産権法の改正法案を上院に提出し、同年12月末に上院を通過、20164月に下院も通過して成立し、今回の公布に至った。

 

 導入された異議申し立て制度については、おおむね評価する声が多い。第三者が異議申し立てをする期限は登録出願が公報に掲載された翌日から1ヵ月以内、登録出願者が反証する期間はその後1ヵ月以内(双方とも延長不可)となっており、IMPIが方式審査(法定最長期間は出願から4ヵ月)を行っている段階であるため、異議申し立てがIMPIの登録審査を遅らせる要因にはならない。むしろ、IMPIの審査官にとっては異議申し立てや反証の材料を実体審査に役立てることができるため、審査が円滑に進むという意見もある。また、IMPIは異議申し立ての内容について細かく回答する必要はなく、登録審査の結果のみを報告することになるため、申し立てへの対応により登録審査が大きく遅れることはないとされている。IMPIによる登録審査の精度が向上することは、登録完了後の無効申し立て手続きを行う民間事業者の手間と、それに対応する行政コストを省くことができるという指摘もある。

 

<職権による取り締まり強化が課題>

 進出日系企業はメキシコを輸出製造拠点としていることが多く、国内消費市場で商品を販売している企業が相対的に少ないため、欧米系企業に比べると商標権の侵害で深刻な悩みを抱えている企業は少ない。ジェトロが20162月に発表した「2015年度中南米進出日系企業実態調査」によると、メキシコ進出日系企業のうち投資環境面での問題点(複数回答可)として「知的財産権保護の欠如」を挙げた企業は1.5%にすぎなかった。

 

 しかし、近年の正規雇用の拡大やインフレ率の低下により国内消費が堅調に推移する中、メキシコ国内市場に着目する日系企業も少しずつ増加してきており、日本企業のメキシコにおける商標登録件数も増加傾向にある。2015年のメキシコにおける日本企業の商標登録件数は1,024件に達し、5年前と比較すると74.7%増加している(表参照)。

表 メキシコにおける国籍別商標登録件数の推移

 メキシコにおける商標権保護の問題点としては、職権による権利侵害品の取り締まり体制が弱いことが挙げられる。著作権の侵害品については場所を問わず職権による取り締まりが可能だが、商標権の侵害品については「街頭や公共の場で営利目的のために最終消費者に販売する犯罪行為」のみを職権による取り締まりの対象としている。つまり、店舗などの商業施設内で恒常的に侵害品が販売されていても、権利者による申し立てがないと押収などの取り締まりができない(2010年4月15日記事参照)。模倣品や海賊版の流通・販売には犯罪組織が絡んでいることが多いため、進出日系企業の多くは、自社の商標権を侵害する模倣品が販売されていることが分かっていても申し立てをためらいがちだとされる。そのため、職権による取り締まり強化に期待する声が強い。

 

 また、税関における水際対策も十分とはいえない。政府は20147月以降、IMPIに商標登録されている商品の輸入申告を行う際、商標の識別に関する情報の申告を義務化した(2014年8月21日記事参照)。輸入者から提出された情報に基づき、商標権侵害品であることが疑わしい貨物の通関を税関で差し止め(最長で72時間)、その間に権利者に通知して連邦検察庁(PGR)あるいはIMPIへの申し立てを促す対策を講じている。しかし、権利者からの申し立てがない場合、税関職員には商標権の侵害が明白であっても当該商品を押収する権限はないため、職権による踏み込んだ対応はされていないのが現状だ。

 

 メキシコも加盟する環太平洋パートナーシップ(TPP)協定の第18.76条は、加盟国が知財侵害品に対する国境措置をさまざまな点から強化することを定めている。同条第5項は「職権による国境措置の開始」にも言及しているため、税関職員の職権による効果的な取り締まりを可能にするよう法改正が行われる可能性がある。

 

(中畑貴雄)

(メキシコ)

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