米国向け輸出の大半は既にゼロ関税-TPPがタイの輸出競争力に及ぼす影響(1)-

(タイ、米国、ASEAN)

バンコク事務所

2015年11月09日

 環太平洋パートナーシップ(TPP)の大筋合意を受け、タイの国内産業界や研究機関などの間で、協定への参加の是非をめぐる議論が過熱している。とりわけ、加盟国間で新たなサプライチェーン構築が進むことで、タイの輸出にマイナスの影響が及ぶことを懸念する声が高まっている。他方、タイはTPP加盟国12ヵ国のうち9ヵ国との間で、既に自由貿易協定(FTA)もしくは経済連携協定(EPA)を有し、幅広い品目をカバーする関税減免が実現している。またタイとのEPAを有さない米国でも、タイからの主要輸入品目の多くにゼロ関税を適用していることから、輸出競争力への影響は限定的との見方もある。TPPがタイの輸出産業に及ぼす影響について、最大の争点である米国向け輸出の現状と今後の見通しを中心に2回に分けて報告する。

<セミナーで「直ちに打撃」と警鐘>

 タイを代表する民間シンクタンクであるタイ開発研究所(TDRI)が1012日に開催したセミナー「TPPとタイの選択」の中で、同研究所のドゥアンデン・ニコンボリラックス研究部長は「タイの輸出は継続的に減速傾向にある。年間25%超の伸びを記録してからわずか数年で、マイナス成長に落ち込んだ。世界経済の減速などの要因が背景にあるが、同時に、国内輸出産業の構造的な問題を示唆している」と指摘。その上で、TPPがもたらす影響について、「タイの輸出はTPPの枠組みに基づく加盟国の関税引き下げにより、直ちに打撃を受けるだろう。同時に、投資に関する合意により、TPP参加国による新たなサプライチェーン構築につながるだろう。TPPの定める原産地基準を満たす目的から、タイから同協定参加国へ生産拠点のシフトが起きることが見込まれる」と警鐘を鳴らした。

 

 TDRIの分析によると、TPPの締結に伴い、全輸出に占めるTPPFTA加盟国向け輸出の比率は、マレーシアが60%から70%へ、ベトナムが40%から60%へ、それぞれ拡大することが見込まれる一方、タイについては、「大幅な拡大は見込めない」という。その上で、タイにとって代替となり得る戦略は、(1)東アジア地域包括的経済連携(RCEP)交渉の加速、(2)プラス・マイナス両面を慎重に考慮した上でのEUとのFTA交渉の再開、と提言している。

 

 また、同セミナーに登壇したタイ荷主協議会(Thai National Shippers Council)のノポーン・テプシタール会長は「TPPによる影響は、短期的には製品の受注減が予測される。すなわち、タイと同等の部材・製品を生産できるTPP加盟国へ製品の発注がシフトする。また長期的には、TPPによって世界最大規模のサプライチェーンが加盟国間で形成され、貿易・投資構造が変化し、加盟国間のみで技術移転などが進むと見込まれる。それにより、タイの生産キャパシティーおよび競争力そのものが打撃を受けるだろう」と述べた。同氏は産業界からの政府への提言として、(1TPP加盟へ意思表示をなるべく早く行うこと、(2)それによりTPP加盟国へ調達先を切り替えようという顧客をつなぎ止めること、(3TPPならびにその他枠組みの交渉に備えた戦略構築を行うこと、を求めている。

 

<輸出への影響は限定的との見方も>

 一方、民間の金融系シンクタンクであるカシコンリサーチセンターやサイアム商業銀行エコノミックインテリジェンスセンターなどでは「TPPによるタイ輸出産業への影響は限定的」とみる向きもある。その根拠として、(1)タイは、TPP加盟国のうち米国、カナダ、メキシコを除く9ヵ国との間でFTAEPAを有し、特恵関税の適用を既に受けていること、(2)最大の輸出市場である米国向け主力輸出品のコンピュータ部品や電子部品は、既にその多くの品目が免税であること、などを挙げる。

 

 タイ中央銀行のチラテープ・セニボング報道官も、大筋合意の翌日(107日)、上記の理由に加え、タイが米国の一般特恵関税制度(GSP)の適用対象国であり、同恩典を享受していることなどを理由に、TPPがタイの輸出競争力に及ぼす影響は低い、とのコメントを主要紙に出している(2015年10月9日記事参照)

 

