欧州の地位低下に危機感、離脱連鎖防止に全力-英国民投票結果のドイツへの影響(1)-

(ドイツ、英国)

デュッセルドルフ発

2016年06月30日

 英国のEU離脱をめぐる国民投票結果は、ドイツの政治・経済両面に衝撃を与えた。離脱問題は、英国・ドイツ双方に負の影響を与えるとドイツはみており、政府は離脱の連鎖を防ぐための対策を進めている。加えて、英国のEU離脱により、世界における欧州自体の重要性の低下を危惧する声も上がっている。英国民投票結果のドイツへの影響を2回に分けて報告する。前編は、ドイツ政府の反応や英独間の経済指標からみた影響を分析・解説する。

<メルケル首相「欧州統合推進はドイツの公益」>

 英国のEU離脱をめぐる国民投票は、欧州統合の推進役であるドイツにとっては衝撃的な結果となった。開票結果が明らかとなった624日にアンゲラ・メルケル首相は記者会見し、「欧州は多様性を抱えており、EUに対する期待も異なる。この結果、欧州統合化への疑念が生まれている」とした上で、欧州の統合を推し進めることはドイツにとっての公益で、「EUがどれだけ市民の生活改善に貢献しているかをもっと知ってもらう必要がある」と述べた。

 

 EU離脱の連鎖を防ぐため625日には、EUの前身である欧州石炭鉄鋼共同体当時から加盟していたベルギー、ドイツ、フランス、イタリア、ルクセンブルク、オランダの6ヵ国外相がベルリンで緊急会合を行い、今後の対応について協議した。会合後の記者会見では、「われわれはEUへのコミットメントを再確認するとともに、英国にはEU離脱に向けた決定・交渉・手続きをできるだけ早く進めることを期待する」と共同声明を出した。メルケル首相は627日、同じくベルリンでドナルド・トゥスク欧州理事会常任議長、フランスのフランソワ・オランド大統領、イタリアのマッテオ・レンツィ首相と協議を行った。会合がブリュッセルではなくベルリンで行われたことは、英国が抜けた後のEU内でのドイツの重要性を物語る。

 

EU改革の余地に言及も>

 ドイツの連邦各州も624日、相次いで重要な貿易・投資パートナーである英国のEU離脱に対して遺憾の意を示した。フォルクスワーゲンの本社が立地する北部ニーダーザクセン州は「深刻で歴史的な失敗」(オラフ・リース州首相)と強い言葉で不快感を示した。また、「離脱を選択すれば離脱であり、部分的な加盟や特恵などはないとのメッセージを打ち出していくことが必要」(ノルトライン・ウェストファーレン州のフランツ・ヨーゼフ・レーシ・メンゼ欧州相)、「右派ポピュリストや反欧州主義者の躍進を防がなければならない」(バーデン・ビュルテンベルク州のビンフリード・クレッチマン首相)など、加盟国のEU離脱の連鎖を防ぎたい意思がうかがえる。同時に「EUの民主的な深化が必要。英国市民がEU離脱に傾いた大きな理由は、主権がないと感じたことが大きい」(ハンブルクのオラフ・ショルツ市長)、「今回の件から、行き過ぎた中央集権、意思決定の透明性不足など、何が問題だったのかを学ばなければならない」(バーデン・ビュルテンベルク州)など、EUの仕組み改革を求める声も上がっている。一方で、多国籍企業がロンドンに置く欧州統括拠点の移転先として進出を期待する声(ベルリン)や金融機関の進出を期待する声(フランクフルトが所在するヘッセン州)なども聞かれた。

 

 世界における欧州の地位低下を危惧する声も噴出した。ドイツ機械工業連盟(VDMA)は624日付プレスリリースで、英国のEU離脱により、欧州全体の産業立地先としての魅力が弱まることを懸念すると述べた。ヘッセン州とハンブルクも、英国のEU離脱による欧州の求心力低下を危惧する表明を出している。

 

<英国は重要な販売・調達先>

 ドイツ連邦銀行によると、2014年に英国にはドイツ企業が約2,200社、ドイツには約1,400社の英国企業が進出している(表1参照)。ドイツ商工会議所連合会(DIHK)のエリック・シュバイツァー会長は624日に「英国の国民投票結果はドイツに衝撃をもたらした。ドイツ企業は新たな変化に順応していく必要がある。このことは英国で生産活動を行うドイツ企業に特に当てはまるだろう。短期的には英国でのドイツ製品の売り上げ低下リスクがある」と述べた。ドイツ産業連盟(BDI)のマルクス・カーバー会長は624日に「経済および政治、英国およびドイツ・EUにとって大きな痛手」と述べ、欧州単一市場に対するアクセスを失うことは英国企業と在英ドイツ企業にとって不利となり、「今後数ヵ月、英国とのビジネスは大きく減少することが予測される」とした。

表1 英国・ドイツ間の投資状況(2014年)

 英国はドイツにとって、米国、フランス、オランダ、中国に次ぐ世界5位の貿易相手国だ。英国との貿易額は増加傾向にあり、特にドイツからの輸出が好調だ(図参照)。黒字幅でみると英国は米国に次ぐ2位となり、ドイツにとって重要な販売先となっている。英国のEU離脱により関税障壁が新たに出現(2016623事参照)したり、あるいは英国とEUとの間の貿易協定の交渉が長引いたりすれば、ドイツ企業には大きな痛手となる。

図 ドイツの対英貿易動向の推移

 分野別に英独間の貿易をみると、ドイツの対英主要輸出品目は、自動車およびその部品、医薬品、計測・分析制御機器やデータ処理機などが主要品目となっている(表2参照)。今後の関税導入や英国EU間の貿易関係について、不確実性が長引けば、これらの産業に影響が出る恐れがある。一方、英国からの輸入で特徴的なのが、航空機関連だ。エアバスがハンブルクを中心としてドイツ各地で生産・開発を行う中、関連部品の調達コストの上昇などが危惧される。

表2 ドイツの対英主要品目別輸出入

(福井崇泰、ゼバスティアン・シュミット、ザンドラ・ペータース)

(ドイツ、英国)

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