太平洋同盟の追加議定書が発効-進出日系企業への影響は限定的-

(メキシコ、コロンビア、ペルー、チリ)

米州課

2016年05月06日

 太平洋同盟の追加議定書が5月1日に発効した。相互に締結された既存の2国間自由貿易協定(FTA)が4ヵ国の広域FTAに収斂(しゅうれん)される過程で、一部品目の関税が新たに下がることになるが、進出企業のビジネスに与える影響は限定的とみられる。製造業の集積がメキシコに集中し、域内貿易比率も低い経済統合であるため、原産地規則の統一や累積効果の拡大による広域サプライチェーンの形成も進まないだろう。太平洋同盟では広域FTAという側面よりも、ビジネス関連規則の統一や簡素化などを進める枠組みとしての機能が、より重要視されるとみられる。

<人口21,000万人超の広域FTA

 「太平洋同盟枠組み協定の追加議定書」(以下、追加議定書)は2014210日にコロンビアのカルタヘナで署名され、各国議会における批准審議に回されていた。コロンビア(20154月)、ペルー(同年11月)、メキシコ(同年12月)、チリ(20161月)の順で批准審議が終了し、201651日に発効した。追加議定書では、市場アクセスに関して92%の品目で関税が即時撤廃となり、残りは段階的な関税削減となる。モノの貿易以外にも、投資、サービス、政府調達などにおける内国民待遇など、広範な内容を含むFTAとなっている(2014年2月18記事参照)

 

 2015720日に発効した枠組み協定は、経済統合の目的や組織・体制などについて大まかに定めたもので、加盟国間の貿易・投資促進に向けた具体的な取り決めがなされているわけではなかった。枠組み協定の締結後、閣僚会合や次官級の高級事務レベル会合(GAN)、作業部会などを通じて交渉が行われ、貿易、投資、サービスなどの分野における具体的な取り決め事項としてまとめられたのが追加議定書だ。

 

 追加議定書の発効により、4ヵ国が加盟する人口21,000万人を超す広域自由貿易圏が形成されることになるが、加盟各国の経済規模をみると、GDP、貿易額ともメキシコが突出している(表1参照)。1人当たりGDPをドルベースでみると、2015年はかなり低下したものの、全加盟国で6,000ドル超の比較的高い所得水準にある。対内直接投資額を比べるとGDPほどの開きはなく、メキシコのみならず、チリやコロンビアへの外国投資も活発だ。

表1 太平洋同盟加盟国の経済規模比較(2015年、対内直接投資額のみ2014年)

<メキシコ製自動車のペルー向け輸出に効果>

 太平洋同盟の特徴は、加盟国全てが40ヵ国以上の国とFTAを締結している自由貿易主義国であるため、域内貿易比率が高くないことだ(表2参照)。特に米国との経済関係が強いメキシコの域内貿易比率が低い。コロンビアやペルーは、メキシコからの工業製品輸入も多いため、域内貿易比率が比較的高くなっている。対内直接投資の域内比率をみると、メキシコとチリは低いが、コロンビアやペルーは相対的に高くなっており、コロンビアではチリとメキシコ、ペルーではチリとコロンビアが比較的重要な投資国になっている(表3参照)。

表2 太平洋同盟諸国の域内貿易額と域内貿易比率(2015年)
表3 太平洋同盟諸国の域内国からの対内直接投資額(2010~2014年累計)

 域内貿易比率が低く、既に2国間FTAにより多くの関税が撤廃済みであり、追加議定書の発効が域内の貿易活性化に与える影響は小さいとみられる。ただし、既存の2国間FTAでは関税削減の例外とされていた品目(農産品など)や比較的最近FTAが発効し関税削減の経過期間にある産品などでは、追加議定書発効による関税削減効果が生じる。代表的な品目としては、メキシコからペルーに輸出される自動車(乗用車)が挙げられる。

 

 メキシコとペルーの2国間FTA20122月に発効したため、7回に分けて関税を削減する「B7」カテゴリー、10回に分けて関税を削減する「C」カテゴリーのスケジュールが設定されている乗用車は、20164月時点でも関税が完全には撤廃されていなかった(表4参照)。太平洋同盟に基づくペルーの関税削減スケジュール(譲許表)では乗用車が即時撤廃(「A」)となっているため、今後は太平洋同盟の原産地証明書を取得して輸出することにより、関税が0%まで下がることになる。メキシコ自動車工業会(AMIA)によると、2015年にメキシコからペルーへは、日産が1482台、マツダが1,582台、ホンダが636台、フォルクスワーゲン(VW)が483台、フィアットクライスラー・オートモービルズ(FCA)が122台、フォードが87台の計13,392台が輸出されている。

表4 メキシコ・ペルーFTA関税削減・撤廃スケジュール(メキシコの対ペルー主要輸出品目)

<繊維や食品加工などで分業進展か>

 複数の2国間FTA1つの広域FTAに統合される場合、原産地規則が一本化され、協定の対象となる原産品を判断する基準となる生産行為が行われる場所も2ヵ国から複数国に拡大される。ASEANのように製造業の域内分業が進み、域内でさまざまな原材料や部品を相互に調達し合っている場合、複数の2国間FTAが広域FTAに深化する過程における原産地規則の域内累積の効果は大きい。しかし、太平洋同盟諸国の場合、製造業が一定規模以上に発達しているのはメキシコのみで、メキシコ以外の国から工業製品を他の加盟国に輸出するのは一般的ではない。このため、東アジアにおいて東アジア地域包括的経済連携(RCEP)の実現により想定されるような域内貿易の拡大や広域サプライチェーンの形成効果は、太平洋同盟では小さいと考えられる。