<最大の注目点は米国市場向け輸出への影響度>

 ここで注目されるのが、タイからの輸出先としての米国市場の位置付けと、タイ製品に対する米国側の関税適用状況などだ。表1は、タイからTPP加盟12ヵ国向けの輸出額と各国の輸出全体に占める構成比をみたものだ。

 201518月のTPP加盟12ヵ国向け輸出額は約580億ドルで、同期の全世界向け輸出の41.4%を占める。国別の構成比では、米国が11.2%を占め、最大の輸出相手国となっている。次いで日本の構成比が大きく、全体の3位となる9.5%を占める。次いで、マレーシア、オーストラリア、シンガポール、ベトナムの4ヵ国がそれぞれ4%台で、いずれも輸出相手国として上位10ヵ国内に入っている。

 

 また、これら主要輸出相手国との間のFTAEPA締結状況をみると、TPP加盟国での構成比の大きい上位6ヵ国のうち、米国を除く5ヵ国との間で既に2国間や多国間でのFTAEPAが発効している(201510月時点)。また、これらのFTAEPAの締結相手国のうち、日本については、2016年に金額ベースで9割を超える品目の関税撤廃が完了する。また、オーストラリア、ニュージーランド、およびASEAN加盟国のマレーシア、シンガポール、ベトナムはいずれも、タイからの輸入に対して原則全ての品目の関税の撤廃が既に完了している。

 

 一方、米国以外に、タイがFTAEPAを締結していないカナダおよびメキシコについては、それぞれタイの輸出に占める割合が1.2%、0.6%にとどまっている。こうした状況からみると、TPPの発効がタイの輸出産業に及ぼす影響については、米国市場におけるタイ製品の競争力がTPPによってどのように変化するかが、目下、最大の注目点となる。

 

<米国向け輸出は電気機器類と一般機械類が中心>

 続いて、タイから米国への主要輸出品目の内訳についてみてみたい。表2は、米国側の輸入統計を基に、タイからの品目別輸入額を示したものだ。

 201518月の輸入実績を、米国関税分類番号のHTSコード(HSコードに準拠)の上2桁分類でみると、85類の電気機器・部品などが全体の輸入額の26%、84類の一般機械が25.6%を占め、この2品目でタイからの全輸入額の5割強に達していることが分かる。

 

<米国はタイからの主要輸入品の多くに関税ゼロを適用>

 それでは、これら84類と85類に属する品目をタイから輸入した場合、実際にどの程度の品目が関税ゼロとなっているのか。表3は、米国国際貿易委員会(USTIC)の関税データベースから、84類と85類に属する品目(関税番号8桁ベース)の総品目数、そのうち最恵国待遇(MFN)税率がゼロの品目数と、MFN税率が0%超の品目(有税品目)の内訳を集計したものだ。

 集計結果をみると米国のMFN税率は、84類に属する計776品目のうち約6割の471品目、85類に属する計574品目のうち約4割に相当する229品目が、既に0%となっている。米国の対タイ輸入のうち、金額ベースの5割以上を84類と85類で占めること、また同2分類に属する品目のうち、品目数ベースで5割強(1,350品目のうち700品目)が、既に米国で関税ゼロの適用を受けていることになる。

 

 加えてタイは、米国が開発途上国からの輸入にかかる関税を原則としてゼロにする制度であるGSPの適用対象となっている。タイについては201510月現在、約3,300品目がその恩典の対象となっている。上記の表3では、米国の有税品目の内訳として、(1GSPの適用対象品目(同制度の活用により、タイからの輸入について関税ゼロの適用が受けられる品目)、(2GSPの適用除外品目(GSPの適用が受けられず、MFN税率が適用される品目)についてもそれぞれ集計している。

 

 84類と85類に属する製品に関して、タイ向けGSPの適用状況を見ると、84類では有税品目305品目のうち282品目が、85類では345品目のうち279品目が同制度の適用対象品目となっている。MFN税率が0%ではない有税品目についても、合計で9割近くの品目がGSPによってカバーされており、一定の原産地規則を満たせば、関税ゼロの適用が受けられる状況となっている。以上のような点から、TPPの発効がタイの輸出競争力へ及ぼす影響をみる場合、最も注目される米国向け輸出に関しては、(1)タイの主力輸出製品群に対する米国の関税率は既に相当程度0%となっていること、(2)残る有税品目についても、GSPの活用によって関税免税の恩典が受けられる余地が多く残されること、を前提に分析する必要がある。

 

(伊藤博敏)

(タイ、米国、ASEAN)

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