欧州債務危機の影響について懸念高まる
ウィーン発
2011年12月09日
欧州債務危機の影響は大きくないとみられていた中・東欧で、最近危機感が高まっている。西欧の金融機関の比率が高いため、資金の引き揚げが懸念される中、欧州復興開発銀行(EBRD)は、中・東欧から資金を引き揚げないことを取り決める第2ウィーンイニシアチブを推進する考えだ。また、オーストリアでは、国立銀行・金融監督庁が国内銀行に対して中・東欧での新規融資の抑制を求めるなど、さまざまな動きが出ている。
<イタリア国債の問題を機にオーストリアでも危機感>
これまでオーストリアや中・東欧諸国は、最大の貿易相手であるドイツの経済が順調だったこともあり、ギリシャ、イタリア、スペイン、ポルトガルなどのユーロ圏諸国と比べてまだましな経済状況にあった。従って、ギリシャ救済に対する感情的な反発はあったが、欧州債務危機の自国経済に対する影響についてはそれほど懸念していなかった。
10月半ばごろまでは、オーストリアの主要経済紙「Wirtschaftsblatt」紙(10月18日)が「中・東欧は、国家債務危機や景気の低迷、減少する投資に対して耐性がある。ユーロ圏の景気が著しく停滞すると、この地域も無傷ではいられないが、リーマン・ブラザーズ(破綻後の世界経済の減速)のときほど、被害を受けない。この地域にとってドイツは最大の貿易相手国で、ユーロ圏の国々が危機に陥っても、ドイツが順調であれば、大丈夫だ」という論調だったように、比較的落ち着いた見方がされていた。
しかし、11月に入りイタリア国債の問題が表面化すると、「オーストリア経済はイタリアと密接にかかわっている。国内銀行は、イタリアに165億ユーロの債権を有しており、イタリアが困難に陥れば、オーストリア国債のトリプルAも危うくなる」(「Die Presse」紙11月9日)との論調が現れた。
実際にオーストリアの10年国債の金利が記録的に上昇、3%台半ばに達してドイツ国債との差が広がり、格付け機関が今後の見通しを「ネガティブ」になると予想するようになると、連立与党は財政削減計画を発表し、財政赤字削減に取り組むことで、トリプルAの格付けを保とうとした。しかし、スタンダード&プアーズ(S&P)は12月5日、オーストリアを含むユーロ圏15ヵ国の国債格付けを引き下げる可能性があると発表した。
さらに、「鉄鋼大手のフェストアルピーネ(オーストリア)が10〜12月の生産を10%削減する」(「DerStandard」紙11月17日)と報じられるなど、オーストリアでも景気後退が感じられるようになってきた。オーストリア経済研究所(WIFO)によると、第3四半期(7〜9月)の国内実質経済成長率は0.3%にとどまり、第2四半期の0.5%から減速、年率換算では3.9%から2.6%に鈍化した。
商工会議所に相当する連邦産業院(WKO)は11月10日、「国内産業界は、(下振れ)圧力が高まっている。景気は不安な空気に包まれているが、リセッションではない」としつつ、「国内全15業種のうち9業種で受注の落ち込みがみられる。最大の輸出先であるドイツでの受注が減少している。9月のユーロ圏からの受注は前月比4.3%減で、この減少は今後3ヵ月は続くだろう。オーストリアの産業に重要な貿易相手国(ドイツなど)の発注が明らかに減っている」と発表した。
<西側金融機関の資金引き揚げを懸念>
中・東欧の金融セクターの市場シェア(総資産)の4分の3程度は西側の金融機関が保有しており、西側金融機関が資本不足を補うため、中・東欧から資金を引き揚げる懸念がある。「Wirtschaftsblatt」紙(11月17日)は、この点について、以下のように報じている。
「バルト3国を除いて、ほとんどの中・東欧諸国の景気は停滞気味だ。西側の銀行はバーゼルIII(新国際自己資本比率規制)で自己資本増強の必要に迫られ、さらにギリシャ債の減損処理で忙殺されており、中・東欧からの資金引き揚げが懸念されている。このため、EBRDは、第2のウィーンイニシアチブを推進する考えだ(ウィーンイニシアチブは、09年1月にオーストリアの銀行が提案した合意事項で、中・東欧から資本を引き揚げないことをEBRD、EU、世界銀行、西欧の銀行が取り決めた)」。
しかし一方で、同紙は「オーストリアの大手銀行エアステグループは、中・東欧向けに新たに支援をする必要性はないとしている。(09年1月)当時は、ハンガリーやルーマニアには今よりも大きな財政赤字があり、自力でファイナンスする可能性がなかった。現在とは事情が違うというのが理由だ。オーストリアの銀行も2,050億ユーロの融資残高に対して950億ユーロの預貯金があり、さらに、2,050億ユーロは、不良債権ではないと強調した」と報じており、西側金融機関の資本引き揚げは、ある程度防げるとみているようだ。
西欧金融機関は中・東欧でのビジネスについて、さまざまな見方をしている。東欧に大きなプレゼンスを持つバンク・オーストリアの親会社ウニクレディット(イタリア)は、100億ユーロの損失が出たのを受けて人員削減を計画中だ。11月14日に同行が発表した「戦略プラン」によると、今後3年で毎年9%のコストを削減するため、15年までに西欧で7,290人の人員削減を行うという。このうち、イタリアだけで5,200人を削減する一方、中・東欧では15年までに1,135人を増員する計画で、欧州域内のフロンティアである中・東欧では将来的に事業拡大の方向を示している。