 

 仮に、メキシコより他の加盟国の人件費がかなり低いとしたら、ワイヤーハーネス製造のような労働集約的な工程の域内他国への生産移転が考えられるが、現状では労働者レベルの賃金はむしろメキシコの方が相対的に低いため、メキシコからコロンビア、ペルー、チリへの労働集約的プロセスの生産移転が進むことも考えにくい。

 

 4ヵ国の現時点の産業構造を考慮した上で加盟国間の生産分業が期待できるのは、繊維・縫製や食品加工、木製家具などの分野だろう。食品加工の分野では、アボカド、アスパラガス、マンゴー、ブドウ、ベリー類など4ヵ国の輸出産品がある程度似通っており、競合することもあるが、メキシコとペルーおよびチリの間では北半球と南半球の違いによる端境期を活用することが考えられる。また、チリの豊富な森林資源を活用し、メキシコで木製家具を製造するオペレーションも想定できる。現時点でチリからメキシコへの木材の輸出は比較的多いが、メキシコの木製家具の輸出先としては北米(米国、カナダ)が約9割を占め、太平洋同盟諸国への輸出はわずかだ。

 

 4ヵ国に共通して国内産業が存在するのが繊維・縫製産業だ。4ヵ国の輸出額をみると、メキシコ、ペルー、コロンビア、チリの順となる。それぞれ得意分野が異なり、メキシコは縫製品では紡織用繊維のアパレル、素材では合成繊維の糸とデニムを中心とする綿織物の輸出が多い。ペルーはニット製のアパレルとアルパカなどの毛の糸・織物、綿糸の輸出が多い。コロンビアはブラジャーなどの縫製品や紡織用繊維のアパレル、合成繊維の糸・生地の輸出が相対的に多く、チリは羊毛が主要な輸出産品となっている(表5参照)。

表5 太平洋同盟加盟国の繊維・縫製分野の主要輸出品目

 太平洋同盟では、北米自由貿易協定(NAFTA)や環太平洋パートナーシップ(TPP)協定と同様、原則として糸(紡績工程)以降の域内生産が求められる糸原則(ヤーンフォワード)が採用されており、糸から域内産を用いる必要がある。ペルーの綿糸やアルパカの織物を活用してコロンビアやメキシコで衣類に仕上げる、メキシコのデニム生地を使ってコロンビアで縫製するなどの分業も想定できる。

 

<加盟国間での規制緩和や簡素化に注目>

 在メキシコ自動車メーカーを除けば、太平洋同盟諸国間の域内貿易に関係している進出日系企業は少なく、進出日系企業が太平洋同盟の進展で得られるメリットは、域内貿易の拡大というよりは、域内の経済活動に関する規則がビジネスフレンドリーな方向に調和していくことによるビジネス環境の改善だろう。太平洋同盟の追加議定書には、「貿易円滑化と税関協力」(第5章)、「貿易の技術的障害(TBT)」(第7章)、「規制緩和」(第15bis章)など加盟国のビジネス環境の改善に資する内容が含まれている。

 

 貿易円滑化においては、貿易単一電子窓口(VUCE)を通じた輸出入申告の電子化などを通じて、可能な限り貨物到着後48時間以内に通関手続きを完了させるような対策を講じることが定められている(第5.4条)。これはTPPの規定(第5.10条)とほぼ同じ内容だ。また、認定事業者(AEO)の相互認証を通じた通関手続きの簡素化に向けた取り組みについても規定されている(第5.8条)。

 

 TBT分野では、化粧品の商品ラベル表示のハーモナイズや化粧品輸入時の「自由販売証明書」(輸出国で合法的に販売されていることを証明する文書)提出義務の廃止などが盛り込まれている(議定書別添7.11「化粧品の貿易に関する技術的障壁の排除」)。規制緩和の章では、加盟国の規制当局間の協力やベストプラクティスの採用などが規定されており、加盟国地域におけるビジネスが円滑化するような規制緩和が今後期待できる。

 

<コスタリカが正規加盟に向けて前進>

 太平洋同盟は開かれた統合体として後からの新規加盟も歓迎している。正規加盟するためには、全ての加盟国とFTAを発効させる必要がある(枠組協定第11条)。太平洋同盟の発足当初から正規加盟を望んでいるコスタリカやパナマは、署名済みのコロンビアとのFTAを発効させれば太平洋同盟への正規加盟資格を得る。コスタリカとコロンビアの間のFTAは、発効までの最後の要件だったコロンビア憲法裁判所の承認が46日に下りたため、コロンビア政府がコスタリカ政府に正式に通知してから60日後に発効する(表6参照)。

表6 太平洋同盟加盟国と加盟国候補オブザーバー国の2国間FTA締結状況

 パナマの場合は、パナマのコロンフリーゾーン(ZLC)経由で輸入されることが多い繊維製品や履物に対するコロンビア側の複合関税の課税をめぐり、コロンビアとWTOの場で争っていることもあり、両国における2国間FTAの批准審議は止まっている。そのため、パナマの太平洋同盟への正式加盟は、なお時間がかかりそうだ。

 

(中畑貴雄)

(メキシコ、コロンビア、ペルー、チリ)

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