欧州理事会、「成長・雇用協定」に合意−真の経済通貨同盟に向けた作業にも着手−

(ユーロ圏、EU)

ブリュッセル発

2012年07月02日

EUは6月28〜29日の欧州理事会で、約1,200億ユーロ規模の成長促進策を含む「成長・雇用協定」に合意した。また、ファンロンパウ常任議長が「真の経済通貨統合」に向けた今後10年の取り組みの「たたき台」を示し、年末に向けて作業を進めることになった。そのほか、モンテネグロとの加盟交渉開始を決定した。

<1,200億ユーロの成長促進策を実施へ>
EUは2年半に及ぶ債務危機の中で、新たな試練に立たされている。3月の欧州理事会で、いわゆる「財政協定」に英国とチェコを除く25ヵ国が署名し、緊縮財政策を一層強化していく環境が整った(2012年3月5日記事参照)

しかし、失業率が上昇し、加盟国間の格差が拡大する中、フランスでの政権交代(2012年6月19日記事参照)やギリシャでの再選挙(2012年6月19日記事参照)というかたちで、緊縮財政策への反発を呼んだ。このため、「成長と雇用」の具体策が課題となり、欧州理事会が今回、「成長・雇用協定」に合意した。協定の主要なEUレベルの措置としては、EU域内の国民総所得(GNI)の1%に相当する総額約1,200億ユーロ規模の即効性ある成長促進策の実施がある。具体的には、欧州投資銀行(EIB)を100億ユーロ増資し、融資能力を600億ユーロに引き上げる。2012年末までにこの措置が発効するよう、EIBの総務会で決定することを要請している。

<45億ユーロのプロジェクト債を発行>
また、運輸、エネルギー、ブロードバンドなどのインフラプロジェクトに民間資金を呼び込む最大45億ユーロの「プロジェクト債」を発行する。欧州委員会のバローゾ委員長は6月28日の記者会見で、この金額で十分なのかとの質問に、これは試験段階(パイロットフェーズ)のものだと指摘し、今後、パイロットフェーズの評価をしつつ、事業規模を拡大していく意向を示した。

さらに、EU域内の地域間格差是正に利用される「構造基金」の未消化部分から、550億ユーロを研究・イノベーション、中小企業、若年層の雇用促進を支援する予算として転用する。

会議後の記者会見に臨むシュミット首相、ファンロンパウ常任議長、バローゾ委員長

「成長・雇用協定」のEUレベルの措置としてこのほか、単一市場の深化、15年までの機能するデジタル単一市場の構築、規制負担の軽減、14年までの域内エネルギー市場の完成、研究・イノベーションの促進、地域(結束)政策の改革、欧州単一特許の実施、財政再建と持続的成長に貢献する税制、若年層および長期失業者に特に配慮した雇用の促進なども盛り込まれた。

自由貿易協定(FTA)については、シンガポールとカナダとの交渉を年内に終えるべきだとし、日本との貿易関係の深化に向けた作業を継続して行うべきだとしている。

同協定の各国レベルの措置は、「欧州2020」戦略の達成に向け各国に求められる緊急行動への十分な対応に加えて、ヨーロピアンセメスターでの国別勧告の実施に当たり、成長に配慮した財政再建、経済への資金流動性の回復などを挙げている。

欧州理事会はまた、欧州委がヨーロピアンセメスターの枠組みの中で、5月30日に提案した加盟各国の国別勧告を承認した。加盟各国は次年度予算や構造改革、雇用政策に、この国別勧告の内容を反映させることが求められる。

<欧州単一特許の第一審裁判所はパリに>
今回の欧州理事会で進展があったとして、議長国デンマークのシュミット首相が会議後の記者会見で強調したのは、欧州単一特許の裁判所の所在地の決定だ。フランス、ドイツ、英国の3ヵ国が誘致を繰り広げていたが、第一審裁判所中央部および裁判長の事務所をパリに置くことで合意した。また、第一審中央部に2つの専門部を創設し、1つをロンドン(製薬を含む化学、食料・衣料などの必需品)、もう1つをミュンヘン(機械エンジニアリング)に設置する。欧州単一特許制度は11年3月に、イタリアとスペインを除くEU25ヵ国による「強化された協力」メカニズム、いわゆる「先行統合」での導入が合意されており、裁判所所在地問題は30年にわたる議論を経てようやく実現にこぎ着けられそうだ。

<加速する財政統合、政治統合への議論>
「成長・雇用」協定はどちらかというと短・中期的な課題に応えるものだが、今回長期的な課題として、「経済通貨同盟(EMU)」の将来に向けた議論をした。ファンロンパウ欧州理事会常任議長が6月26日に提示した「真の経済通貨同盟(EMU)に向けて」と題する報告書が議論のたたき台になった。報告書は、欧州委員会委員長、ユーログループ議長、欧州中央銀行(ECB)総裁の協力で作成された。EMUが直面する根本的な課題を整理し、EMUの安定と繁栄に向けた将来のビジョンとして、金融統合、財政統合、経済政策統合、民主的正当性と説明責任の4つの構成要素を示した。

EMUに関して欧州委のバローゾ委員長は会議後の記者会見で、域内銀行を一元的に監督・監視する制度の導入とセットで、欧州安定メカニズム(ESM)から銀行への直接資本注入を可能にすることを6月29日のユーロ圏首脳会議で決定したことを明らかにした。これは、銀行同盟(2012年6月11日記事参照)を含む金融統合の早期実現を目指すものだ。

ファンロンパウ常任議長は、欧州委員会委員長、ユーログループ議長、ECB総裁との緊密な協力の下、「真のEMU」を実現するための具体的なロードマップを作成する責任を自ら負った。この作業は単一金融市場を維持しながら、ユーロ圏首脳会議の声明にも配慮しながら進められる。また、現行のEU基本条約下でできることと、条約改正が必要な措置について検討する。さらに、欧州議会とも協議する。10月に中間報告を、年末までに最終報告を発表することにした。

欧州委のバローゾ委員長は会議後の記者会見で、1ヵ月前と比べて考えられない速度で議論が進んでいると強調した。その背景には、ファンロンパウ常任議長のよく整理された報告書とリーダーシップがあるようだ。

14年から20年までの多年度財政枠組みについて、欧州理事会は欧州議会議長と詳細な協議を行った。全てを合意するまでは何も合意しない原則を尊重しながら、12年末までの合意に向けて、交渉を進めていくとしている。

<モンテネグロとの加盟交渉開始を承認>
欧州理事会はモンテネグロとの加盟交渉を6月29日から開始するという理事会決定(6月26日)を承認した。欧州理事会の承認を受け、EUとモンテネグロは同日、第1回加盟交渉会合を開催(PDF)した。

そのほかの議題については、欧州理事会は欧州共通移民施策を12年末までに完成させる約束を確認した。また、シェンゲン協定の下での人の自由移動の重要性を強調するとともに、そのガバナンスとビザ規則に関連する提案の現状について留意するとした。

原子力エネルギーに関して、欧州理事会は欧州原子力安全規制部会(ENSREG)からの報告書で示された勧告の十分かつ時宜を得た実施と、原子力の安全性のストレステストを終わらせるよう加盟国に要請した。欧州委とENSREGはさらに必要な作業を行うことで合意した。欧州理事会は欧州委が12年の後半に包括的な指針を発表する意向を持っていることに留意した。

(田中晋)

(EU・ユーロ圏)

ビジネス短信 4ff1186fa1608