カナダ化学業界への波及は軽微、原産地規則の簡素化に期待−EUカナダ包括的経済・貿易協定の影響−

(カナダ、EU)

ブリュッセル事務所

2014年06月05日

5月8日のEU外相理事会で、2013年10月に原則合意したカナダとの包括的な経済・貿易協定(CETA)の技術的な交渉が今なお継続していることが明らかになった。CETAの協定文書が明らかになっていない中で、ジェトロは2月末に、カナダ化学工業協会(CIAC)のデビッド・F・ポドルズニー副会長およびジョン・マルグソン・ビジネス経済課長に、カナダ化学工業の概要や会員の活動概要、CETAがカナダの化学業界に与える影響などについて聞いた。

<原則合意から半年経つも技術的課題が解決せず>
5月8日に開催されたEU外相理事会(貿易担当閣僚会合)で、欧州委員会がCETA交渉の進捗状況を、加盟国の貿易担当閣僚に報告した。2013年10月18日のCETAの原則合意(2013年10月21日記事参照)から既に半年以上が経過しているが、予想に反して、技術的な課題の解決に時間がかかっているという。そのため、CETAの協定文書はまだ確定せず、公表されていない。

細部の調整に時間を要し、原則合意後もCETAの詳細が明らかにならない中、ジェトロは2月26日、CIACのポドルズニー副会長(ビジネス経済担当)とマルグソン・ビジネス経済課長に、CETAによるカナダ化学業界への影響などについてインタビューを行った。ポドルズニー副会長らが指摘するカナダ化学産業の現状と特徴、および同産業界に関係するCETAの主な内容を以下のとおり報告する。

<カナダの化学工業は少ない種類の製品を多量に製造するのが特徴>
化学工業はカナダの中でもかなり特殊な工業だ。製品の種類は多くないが、製造量は多い。主に天然ガスからポリエチレンやエチレングリコールなどを製造する。これらは主要輸出品で、大量に輸出される。カナダの化学工業は米国のように多様化されていないので、国内で製造していない特殊化学製品やファインケミカルを輸入している。

カナダの国内市場は大きくなく、製造や消費という観点からは世界の化学工業の約1%にとどまる。しかし、貿易は3%に近く、多くは企業間で行われる。化学製品は自動車に次ぎ貿易量が多く、恐らく世界の化学製品の40%超が取引されている。

1970年以前は非常に保護主義的だったが、カナダの化学工業はその後、グローバルな競争力をベースに発展した。もしカナダがグローバルな競争力を持てなければ、投資はどこか他に行ってしまっただろう。

原材料はとても移動性が高く、原油やガス、電力は製品を作るために必要なもので、どこにでも運ぶことができる。電力に関しては、北米規模では多くの送電網が東西よりも南北に走っており、米国と結ばれている。競争力を持つということは競争力あるインプット(原材料など)を持つということを意味する。天然ガスは、カナダではますます競争力のあるインプットとなっている。カナダの西部や中央部には原材料があるので、大規模な投資が多く行われている。新規投資の80%は輸出を志向するもので、米国でも輸出志向の新規投資が増えている。米国の湾岸地域での新規投資のうち、輸出志向の投資はかつて20%にすぎなかったが、現在では新規投資の80%が輸出志向になっている。

カナダの基礎化学産業は、石油、ガス、金属、鉱物などほとんど全ての原料を国内で調達し、石油化学製品のような製品を製造している。これらの製品は輸出されるか、カナダの他の企業に売却され、精製化学製品となる。

<カナダ西部に多くのガス田が存在>
カナダ西部には、多くのエネルギー製品が存在する。アルバータ州やブリティッシュ・コロンビア州のガス田に関するカナダ国家エネルギー委員会(National Energy Board)の報告書によると、現在カナダ国内の145年分の需要を賄うガスが存在する。同報告書に含まれていないガス田も両州にはあり、天然ガスをカナダ西部の海岸に送り、液化して、輸出することで大きな利益となると見込む。

