スペインは改革の正念場、フランスは競争力強化にまい進−欧州債務危機セミナー(1)−

(スペイン、フランス)

欧州ロシアCIS課

2013年01月17日

ジェトロは2012年12月10日、東京で「欧州債務危機セミナー」を開催した。欧州債務危機をめぐる各国情勢やビジネス動向について説明し、参加者は130人に上った。本セミナーの概要を2回に分けて報告する。前編はスペインとフランスの現地事務所長の講演について。

<財政・金融・実体経済の悪循環に陥るスペイン>
本セミナーではまず、欧州債務危機の「震源地」の1つであるスペインの現状について、ジェトロ・マドリード事務所の加藤辰也所長が「欧州債務危機とスペイン経済の現状、日系企業の動向」と題し、(1)欧州債務危機のスペイン経済への影響、(2)ラホイ政権に交代後の政策内容、(3)スペイン企業の現状、(4)進出日系企業の動向、を説明した。概要は以下のとおり。

スペインは1998〜2007年ごろまで不動産バブルによる好景気が続いていた。しかし、2008年のリーマン・ショックに伴う不動産バブル崩壊で大打撃を受け、その後も欧州債務危機の影響から景気低迷が続いている。好況時は国内外から住宅開発・設備投資向けに投機的資金が流入し、雇用も拡大するという好循環だったが、バブル崩壊後は資金流動性の不足から投資が急激に縮小し、企業倒産や失業増大による国内消費の減少、世界的な景気低迷による外需減少という悪循環に陥っている。

巨額の債務問題がスペイン経済に大きくのしかかっているが、政府だけでなく、バブル期に膨らんだ企業や家計の債務割合が他の主要国に比べて大きいことが特徴。不良債権総額は2007年以降急増しており、その大半が不動産バブル関連のもので、実体経済にネガティブな影響を及ぼしている。また、不景気による税収減の穴埋めと景気対策のため、財政状況も急激に悪化している。特に自治州の財政赤字が急拡大しており、財政全体の健全化の足かせにもなっている。政府は2011年から3年連続の超緊縮財政を打ち出しており、2013年も厳しい状況が続く。このように、不動産バブルの崩壊により厳しい状況が続く財政と金融が悪循環を繰り返し、欧州債務危機が信用不安と景気後退に追い討ちをかけ、負の循環から抜け出せない状況となっている。

今後の経済予測をみると、政府は2013年後半ごろには景気が上向くとみており、欧州委員会やOECD、IMFなどに比べて非常に楽観的だ。しかし、政府のさまざまな対策も目に見えた効果はまだなく、失業率の悪化傾向や消費の後退は続く。一時急上昇した長期国債の利回りも、現在はドラギ欧州中央銀行総裁やドイツのメルケル首相の発言もあり、いったんは落ち着いているが、いつ再燃するか分からず、不安定な状況が続いている。

続いて、ラホイ政権の政策内容について。こういった情勢を改善すべく、政府は本格的な財政・構造改革の方針を打ち出している。労働市場改革、財政健全化、金融再編・強化、の3本柱だ。労働市場改革では、解雇補償金の大幅な引き下げなど、硬直的な労働市場の柔軟化につながるさまざまな施策を取っている。財政健全化では増税や公務員などの人件費引き下げなどを行っている。また、金融再編・強化はEU支援が後押しし、最も効果的な手段が打ち出せていると思われる。2012年12月にも約400億ユーロの資金が欧州安定メカニズム(ESM)経由で金融機関に注入されることが決まり 、2012年12月1日からバッドバンクの機能が開始された。こういった取り組みにより早急に不良債権の処理が進むことが期待される。

<第三国市場開拓で補完し合う日西企業>
次に、スペイン企業の現状について。現地企業の景況感は、景気の後退による国内需要の冷え込みや緊縮財政の影響から資金借り入れが困難なこともあり、非常に厳しい状態だ。そんな中でも輸出は好調だ。外需頼みのリスクはあるものの、経常収支も改善されている。エネルギーや観光も堅調で、特に自動車分野で活気がみられる。スペインは世界9位、欧州2位の自動車生産大国で、その約9割を輸出している。日産自動車やPSAプジョー・シトロエン、フォードなど大手企業が新たな生産計画を発表しており、生産拡大の動きがみられる。また、スペインは発電の約3割を再生可能エネルギー(RE)で賄うRE大国でもある。早くから固定価格買い取り(FIT)制度を導入したためRE関連産業が育っており、国外展開が活発化している。ただし、国内市場については2012年1月末から新規案件に対するFIT制度が凍結されており冷え込んでいる。最近は、業種全般でグローバル展開を加速させるスペイン企業が増えており、国内の金融機関が貸し渋り状態にあるため国外で資金調達する動きもみられる。

続いて、スペインでの日系企業の動向について。スペインに進出している日系企業は200社超で、うち60社程度が製造業だ。スペイン企業と同様に景況感は芳しくないようで、二輪車や電気・電子分野で生産撤退の動きがみられる。他方、電気自動車分野では投資が活発化しているほか、スマートコミュニティー実証事業を通じた電気自動車関連のインフラ整備や電力マネジメントシステムなどの新規ビジネス開発に期待が集まっている。

