GSPの「卒業」規定に留意が必要−新・新興国への進出とGSPの活用(2)−

(ASEAN、スリランカ、バングラデシュ)

シンガポール事務所

2013年07月17日

自由貿易協定(FTA)にはない制度で、一般特恵関税制度(GSP)に存在するのが「卒業」だ。卒業とは、GSPは開発途上国の輸出支援を目的に先進国が片務的に関税を減免する制度のため、開発途上国の所得が一定水準以上に達した場合には、同国をGSPの適用除外とすることをいう。そのため、GSPを利用する場合、将来的にはGSPが適用されなくなり、現状よりも高い税率が課される可能性があることを念頭に置く必要がある。

<日本とEU、米国で異なるルール>
GSPの卒業には、「国別卒業(Country Graduation)」と「品目別卒業(Product−by−Graduation)」の2種類がある。国別卒業はGSP対象国が一定の所得水準に達した場合は、同国全体を対象国から除外(卒業)する制度だ。品目別卒業は、GSP対象国の中でも、競争力が十分にあると判断される特定製品については特恵関税の適用除外とする制度。この卒業規定についても、日本、EU、米国においてそれぞれ異なるルールが適用されている(表1参照)。

まず、国別卒業についてみていこう。日本と米国の規定では、世界銀行の所得分類で高所得国(High Income Country)になった国をGSPの適用除外とするとなっている(日本の場合は、3年連続で高所得国に分類された場合と明記)。高所得国とは、2011年時点で1人当たり国民総所得(GNI)が1万2,475ドル超の国のことで、アジア主要国の中ではブルネイが該当するのみで、マレーシア(8,770ドル)、中国(4,940ドル)、タイ(4,440ドル)などは中高所得国(Uppermiddle Income Country)にとどまっている。

一方、EUは現行のGSPでは日本と同じく、高所得国に3年連続で分類された国を適用除外とするルールが適用されている。しかし、新GSPでは、「高所得国もしくは中高所得国に3年連続で分類された国はGSPの適用除外とする」に変更される。中高所得国とは、2011年でGNIが4,036〜1万2,475ドルの国で、上記のマレーシア、中国、タイも該当することになる。マレーシアは既に2000年代を通じて中高所得国に分類されているため、2014年からEUのGSPの適用除外となる見込みだ。また、タイと中国については2010年から中高所得国に分類されており、2012年(2013年発表)で中高所得国に分類されると、2015年にもGSPの適用除外となる可能性がある(注1)。

表1日本、EU、米国のGSP卒業規定の概要

<日本に特有の「部分卒業」>
品目別卒業規定については、日本、EU、米国ともにそれぞれ基準が異なっている。日本では、「ある特恵受益国からのある製品の過去3年間の平均輸入額が15億円を超え、かつ、同一品目の対世界輸入総額の50%を超える場合は、特恵対象から3年間除外」するルールが適用されている。ただし、特恵受益国からの特恵輸入総額の25%を当該品目が占める場合や、後発開発途上国(LDC)を原産地とする品目の場合などは、除外しないことになっている。日本で品目別卒業の対象となっているほとんどは中国製の品目で、中国以外では、タイのでんぷん類、ブラジルの飲料類が対象となっている程度だ(注2)。

なお、日本には「部分卒業」(Partial Graduation)という制度があり、これは世界銀行のGNIに基づき、高所得国に分類される国を原産地とするある製品の輸入額が、10億円を超え、かつ、同一品目の対世界輸入総額の25%を超える場合に、適用除外とする。高所得国となった国のうち、一定程度の競争力がある製品については、いち早く卒業させる制度と位置付けられる。

EUの新GSPでは、「ある特恵受益国からのある製品の平均輸入額が、全ての特恵受益国からの同一品目の輸入総額の17.5%(繊維・縫製品の場合は14.5%)を、3年連続で超過した場合」には同品目を適用除外とするルールが適用され、品目別卒業は、3年ごとに見直しが行われることとなっている。ただし、EUではEBA(「武器以外は全て」特恵関税)、GSPプラス(特別特恵関税)の適用対象国には、卒業規定を適用しないことになっている。

EUの新GSP制度で、2014年から2016年に品目別卒業の対象となる品目をみると、中国製品が大半を占めているものの、インドの化学品類、繊維類、自動車類、インドネシアの油脂類、化学品類、タイの食品類など、日本よりも多様な国の品目が対象となっている(注3)。

米国については、「ある特恵受益国からのある製品の輸入額が、当該年の同一品目の輸入総額の50%以上となった場合、もしくは一定額を超えた場合(2013年は1億6,000万ドル)は適用除外」とするルールが適用されている。実際の適用除外品目をみると、タイ、インドネシア、インドなどアジアの国々の品目が幅広く対象となっている(注4)。なお、中国についてはGSPそのものが適用除外となっている。また、米国も日本、EUと同様にGSP−LDCの対象国には卒業規定を適用していない。

<卒業後に有利となるFTA>
GSPにはFTAにない卒業規定があるため、特恵関税の適用が恒久的ではない点には留意が必要だ。特にEUの新GSPでは、マレーシア、タイ、インドネシア、インドなどからEUに輸出を行っている場合、2014年以降は国別卒業、品目別卒業の対象となり、特恵関税に代わり一般関税が課税される可能性がある。そのため、現在、対象品目を輸出している場合は、取引先などと関税引き上げについて事前に協議しておくことが肝要だ。

一方、GSPを卒業した場合であっても、卒業国と日本、EU、米国の間でFTAが締結されれば、FTAの利用を通じてこれまでと同様の関税減免を受けることが可能となる。そのため、GSP卒業国は卒業時に合わせて、先進国とFTAを締結するインセンティブを持つこととなる。

EU、米国とアジア諸国間の現在のFTA発効・交渉状況をまとめたものが表2だ。EUはインド、マレーシア、ベトナム、タイと交渉中で、米国は環太平洋パートナーシップ(TPP)交渉を通じてベトナム、マレーシア、ブルネイ、シンガポール(シンガポールとは別途2国間FTAが発効済み)と交渉中。EUとマレーシア、タイ、インド間で個別にFTAが締結されれば、今後、同国からEUへの輸出に対してこれまでのGSPと同様の条件が可能となると見込まれる。しかし現段階では、これらのFTA交渉の合意のめどは明らかではない。マレーシアの2014年卒業、タイの2015年卒業までにFTAが発効する可能性は低く、一時的であってもEUで一般関税が賦課されるものとみられる。

表2EUと米国のアジア太平洋諸国とのFTAの動向

(注1)EUの新GSPの規定に基づき、除外決定後、1年間の猶予期間が与えられるため、2015年から適用除外となる。なお、EUの新GSP制度の詳細は2012年11月2日記事2013年3月15日記事3月18日記事参照。
(注2)日本の品目別卒業品目のリストは以下の日本税関のウェブサイトを参照。
(注3)EUの品目別卒業品目のリストは以下の欧州委員会ウェブサイト(PDF)を参照。
(注4)米国の品目別卒業品目のリストは以下の米国国際貿易委員会(USITC)ウェブサイトを参照。

(椎野幸平)

(ASEAN・バングラデシュ・スリランカ)

GSPのアジア各国への適用で日米EUに差異−新・新興国への進出とGSPの活用(1)−
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