カナダ国内でも石油化学製品に転用するビジネスチャンスがあり、西部でメタンを肥料やメタノールに加工する企業がある。米国北部ではガス価格が世界の中でも高く、この種の生産はほとんどされなくなっていたが、現在では天然ガスやメタンを使用することでコストを低く抑えられ、生産が復活しているという。

メタンは豊富に存在し、石油に比べて安価なので、カナダでも米国北部と同様なことが起きるだろう。その結果、カナダは自由貿易協定(FTA)の恩恵を享受できる。しかし、こうしたことがカナダで起きるとすれば、西部の州であり、輸出という意味では欧州から遠い。このため、これらの製品は西部へ、つまりアジアに向かう可能性がある。一方、米国の大きな石油化学コンビナートは同国の湾岸地域にあるので、製品を欧州にすぐに運ぶことのできる海路があり、米国は欧州への輸出でカナダより優位に立つだろう。

<CIAC会員の生産量は国内化学製品の約70%>
CIACは化学産業全体の半分以上をカバーしている(注)。会員企業は、エチレングリコールやプロピレン、メタノールのような基礎化学製品や、ポリエチレンのような合成樹脂、合成ゴムを製造している。CIACの会員は、ノバ・ケミカルやダウ・ケミカル、インペリアル・オイル、シェルケミカルズ、BASFなど全ての大企業を含む約50社。会員の生産量は、カナダ国内の化学製品生産量の70%近くに達する。

会員企業は、消費者の手に届く前段階の、さらに加工が必要な製品(素材)を作っており、例えばダウ・ケミカルやノバ・ケミカルはポリエチレンを製造し、別の製造業者がこのポリエチレンを自動車部品や包装材料のような一般向けの製品に加工する。一部には、デュポンのように十分に垂直統合されていて、製品を消費者に直接販売している会員企業が数社ある。

会員企業の一部に、原料を米国から調達している企業がある。当該企業はペンシルベニア州やノースダコタ州からパイプラインで純粋なエタンを調達している。ほとんどの原料はカナダで調達されるが、全てではない。

逆に、パイプラインでカナダから米国に天然ガス液が送られている。こうしたことがEUとの貿易にどのように反映されるかという点については、最高の収益を実現できる場所に多くの原料が流れていくと考えている。

会員企業が製造する製品の約3分の2は輸出され、同じ程度の額の製品が輸入される。化学工業分野の貿易収支は黒字だ。さまざまなバリューチェーンはベストプライスを求めるが、これらのバリューチェーンの一部は、輸入により原料調達を行う。EUからの工業用化学品の輸入は多くない。

会員の中には、例えば、シェルケミカルズやINEOS、BASF、ランクセス、アクゾノーベル、エボニック、ユングブンツラウアー、ソルベイのように欧州に本社を置く大企業もある。輸出の75%は米国向けで、北米市場で競争力を持つことが非常に重要だ。中国が米国に続く。EU加盟国で中国への輸出量に匹敵する国はない。EU全体では、米国に次いで輸出量が多い。米国への輸出が75%を占めるのに対し、EUへの輸出は恐らく6%程度だ。

<多国間アプローチが行き詰まる中、2国間アプローチを活用>
CETAの批准には時間がかかるだろう。全ての結論が出るまでには1〜2年かかると聞いている。これは承認プロセスであり、交渉内容を変更しようということではないと考えている。ただし、技術的な問題が残っており、まだ、CETAのテキスト案を見ていないが、間もなく発表されるだろう。

CIACはCETAの交渉を支持しており、特に欧州化学工業協会(Cefic)と協力して、CETA支援のための共同声明や原産地規則に関する共同声明を作成した。日本カナダ経済連携協定(EPA)交渉においても、日本化学工業協会(JCIA)と同様なことを行った。