日本企業とスペイン企業の提携が拡大しているが、その背景には両者の地理的補完関係がある。スペイン企業はアジア市場開拓を目指し、また日本企業はスペインと歴史的につながりの深い中南米地域開拓を図るために、さまざまな分野で協業の動きがみられる。2013年は日本とスペインの交流400周年。これを機にさらなる経済関係強化につながることが期待される。

<自動車分野の弱体化がフランス経済の課題>
フランスの現状については、ジェトロ・パリ事務所の豊國浩治所長が「欧州債務危機と今後のフランス経済」と題して講演した。概要は以下のとおり。

まずは、欧州債務危機の中でのフランス経済について。リーマン・ショックで急激に落ち込んだものの、2009年後半には実質GDP成長率はプラス成長に回復し、その後2011年までは底堅く推移してきた。背景には個人消費の伸びや堅調な政府支出があり、フランスは金融機関が安定していたためボラティリティー(変動性)が低い経済といわれていたことが挙げられる。しかし、欧州債務危機の影響から経済は急激に冷え込んでいる。実質GDP成長率は政府の予測で2012年は0.3%、2013年は0.8%となっている。しかし、これは政府が打ち出す財政再建策が全て予定どおり進んだ場合で、フランス経済界や日本の金融機関などはもっと低い成長を予測している。また、失業率も悪化傾向にあり、10%を超えたことは問題視されている。財政赤字の対GDP比も重要な指標となっている。欧州債務危機の本質的な問題として、国債金利が高騰し、財政が苦しくなるという側面があるが、今後フランスも南欧諸国のように国債の金利が高騰し、財政健全化のロードマップに悪影響を及ぼすことを、政府は最も懸念している。そういった背景から、財政赤字目標の達成は死活問題となっている。経常収支もポイントで、赤字幅が大きいと海外からの調達が必要となり、市場からの攻撃が激化する。そのため、経常赤字、中でも貿易収支の赤字を小さくしておくことがフランス経済安定の1つのカギとなる。

産業構造をみると、製造業の比率が他の欧州主要国より比較的小さいことが特徴として挙げられる。その代わり、サービス業、中でも観光業は活発。また、公共サービスの割合が大きく、政府投資が内需を支える産業構造となっている。

貿易の現状をみると、貿易赤字が年々拡大している。輸出・輸入ともに対欧州が大半で、このため欧州全体の景気悪化の影響を大きく受けている。最近は中国や中・東欧との貿易が増えている。日本との貿易関係で、フランスの赤字は縮小傾向にある。これは、日本の自動車産業が欧州での現地生産にシフトしていること、また医薬品の日本での需要の高まりを受けたフランス大手企業の輸出拡大が要因といえる。

フランスの貿易構造の中で、最も重要と思われるのは自動車分野。ルノーやPSAプジョー・シトロエンなど大手有力企業が存在するも、リーマン・ショックによる落ち込みから回復できておらず、かつて2000年には300万台を超えていた乗用車の国内生産だが、10年間で100万台縮小し、2011年は200万台を切るまでに落ち込んだ。乗用車の貿易収支は2000年代後半に黒字から赤字に転じて以降拡大しており、フランス経済の苦悩の象徴といえる。自動車の国別貿易統計をみると、2001年と2011年の日本からの輸出台数は30%弱減少したのに対し、日本の輸入台数は4%ほど増加した。他方、中・東欧諸国からの輸入は大幅に伸びている。これはフランス企業も生産拠点の国外移転を加速しているためで、その結果フランス国内の工場稼働率が低下している。これが、現在フランス経済が直面している大きな問題の1つだ。

<仏政府と産業界は競争力強化に腐心>
財政動向をみると、他国同様に緊縮財政を打ち出している。2013年予算で財政赤字をGDP比3%に縮小させるべく300億ユーロの赤字削減措置を導入するとしている。こういった緊縮策による内需の下押し圧力にも懸念が高まっている。このほかにもオランド大統領は財政負担拡大につながる政策を掲げているが、最近では経済・産業の競争力強化を目指す動きが注目されている。2012年11月初旬にエロー首相が総額200億ユーロの法人税の税額控除を柱とする、投資活性化と雇用創出に向けた政策措置を発表した(2012年11月16日記事参照)。フランス経済の競争力強化の足かせとなっている高い労働コストの削減を図るもの。しかし、税額控除は従業員数に応じており、雇用の確保を促す内容となっていることから、労働市場の一層の柔軟化を求める産業界からは、中途半端な施策との批判の声もある。

こういった経済を取り巻く厳しい情勢の中、日系企業の動向をみると、一定の投資活動が見受けられる。最近特に注目されているのが自動車分野。2000年以降、トヨタ自動車の生産拠点設置や日産・ルノーの提携に伴い、自動車関連メーカーの進出が進んだ。2012年に入っても、トヨタ自動車がバランシエンヌ工場でハイブリッド車の生産開始を発表するといった動きがみられる。EUは2020年までにさらなる二酸化炭素排出の削減目標を掲げており、達成のためには燃費の良い自動車の投入が急務となっているため、環境配慮型の自動車は事業拡大の傾向にある。今後、製造業による投資は研究開発拠点の整備に関心が移行するとみられる。そのほかITや食品分野、新しい分野としてファッションや電子商取引でも、日系企業による投資の動きがみられる。

(水野嘉那子)

(スペイン・フランス)

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