他方、同じく中・東欧に大きなプレゼンスを持つライファイゼンバンク・インターナショナル(オーストリア)やコメルツ銀行(ドイツ)は、中・東欧から一部撤退を模索する動きがあると報じられている。
このような中、11月21日にオーストリア国立銀行と金融監督庁は中・東欧ビジネスを手掛ける国内行に対し、13年から施行されるバーゼルIIIだけでなく、16年からさらに3%の自己資本率を高めることを求めるとともに、中・東欧への新規融資制限を求める考えを発表した。これについては、11年末までにさらに具体的に検討される見通しだが、こうした動きに対して国際的な批判が高まっている。EBRDやIMFは、ウィーンイニシアチブに逆行する動きとみて、オーストリア国立銀行と金融監督庁に対して説明を求める一方、ルーマニアのバセスク大統領はこの措置を「融資停止と同じだ」として批判している。チェコやポーランドも事前に何の説明もなかったことを批判している。
<ハンガリーは政権運営にも影響>
また、中・東欧の中でもハンガリーには注意を要する動きがある。11月21日には自国通貨フォリントの下落を受けて、IMFとEUに対し危機の「予防的手段」として、金融支援を要請した(2011年11月22日記事参照)。フォリントはさらに下落しており、11月中旬に、一時1ユーロ=316フォリント(11年9月初旬から約16%下落)となっている。
ハンガリーは、住宅ローンや自動車ローンで、スイス・フランやユーロといった外貨建てローンの比率が高く、フォリント安による債務者の負担の増大が問題となっている。政府は、外貨ローンの借り手が14年末までの間、債務者に有利な固定レートでローンの一括償還することを可能とする法律を成立させ、実質的に為替差損を銀行に負わせることにしている。これにより、ハンガリーの金融機関の負担は、10億〜25億ユーロになると見積もられており、西欧の銀行はハンガリー子会社の減損処理を余儀なくされていた。
これに対して、エアステグループのトライヒル頭取は「今後もハンガリーで営業活動は行うが、投資は別の国で行う」と述べるなど、ハンガリー政府に対して、憤りを示した。さらに11月24日には、11年第3四半期時点のハンガリーの政府債務残高がGDP比で82%に達したため、ムーディーズはハンガリー国債をBaa3からBa1に格下げした。このような事態を受け、野党のハンガリー社会党(MSZP)は、オルバーン首相の辞任を求めるなど、政権運営にも影響を与えている。
<南東欧でも不安高まる>
南東欧諸国では、セルビアのタディッチ大統領が、欧州の債務危機がセルビアに波及することを懸念していると発言。債務危機がギリシャからイタリアに広がるにつれ、旧ユーゴスラビア諸国の不安が高まっている。
この地域にとって、ギリシャとイタリアは重要な貿易相手国や投資国であるだけではなく、かけがえのない融資国だ。ライファイゼンインターナショナルの発表資料によると、セルビアでのギリシャ系銀行のシェアは11%(Eurobank EFGとAlpha Bankの合計シェア)、イタリアのウニクレディットとインテサは19%を占めている。イタリアの銀行は、ボスニア・ヘルツェゴビナで26%、クロアチアでは41%のシェアを押さえている。この地域からの投資引き揚げは税収の減少と債務の増大をもたらす。特に、スロベニアやクロアチアは、財政赤字の増大に直面することになる。
「Die Presse」紙(11月13日)は、クロアチアの地元紙が「最悪の場合、12年には失業率の上昇、対外債務の増大、輸出の不振が生じる」と伝えていることを報じている。また、クロアチア中央銀行は、11年のGDP成長率予測を0.5%としており、ギリシャとイタリア危機の直接の影響が懸念されている。
<ユーロ導入に対する見方は分かれる>
ユーロ危機が懸念される中、中・東欧諸国の中でも、ポーランド、ラトビア、リトアニア、ルーマニアは引き続きユーロ加盟を目標としている。一方、ブルガリアは、ユーロ加盟の事前交渉をユーロ圏の全体像が明らかになるまで凍結する、と財務相が発言した、と複数メディアが報じている。また、ハンガリーは、11年5月、フォリントが国の通貨として憲法に記載されたため、当面、ユーロ加盟は考えにくい(2011年5月12日記事参照)。また、チェコもユーロへの早期加盟には否定的で、中・東欧諸国の中でもユーロ導入に対する見方も分かれている。
<中・東欧の経済成長は低下するがポジティブ>
ウィーン比較経済研究所によると、中・東欧経済の回復基調は、年初に比べて弱まっており、この地域のリスクは上昇、ユーロ圏の問題が地域の経済に影響していると指摘する一方、リセッションについては除外している。財政赤字も西側と比べれば明らかに良好だと判断している。
同研究所は、12年の中・東欧10ヵ国(ブルガリア、チェコ、エストニア、ハンガリー、ラトビア、リトアニア、ポーランド、ルーマニア、スロバキア、スロベニア)の実質経済成長率は2.4%としており、11年の3%よりも低くなると予測している。しかし、リーマン・ショック後の09年の経済成長がマイナス3.7%だったことを思えば、悪影響の度合いは小さいといえる。同研究所の12年の見通しは、ポーランド3.3%、ルーマニア2.5%、スロバキア2.1%が上位で、ハンガリーが0.3%で最下位となっている。
(黒田紀幸)
(オーストリア・中・東欧)
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