CIACは常に2国間のアプローチよりも多国間のアプローチを支持してきたが、多国間アプローチが行き詰まっている現状では、CIACとして手に入るものを取りに行く。

また、ポドルズニー副会長とマルグソン課長が指摘するCETA交渉の主要な項目別内容は次のとおり。

<CETAによる関税撤廃の影響は軽微>
CETAのインパクトは大きなものとはならないだろうと分析している。カナダEU間の貿易は、カナダ米国間の貿易に比べ規模が大きくない。化学分野のカナダ米国間の年間貿易額と比べると、EUとの貿易額はその1ヵ月分にも満たない。カナダの化学分野の貿易額全体の10%にも満たないもので、しかも英国との伝統的な貿易が多くを占めている。ただし、主に石油化学製品分野では、5.5%あるいは6.5%の関税が撤廃されるので、貿易が増える分野もあるとみる。

CETAでは化学品の関税が双方で即時に撤廃されると、非公式に聞いており、現状では、例外はなく、段階的な引き下げもなく、カナダ韓国FTA、あるいは米国と韓国のケースとは異なるものになると理解している。

カナダ政府が非常に大きな市場とFTA交渉を行ったことを評価している。拡大した市場とより効率的なバリューチェーンの可能性を開くものだ。

カナダのプラスチックや樹脂の生産は世界レベルで競争力を持つが、伝統的に米国との貿易が多いため、関税が撤廃されたとしても、こうした貿易パターンの変更を強要する理由は存在しない。医薬品や特殊化学のような分野で、EUからカナダへの輸出が関税の撤廃により増えるかもしれないが、EUはカナダや北米市場への活発な原材料輸出を既に確立しているため、大きな動きがあるとは予想していない。付加価値があり、グローバルな取引が行われる材料を作るために、欧州からの原材料などを使用する分野には多少影響があるかもしれない。

カナダが米国とのFTA(後に北米自由貿易協定:NAFTAに移行)を締結して以来、米国企業のカナダ子会社は米国カナダ間の、無関税での自由な製品の移動を謳歌(おうか)してきた。欧州企業のカナダ子会社はEUカナダ間の無関税アクセスを双方向で得ることができず、米国企業と比べて不利な状況にあった。CETAはこの不均衡を是正する。他方、カナダは大半の部分で、生産の合理化やバリューチェーンの最適化に取り組むため、(FTA交渉の相手国などと関係なく)既に先行して片務的に関税撤廃を進めていた。このため大きな変化は予想していない。

しかし、欧州企業が収益を最大化したいのなら、重要なインプットとなる一部の原料はカナダから調達するようにした方が価格ベースでの合理化が図れるかもしれない。しかし、輸送費を考慮に入れると、それがどれだけ重要となるのかは分からない。これらの多くはコモディティーであり、グローバルに生産が行われているので、カナダからよりも(距離が近い)中東から輸入するという選択肢があるからだ。EUは一部の中東諸国に特恵関税率を供与しており、輸送費もそれほど高くないので、大した変化は起きないかもしれないが、企業にとって価格差を利用するチャンスがあるかもしれない。

<CETAではより簡素化された原産地規則を実現>
CIACは米国化学工業協会(ACC)やJCIAと、原産地規則や交渉の詳細に関する情報を交換している。これは環太平洋パートナーシップ(TPP)協定交渉で、原産地規則の調和、簡素化を行いたいからだ。売り手と買い手が取引を行う前に、取引が適格なものであるかどうかを知ることのできる協定にしたいと考えている。

CETAでは、原産地規則を簡素化し合理化する努力が行われた。原産地規則は、カナダの原産地規則やNAFTAの原産地規則と比べより簡素化される。カナダが原産であることを証明するため、多くの行政手続きを踏まなくてはならず厄介だ。CETAの原産地規則はよりシンプルなものとなり、企業の負担が軽減される。こうした簡素化された規則が貿易を促進すると思う。

CETAにより、EUはこれまで締結したどのFTAの原産地規則よりも簡素化された原産地規則をカナダとの間で持つことになる。EU加盟国の中にはさまざまな規則を交渉のテーブルに持ち出す国もあったが、こうした状況から非常にシンプルな原産地規則が採用されたのは、カナダにとってだけでなく、EUにとっても大きな成果だ。

EUにとってこれは新たな領域で、米国との交渉において同じ原産地規則を採用することを切望しているかどうかは分からないが、EUにとっては、これがどう機能するのかを確認するための実験になるだろう。

