利用率が拡大も、異なる規則の混在により手続き負担が増大−日系企業のFTA活用実態と運用上の課題(1)−

(ASEAN、インド、中国)

バンコク事務所

2015年03月16日

アジア大洋州地域では、ASEANを中心に2国間・多国間の枠組みでの自由貿易協定〔FTA、経済連携協定(EPA)などを含む〕が数多く発効している。進出日系企業によるFTAの利用率も年々拡大しており、関税削減をベースとした調達・輸出戦略の構築や、将来のさらなる関税削減を見据え生産・販売ネットワークの最適化が着実に進展している状況にある。他方、域内においてルールや書式、関連手続きの異なる複数の協定が混在している状況は、FTAの効果的な活用を目指す企業に、法令順守や手続き要件などの面で多大な負担を強いているなど、運用上の課題が数多く報告されている。1回目は総論。

<域内FTAで着実に進展する関税撤廃>
アジア域内のFTAネットワークは現在、ASEANを中心に形成されている。ASEAN域内では、ASEAN物品貿易協定(ATIGA)の枠組みの下、先行加盟6ヵ国(ASEAN6、ブルネイ、フィリピン、インドネシア、マレーシア、タイ、シンガポール)においては2010年までに、原則全ての品目(99%超)の関税撤廃が既に実現している(表1参照)。加えて、2015年1月には後発加盟4ヵ国(CLMV)においても、カンボジアで約3,000品目、ラオスで約1,000品目、ミャンマーで約1,200品目、ベトナムで約1,700品目の関税がそれぞれ新たに撤廃され、ASEAN10ヵ国全体での総品目数に占める関税撤廃品目の割合は96%に拡大した。

表1ATIGAによる各国の関税撤廃・引き下げ状況(品目数および総品目に占める割合)

そのほかASEANでは、ASEAN域内、中国、日本、韓国、インド、オーストラリア・ニュージーランドとの間で締結・発効済みのFTAを通じた関税削減が着実に進展している。ASEAN6においては、中国および韓国との間で一部の例外品を除く全ての品目の関税が撤廃されているほか、インドとの間では2013年に総品目数の7割超の品目で双方の関税撤廃が実現している。日本との間では、2008年12月1日に発効した日・ASEAN包括的経済連携協定(AJCEP)により、発効日から10年以内のノーマルトラック(通常の品目)の関税撤廃を見据えた関税引き下げが進展している。

<高まる日系企業のFTA活用率>
ASEANおよび加盟国を中心とした2国間・多国間の枠組みでの関税削減が進む中で、アジア主要国・地域の進出日系企業によるFTA活用は近年、着実に拡大している。ジェトロが毎年実施している「在アジア・オセアニア日系企業活動実態調査」(2014年度調査)によると、2014年10〜11月時点で在アジア・オセアニア日系企業のうち、FTAを活用している企業の割合(活用率)は43.7%(注)と報告されている。輸出・輸入別に活用率をみると、輸出では37.9%、輸入では42.1%となっており、前年の調査との比較では、いずれも活用率が2.5ポイント上昇している。

進出先国・地域別の活用率では在韓国日系企業が66.7%で最も高いほか、ASEAN域内ではインドネシア(58.2%)、タイ(53.7%)でも5割を超え、相対的に高い水準にあることが分かる(図1参照)。他方、ASEAN6の中では、フィリピンでの活用率が低い。輸出加工型での進出企業の比率が高く、多くの企業がFTAを利用しなくても、輸出を条件に輸入原材料の免税恩典が受けられていることが背景にある。また日系企業の輸出においては、日本向け輸出の構成比が極めて高く(注2)、日本が既に大半の品目に対して輸入関税(MFN税率)を0%としていることも、FTA活用率が低い要因と考えられる。

図1進出日系企業のFTA活用率(進出先国・地域別)

<協定ごとに異なる原産地規則が混在>
アジア大洋州地域における日本企業のFTA活用が拡大する一方、実際の活用の現場においては、協定ごとに異なる原産地規則の混在により、手続き面での負担が増大していることが課題として指摘されている。例えば、ASEANが締結するATIGAおよび5件のASEAN+1FTAにおいては、それぞれ原産地証明書(CO)の書式が異なるため、利用するFTAに応じて、異なる書式のCOを毎回の輸出時に輸出国の発給機関に申請する必要がある(表2参照)。また発給を受ける前提として、輸出品目ごとに事前の原産性審査を受け、当該製品の原産基準を満たしている証明書類を入手しておく必要がある。

ASEAN+1FTAにおいて採用されている原産地規則(一般規則)を比較すると、ATIGAおよびAJCEP、ASEAN韓国FTA(AKFTA)、ASEANオーストラリア・ニュージーランドFTA(AANZFTA)においては、関税番号変更基準(4桁レベル)と付加価値基準の選択方式が取られており、輸出企業にとって条件を満たしやすい基準を自ら選択して申請することが可能となっている。しかし、ASEAN中国FTA(ACFTA)においては一般規則で関税番号変更基準が認められておらず、大半の品目において40%以上の付加価値基準を満たすことが求められる。また、ASEANインドFTA(AIFTA)については、関税番号変更基準(6桁レベル)と付加価値基準(35%以上)の双方を同時に満たすことが求められ、相対的に厳しい基準となっている。現状においてインドが締結するFTAの原産地規則は、いずれも関税番号変更基準と付加価値基準の双方を同時に満たさなければならない方式が採用されている。

表2ASAENの締結するFTAの原産地規則

上記のような事情から、FTAを利用する企業にとっては、ASEAN域内の生産国から輸出する場合、輸出先市場(活用する協定)によって満たすべき原産地基準が異なることが想定され、各基準に応じた審査への適合が必要となる。また、原産地基準が同一であっても、利用する協定ごとに、定められた原産性審査のプロセスを経て適合証明を取得しなければならならず、相応の労力と時間が求められる。

