投資活性化と雇用創出に向け企業負担を200億ユーロ軽減
パリ事務所
2012年11月16日
ジャン=マルク・エロー首相は11月6日、企業の競争力強化による投資の活性化と雇用創出に向けた35の政策措置を発表した。柱となるのは総額200億ユーロの法人税の税額控除。2014年からの付加価値税(VAT)の引き上げと歳出削減が財源となる。税額控除は法定最低賃金の2.5倍以下の賃金総額に比例して算定される。政府は低賃金労働者の数が多い企業ほど控除額が多くなることから雇用創出につながるとしているが、仕組みが複雑な上に全体の控除額が小さく、政策効果を疑問視する声が強い。
<労働コスト削減に向けた税額控除>
エロー首相は35の政策措置を盛り込んだ「成長、競争力、雇用のための国家協約」の発表に当たり、フランス経済は「イノベーション不足や製品のポジショニングの悪さが企業収益を圧縮し、それが投資力や高付加価値化に向けた技術革新力を弱めるという悪循環に陥っている」と指摘、「産業の高付加価値化を目指し、企業の競争力を強化し、投資を活性化しなければならない」とした。
これに向け、法定最低賃金の2.5倍以下の賃金総額の一部を法人税から税額控除できる制度を導入し、労働コストを向こう3年間に200億ユーロ引き下げる。企業が低賃金労働者の雇用を増やすほど、法人税の税額控除が増える仕組み。2013年の事業にかかる法人税の納税額からの適用となる。2014年に100億ユーロ、2015〜16年に毎年50億ユーロ軽減する。エロー首相によると、「労働コストの約6%引き下げに相当する」という。
エロー首相はこの労働コスト軽減分が投資や雇用創出につながることを期待。税額控除の適用に投資や雇用創出などの条件を付けないものの、「フォローアップ委員会を設置し、労働コスト軽減分が株主配当の増額ではなく、投資や雇用創出に使われることを定期的に確認する」方針を示した。エロー首相は同制度により「2017年までに30万人の雇用創出とGDP成長率の0.5ポイント引き上げが期待できる」とした。
税額控除の財源は100億ユーロを歳出削減、残りの100億ユーロをVATの引き上げと新たな環境税の導入により確保する。VATは2014年1月から一般税率を現行の19.6%から0.4ポイント引き上げ、20.0%とする。軽減税率については、外食サービスや住宅改築工事などに係る税率を現行の7.0%から10.0%に引き上げる一方、食品などの生活必需品に係る税率は低所得層の購買力に配慮し、現行の5.5%から5.0%に引き下げる。これによりVATの税率は2014年1月から5%、10%、20%となる。
環境税については2016年までに最低30億ユーロの税収増に向け新税の導入を目指す。歳出削減については「歳出総額全体の1.0%であり、行政サービスの効率化を進めることで捻出できる」とした。
<中小・中堅企業への金融・輸出支援を強化>
エロー首相は「中小・中堅企業は成長と雇用の有望な鉱脈だ」として、「成長、競争力、雇用のための国家協約」の中で、中小企業支援をさらに強化する方針を示した。既に「2013年に設立する公的投資銀行(2012年10月29日記事参照)を通じ、中小企業に420億ユーロの融資・保証を与える」ことが決まっているが、これに加え短期資金の供給に向け「新たに5億ユーロの公的信用保証枠を設ける」ほか、「2013年第1四半期に中小・中堅企業のための新たな証券取引所を創設し、資金調達を容易にする」ことなどを発表した。また、オランド大統領が政権公約した銀行の通常のリテール業務と投機的な投資業務の分離については、2012年12月19日に政府法案を閣議決定する意向を明らかにした。
さらに、エロー首相は「2002年に170億ユーロの黒字を計上したフランスの貿易収支は、現在では250億ユーロを超える赤字に転落している」と指摘。「貿易収支の均衡のカギを握るのはイノベーションと製品の特化だ」として、今後は「イノベーション促進に向けた金融支援の強化、産業クラスターの再編、デジタル技術の普及を目指す」ほか、「フランス・ブランド」の強化に向け各業界ごとに大企業と下請け企業を統合するチームづくりを後押しする。また、2017年にエネルギーを除く貿易収支の均衡を実現するため、「公的投資銀行を通じ、輸出促進に向けた個別支援を中小・中堅企業1,000社に供与する。公的輸出支援を強化する」方針を示した。
<産業界は政策効果に懐疑的な見方>
エロー首相が今回発表した「成長、競争力、雇用のための国家協約」は、11月5日に首相府に提出されたフランス産業の競争力強化に関わる諮問委員会の報告書をベースにしたもの。同報告書は航空宇宙大手のEADS(エアバスの親会社)の最高経営責任者(CEO)を務めたルイ・ガロワ氏が中心になってまとめた。労働コスト引き下げに向けた「300億ユーロの社会保険料の引き下げ」のほか「シェールガス採掘技術の研究プロジェクトの策定」「政府調達の2%を中小企業による技術革新的な商品に限定するメカニズムの導入」「2017年までに企業見習研修生の倍増」など22の政策措置を提言していたが、「成長、競争力、雇用のための国家協約」に盛り込まれたのは中小企業の支援策など一部の提言にとどまった。
最大野党・国民運動連合(UMP)のコペ党首は「エロー首相が発表した政策は企業にとって複雑で、(競争力強化に向けた)期待に応える内容ではない」と批判。国民議会予算委員会のカレ議長は労働コスト引き下げには「社会保険料の引き下げの方がシンプルで分かりやすい。法人税の税額控除は極めて複雑だ」と述べた。
主要労働組合はVATの引き上げ幅が0.4ポイントと小幅にとどまったことや、社会保険料の引き下げなど社会保障制度の改正に至らなかったことなどからおおむね好意的だった一方、経営者団体からは慎重な声が聞かれた。日本の経団連に当たるフランス企業運動(MEDEF)のパリゾ会長は200億ユーロの法人税額控除について「政策の方向性は評価できる」とする一方、「われわれは最低300億ユーロの軽減シナリオを描いていた。ドイツと同じ(競争力)水準になるには700億ユーロの軽減が必要だ。(労働コストの軽減幅は)十分でない」とした。
中小企業経営者同盟(CGPME)は「(法人税の税額控除)政策は社会保険料の引き下げよりも複雑だ。(フランスの高い労働コストの原因とされる)給与所得を財源とする社会保障会計の問題は残されたままだ」と指摘した。また、「外食産業や住宅改築工事に係るVATの引き上げは、中小企業の事業環境の安定を目指す政策方針からほど遠い」と批判した。
フランス建築業者連合は「建築部門ではVATを引き上げないとしてきた大統領と政府の公約違反だ」と強く反発。2014年からの住宅改築に係るVATの引き上げは住宅改築需要の冷え込みと同業界での「2万人の雇用喪失につながる」との懸念を示した。
(山崎あき)
(フランス)
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