フランス版フレキシキュリティー導入に向け労使合意

(フランス)

パリ事務所

2013年01月24日

企業の競争力強化と労働者の雇用安定に向けて協議を続けていた経営者団体と主要労働組合は2013年1月11日、短期雇用契約に対する失業保険の事業主負担の引き上げ、従業員代表の取締役会への参画のほか、集団解雇に関わる法的手続きの簡素化や、不況時に雇用維持の見返りとして給与カットや労働時間延長を容認することなどで合意した。政府は「過去30年間で最も重要な合意」と高く評価し、企業競争力の強化と不安定な雇用の縮小に大きな期待を寄せた。

<短期契約の雇用コスト引き上げ>
今回、合意に達した企業の競争力強化と労働者の雇用安定に向けた労使協議は、オランド大統領の政権公約に従い、2012年10月から数回にわたり実施されてきた(2012年11月21日記事参照)。労使協議で合意に達しない場合、政府が改正案を策定、法制化するとしていた。

雇用の安定に向け労組側が求めていたのは、短期雇用契約の雇用コストの引き上げ、パートタイマーなど短時間労働に関わる規制強化、従業員の企業経営への参画など。これに対し経営者団体側は、企業競争力の強化と雇用維持・創出に向け、雇用・賃金調整の柔軟性強化や集団解雇に関わる法的手続きの簡素化などを求めていた。経営者団体は複雑な解雇手続きが新規雇用を抑制すると主張していた。

労使合意の主な内容は以下のとおり。

○雇用の安定に向けて
企業による短期雇用契約の多用を抑えるため、短期契約職員の給与に係る失業保険料の事業主負担分を通常の4.0%から、雇用期間が1ヵ月に満たない契約については7.0%、1ヵ月から3ヵ月の契約の場合は5.5%に引き上げる。

若年層の正社員化を後押しするため、企業が26歳未満の若年労働者と無期限雇用契約を結んだ場合、試用期間後の3ヵ月間(従業員50人未満の企業の場合は4ヵ月間)、失業保険の事業主負担分を免除する。

2016年1月から全労働者に、公的保険で賄えない医療費をカバーする補足医療保険の加入を義務付ける。これに向け業界レベルの労使協議を2013年3月31日までに開始する。保険料負担は事業主と雇用者による50%ずつの折半とする。

労働者が失業保険の受給期間中に再就職した場合、再就職前に残した受給資格を、再就職後新たに取得した受給資格に加算できるシステムに切り替える。

労働者全員に「個人訓練口座」を設置、同口座を通じ職業訓練を受ける権利を管理し、転職を繰り返しても権利が失われないようにする。

短時間労働者の最低労働時間については、学生アルバイトなど一部を除き、週当たり24時間に設定する。

<集団解雇の手続きを簡素化>
○企業情報の共有に向けて
全世界で従業員が1万人以上またはフランス国内で5,000人以上の従業員を雇用する企業は、従業員代表を取締役会に参画させる。参画する従業員代表の数は、取締役員が12人を超える場合は2人、そのほかは1人とする。

グループ内でのポストや勤務地の配置転換について、当該従業員に対する支援措置や配置転換の地理的条件などを労使協議により明確に定める。当該従業員が同条件に沿った配置転換を拒否する場合、人的理由による解雇の対象となる。

○企業の景気調整力強化と雇用維持に向けて
企業は不況時に、雇用を維持するかわり、一定期間(最長2年)の賃金カットや労働時間の延長などについて従業員代表と合意することができる。

一時帰休制度の利用手続き簡素化や、一時帰休期間中の労働者の職業訓練支援について労使協議を開始する。

従業員30人以上の企業における10人以上の解雇について企業は、従業員代表との解雇に関わる会合回数や日程、解雇の順番、必要書類のリストなどの手続きを「労使協議による合意」または「監督局への認可申請」のいずれかにより、労働法の例外として定めることができる。監督局への認可申請では申請内容を労使間で協議する必要はないが、従業員との情報共有という観点から、あらかじめ企業委員会への提出が必要となる。監督局による認可審査期間は最長で4ヵ月とする。

従業員が解雇を不当として訴訟を起こした場合、当該従業員の勤続年数に応じた定額の補償金支払いにより和解することができる(上限は14ヵ月分の給与額)。不当解雇への訴訟は、解雇から2年を超えるとできない。

<2013年5月末の発効目指す>
主要経営者団体であるフランス企業連合(MEDEF)のパリゾ会長は、今回の労使合意は「フランスの労働市場(の柔軟性)を欧州スタンダードに押し上げた。フランスは競争力強化に向け大きく前進することができる」としている。

主要労働組合のうち、最大の組合員数を抱える民主労働総連合(CFDT)を筆頭に、合わせて3つの労組が同合意案の調印に応じる構えだ。CFDTのベルジェ書記長は同合意案を「雇用と労働者のための野心的な内容」と評価し、全労働者の補足医療保険への加入、失業保険制度の改正、短時間労働に関わる規制強化、短期契約雇用の多用に対する制裁措置、の4つの点で合意を得たことに満足の意を示した。

他方、CFDTに次ぐ労組である労働総同盟(CGT)および「労働者の力(FO)」は1月14日、同合意案には「解雇を容易にする措置が多く含まれ、労働者の権利の重大な後退を意味する」として署名を控える意向を明らかにした。CGTは今後、政府に「労働者を解雇と不安定な雇用から守る措置の策定」を求めていく方針だ。

オランド大統領は1月11日、労働市場改革に関わる「労使協議の成功」について歓迎の意を表明。エロー首相は1月12日、「過去30年間で最も重要な合意」と高く評価するとともに、政府による一方的な法制化でなく労使協議を優先させたオランド大統領の政治手腕の「大きな成果だ」と述べた。政府は今回の労使合意をベースにした法改正に向け、3月6日および3月13日の閣議に改正法案を提出し、上・下院での審議を経て、5月末の発効を目指す。

<不安定雇用の縮小には懐疑的な見方>
今回の労使合意は、当地のエコノミストの間で総じて好意的に受け止められている。ナティクシス銀行のエコノミストであるパトリック・アルテュス氏は1月14日、企業ベースの労使合意により不況時に給与カットや労働時間延長を実施できる点について「企業の競争力強化につながる」と評価した。フランスでは「賃金は名目ベースでマクロ経済動向と関係なく上昇する傾向が強い」が、今回の労使合意により企業の賃金調整力は「ドイツ型に近づいた」と述べた。

雇用への影響についても、2013年に予想される失業率の上昇を抑制する効果があるとみられている。ただし、労組が求める不安定な雇用の縮小につながるかは不透明とする見方が多い。景気が低迷する中、年間の新規雇用数のおよそ8割を占めるといわれる有期雇用契約がすぐに無期限雇用契約(正社員)に切り替わるとは考えにくいからだ。場合によっては、正社員のポストが急激に増えない中で、短期雇用契約の雇用コスト引き上げを受けて有期雇用契約の採用も伸び悩み、全体の雇用創出数がペースダウンする可能性も指摘されている。

(山崎あき)

(フランス)

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