<第三者証明に係る時間的ロスで貨物到着に間に合わないことも>
原産地証明書の取得に際し、発給にかかるリードタイムの問題も指摘されている。アジア大洋州地域で発効している大半のFTAは、原産地証明書の取得手続きとして、輸出国の指定する機関が輸出者の申請に応じて証明書を発給する第三者証明制度が採用されている。そのため、海上輸送日数が短い近接国間の物流や、航空輸送などのケースにおいて、輸入国への原産地証明書の原本到着が貨物よりも遅れる事例が生じている。

このような事態を受け、在ASEAN日系企業は、2008年から継続的に開催されているASEAN日本人商工会議所連合会(FJCCIA)とASEAN事務局との対話などの機会を通じ、輸入通関時に「原産地証明書の写しや電子データ(スキャンコピーなど)などの提出による特恵税率の適用」を認めるよう求めているが、現状の規則においては原本以外の形態での通関は認められていない。

<原産地証明書上のFOB価格記載義務が障害に>
また、原産地証明書の記載要件をめぐり、在ASEAN日系企業から強い要望が寄せられているのが、原産地証明書上へのFOB価格記載義務の撤廃だ。既に、ATIGA、AKFTAおよびAJCEP(注3)においては、原産地基準として付加価値基準を利用する場合を除き、FOB価格の記載は不要となっている。しかし、付加価値基準を利用する場合には、いずれの協定においても、FOB価格の記載が義務付けられているのが実態だ。また、ACFTAおよびAIFTAにおいては、一般規則として付加価値基準が採用されている事情もあり、例外なく現地証明書へのFOB価格記載が義務付けられている。

特に、第三国を介した仲介貿易の場合、輸入者は原産地証明書上に記載されたFOB価格(特に輸出国の出荷額)と仲介者が発給したインボイス(第三国インボイス)の双方を輸入通関の際の申告書類として用いられるため、輸入者側に仲介者のマージンが開示されてしまう事態が生じる。在タイ日系メーカーからは「ベトナムから中国向けの貨物において、タイを仲介するACFTAの活用を検討したが、FOB価格義務が障害となり、FTAの活用を見送った」との声も聞かれている。前出のFJCCIAとASEAN事務局との対話でも、2014年に提出された要望書の中でFJCCIAは、(1)付加価値基準を採用する場合においても、FOB価格の記載義務を撤廃すること、(2)ASEAN−中国、ASEAN−インド間のFTAにおいても、FOB価格記載義務を撤廃すること、の2点を求めている。

<原産地規則の解釈で相違>
そのほか、特定品目に対する原産地規則の解釈をめぐり、締約国間で相違が生じるケースも発生している。品目別規則により、輸出品目の原産地証明書の取得要件に複雑な条件が付記されている場合など、一部の締約国の発給当局が「申請内容が条件を満たしている」と判断したものが、他の締約国の発給当局や税関に照会したところ「条件を満たしていない」と判断され、FTAの利用を見送ったケースなどが報告されている。

また、協定文の解釈をめぐって複数の国で発生している問題が、累積規定についての締約国もしくは担当官による解釈の相違だ。ASEANが締結する6件のFTAはいずれも、累積規定(FTA締約国の原産品である原材料を当該FTAのその他の締約国で利用する場合は、同原材料を原産材料と見なす)が定められている。例えばAJCEPの場合、第29条(累積規定)において、「締約国の原産材料であって、他の締約国において産品を生産するために使用されたものについては、当該産品を完成させるための作業または加工が行われた当該他の締約国の原産材料と見なす」ことが明記されている。

例えば、ベトナムやフィリピンから調達した部材をタイで加工し、日本向けに輸出する取引を想定する(図2参照)。ベトナムとフィリピンから調達した部材(注4)については、累積規定により輸出国タイの原産材料と見なすことができるが、ベトナムとフィリピンからのタイ向けの部材輸出において、AJCEPの原産地証明書フォーム(フォームAJ)を取得・利用することが条件となる。

図2AJCEPの累積規定を活用した取引の例

同取引において過去に発生した問題として、(1)ASEAN域内の一部の締約国で、域内向けの輸出取引にフォームAJを発給しなかったケース(発給当局がASEAN向けの取引はATIGAフォームのみを発給すると主張)、(2)輸出国(タイ)の発給当局が「累積規定はあくまで付加価値基準にのみ認められるもので、関税番号変更基準での累積は認められない」として関税番号変更基準での累積を否認したケースなどが報告されている。

規定の解釈の問題は、担当官による誤認識として事後的に解決されるケースが多いものの、依然として担当官によっては同様のケースで適用を認めないリスクも残されていることから、個別問題に即した共通解釈設定などによる事態の改善が求められる。

(注1)輸出・輸入のいずれかでFTAを活用している企業数を貿易企業全体で割って算出。
(注2)当該調査において、在フィリピン日系企業の、輸出先の構成比(進出企業平均)をみると、57.3%が日本向けとなっている。
(注3)AJCEPにおける原産地証明書(フォームAJ)上のFOB価格記載義務は2014年10月から撤廃されたが、締約国によっては6ヵ月間の移行期間をおいて適用されるため、2015年4月1日以降に適用開始となる場合がある(2014年6月10日記事参照)。カンボジアとミャンマーでは、適用開始から2年間(2016年9月まで)、引き続きFOB価格の記載が求められる。
(注4)それぞれの部材が、AJCEPの定める原産地基準を満たしていることが条件。

(伊藤博敏)

(ASEAN・中国・インド)

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