化学分野でのEU米国間の貿易は、世界でも最も規模が大きい。米国とEUの化学工業はそれぞれ、世界の化学工業の約20%を占めている。中国は約30%を占めているとみている。EUと米国は、カナダがEUと交渉した原産地規則を考慮に入れている。

CIACでは、EUの基礎化学製品の生産は、今後5〜10年間で約30%減少すると試算している。一方で米国での生産は北米でアドバンテージがあるシェールガスによって牽引される金額分が増えるだろう。

CIACは、国際化学工業協会協議会(ICCA)やCefic、ACCと緊密に協力している。原産地規則などの通商において順守すべき規則がどのようなものになるかに関心があり、米国とEUの交渉を注視している。これらはCETAとも類似のものになるはずで、3者間の貿易が容易になるだろうと予測している。

<規制協力は行うが相互承認は想定せず>
また、CETAでは、二重の手間を避けるためのデータの共有、共通統計データの使用といった意味での規制協力のみが行われ、相互認証は想定していない。CETA発効後もそれぞれの国の規制承認プロセスを経なくてはならない。

カナダは、EUとは異なる規制へのアプローチを取る。専門家ではないが、自分の理解では、カナダの規制はリスクベースで、リスク分析を行い、リスクが非常に高い場合には、メーカーや輸入業者にさらなる調査や情報を要求する。一方、EUはハザード(危険性/有害性)をベースにした分析で、この構造は大きくは変わらないと考える。

リスクをベースとする分析は、米国や日本でも採用されている。欧州化学品規制(REACH)タイプのプロセスは、例えば、韓国でも採用されている。EUの中では、EU産品も輸入品も取り扱いは同じだ。しかし、カナダはEUと分析手法が異なるため、カナダのメーカーは、EUに輸出する場合にEUの求める手法で分析せざるを得ず、EUのアプローチはより厄介だと訴えている。EU市場に参入しようとする一部の企業には費用がかかり過ぎ、障壁となる。

ポリエチレンペレットなどの一部の特殊化学製品分野では、情報パッケージがよく準備されている一方、新医薬品、新活性成分、新特殊化学成分に関しては、貿易量が少ない場合、情報パッケージの準備に負担がとても大きくなるかもしれない。

一方、カナダ・米国間の関係でみると、両国はそれぞれのタイプの化学製品に対する個別の承認制度を持っているが、プロセスや要求される情報は非常に似ている。企業がカナダ政府に提出する情報パッケージは、承認プロセスのために米国環境保護庁(EPA)に提出しなければならないパッケージの必要条件を恐らく満たしていると思う。

米EPAの有害物質規制法(TSCA)プログラムは現在見直しが行われているが、見直し後には恐らくEUのREACHのようなものではなく、カナダの化学物質管理計画と似たものになると予測している。ただし、相互承認にはまだ至らないため、米国ではTSCAに、カナダでは化学物質管理計画に対応しなければならないのが現状で、両国とは可能な限り調和を図りたいと考えている。同じようにカナダと日本の交渉でも相互認証に向けた試みを行うよう奨励したいが、現実的には期待していない。自国の国民に向けられた危険に関する決定は国家主権の問題であるため、大きな変化は予想しづらい。他方、多くの事例でプロセスの簡素化はできるし、類似のデータ・パッケージの共有はできると考えている。

<化学製品の登録、移動に関する規則調和の交渉は行われず>
CETA交渉の中で、化学製品の登録、移動に関する規則の調和についての交渉は行われなかった。EUには、ハザードベースの分析に基づくREACHプログラムがある。カナダの化学物質管理計画では、リスクベースの分析が行われる。両者間にはこうした違いがあるが、カナダは、EU市場においてはEUの規則に適合しなくてはならない。

(注)化学工業協会の会員になることを義務付けられている国もあるが、カナダでは義務ではない。CIACは医薬品や塗料、農薬、肥料などの下位区分(サブセグメント)の業界は代表していない。これらは化学分野の異なる区分(セグメント)で、カナダの化学産業のうち、こうした業界を代表する別の業界団体が存在する。

(田中晋)

(EU・カナダ)

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