ブレア元首相、EU離脱論の台頭に警鐘−最大の貿易投資相手との関係悪化に産業界で懸念広がる−

(EU、英国)

ロンドン事務所

2012年12月18日

ブレア元首相は11月28日、EU離脱論への警鐘と加盟の利点を訴えるため、王立国際問題研究所(チャタムハウス)で講演を行った。欧州単一市場を支持する経営者団体「ビジネス・フォー・ニュー・ヨーロッパ」が主催した。EUの次期中期予算枠組みによる負担増への懸念から、EU離脱を求める世論が台頭しており、産業界では懸念が広がっている。EUとの新たな関係を模索する英国は、2013年に欧州経済共同体(EEC)加盟から40年の節目を迎える。

<世界が変化する中で長期的視点を>
ブレア元首相のテーマは「欧州、英国とビジネス〜危機を乗り越えて」で、EU加盟の是非を問う国民投票実施の声の高まりなど、EU離脱ありきの議論に警鐘を鳴らすものだった。欧州債務危機については、労働市場や社会福祉、年金など欧州社会モデルの限界を示すもので、その調整にしばらく時間を要するが、欧州は議論を重ねて変化を続けており、危機を乗り越えることが可能との見方を示した。

また、EU懐疑派が主張するように、英国は独自の道を歩むことは不可能ではないと認めた上で、中国やインドなど新興市場の台頭にみられるように、技術の発達により人口が経済成長に大きく影響する時代になっている点など、取り巻く環境が大きく変化していると指摘。EUが危機に陥っているという理由での離脱よりも、5億人の単一市場のメンバーとして、中から変革を促していくことが長期的な国益につながると主張した。

<強硬姿勢の背景に英国独立党の台頭>
キャメロン首相は、11月22〜23日に開催された欧州理事会特別会合(2012年11月26日記事参照)で、EUの次期中期予算枠組みの増額案に対し、現行より引き下げか、最低でも凍結を求める姿勢を崩さなかった。理事会開催前の10月31日、与党・保守党内のEU懐疑派議員から、下院で予算枠の実質削減を求める動議が提出され、賛成307票、反対294票で可決されるなど、強硬姿勢を取らざるを得ない事情があった。

与党・保守党内でEU離脱論が台頭する背景には、長引く欧州債務危機と景気の停滞により、国民の間で右傾化が進んでいることがある。調査会社ユーガブと国内最大発行部数の大衆紙「サン」が発表した11月21日の政党支持率では、EU懐疑主義の英国独立党が10%を獲得し、保守党が連立を組む自由民主党の9%を上回った。英国独立党を支持すると回答した人の内訳をみると、2010年の総選挙で保守党に投票した人の割合が最も多く、保守党の非役職議員を中心に懸念の声が高まっている。

<欧州単一市場のジレンマ>
11月20日、国内最大の経営者団体である英国産業連盟(CBI)の年次総会で、キャメロン首相はEU予算の効率化を求めつつ、引き続き積極的に関与していくと述べるなど、最大の貿易投資相手であるEUを意識したものとなった。続いて登壇した、EU残留(支持)派が多い野党・労働党のミリバンド党首(影の首相)も、輸出の過半を占め、5億人の欧州単一市場を守るために、EUにとどまり中から改革をリードすべきと訴えた。

欧州単一市場の統合が進めば、英国が強みをもつサービス産業やオンライン販売に追い風となる。ケーブル・ビジネス・イノベーション職業技能相は11月15日、欧州単一市場の重要性についてチャタムハウスで講演し、サービス分野の統合深化により英国のGDPに2.5%の押し上げ効果があるとした。また、デジタル分野でも4%の押し上げ効果が望めるとの試算結果を披露した。

しかし、巨大マーケットの恩恵を受けるためには一定の譲歩も求められる。大陸より柔軟といわれる労働者保護規制、金融規制、データ保護など、英国の利点と考えられていた独自性がEUにより失われ、硬直化しかねない。2011年10月からEU指令に沿うかたちで、65歳だった定年退職年齢が実質的に廃止されたが、11月政府発表の若年失業率が20.7%と全体平均7.8%を大きく上回る現状下、見直しを求める声が高まっている。特に国内ビジネスが中心で、単一市場のメリットを感じにくい中小企業には、ビジネス環境悪化への懸念からEU懐疑派が多い。

<EEC加盟40周年、新たな関係を模索>
キャメロン首相は11月23日の記者会見で、政府職員の約1割削減、行政管理コストの約3割削減、年金改革など、国内で厳しい緊縮財政に取り組む一方で、EUでは200人を超える欧州委員会職員がキャメロン首相を上回る報酬を得ており、さらにブリュッセルに30年以上住んでいても非ベルギー国籍の場合は本俸の16%の駐在手当が付くとして、真剣に削減に取り組むべきと非難した。また、コスト削減効果の一例として、総人件費の10%削減で30億ユーロ、定期昇給停止で15億ユーロ、職員への特別減税見直しで10億ユーロ、年金制度の見直しで15億ユーロなど、計70億ユーロに上る試算結果を発表している。

ヘイグ外務・英連邦相は2012年7月、EUが英国に与える影響を検証する政府プロジェクト、「英国とEUの権限バランス・レビュー」を発表した。2014年までに4期に分けて、各省庁が所管する分野ごとに意見公募を行う。2012年秋から2013年夏までの第1期では、国内市場、税制、食品安全、保健、国際開発、外交政策の各分野で実施される。

2013年は英国がEECに加盟してから40年の節目の年となる。欧州が大きく変化する中で、その関わり方を模索する英国の姿がうかがわれる。

(村上久、ピーター・カワルチク)

(英国・EU)

ビジネス短信 50c97de66c278