コンセンサス重視の社会モデルを見直し−金融危機後の成長モデルを探る(7)−

(オランダ)

アムステルダム発

2010年06月09日

金融危機後の世界的な貿易縮小や欧州経済の不振により、国内経済は大きなダメージを受けた。今後も成長し続けるためには、経済や社会の変化が求められている。6月9日の総選挙後の新政権は、社会変革を伴う大胆な構造改革に取り組む必要がある。

<失業率は深刻な水準に>
金融危機は世界的な貿易の縮小を招き、欧州の物流拠点で貿易依存度の高いオランダ(2008年10月2日記事参照)に大きなダメージを与えた。オランダ経済企画庁(CPB)の予測(PDF)によると、2009年のGDPはマイナス4.0%に落ち込み、10、11年には失業率は6.5%まで上昇する。「オランダ病」と呼ばれ、史上最悪の経済状況だった1980年代を上回る厳しい景気減速に見舞われた。

政府は緊急経済対策や雇用対策などを実施した。しかし、外国経済に大きく左右される経済構造のため、当時のボス財務相が述べたように、経済対策による景気刺激効果は限定的だ。金融危機による急速な景気減速のダメージは深刻で、CPBは経済危機以前の経済活動の水準に回復するには数年かかると予測している。

雇用問題も深刻だ。企業は苦しい経営状況に陥り、労働者保護が厚いとはいえ多くの労働者が解雇された。政府はこのような状況に対応するため、解雇された人材の再教育制度や職業あっせん施設を開設するなどの対策を講じた。

しかし、不況は日を追うごとに深刻さを増し、政府は緊急避難的措置として「部分的失業保険」を導入した(2009年7月8日記事参照)。これは、苦しい経営環境のため雇用の維持が難しくなった企業が雇用を維持できるよう、労働時間と賃金の削減を可能にし、削減された給与の一定額を政府が補てんするというものだ。外需に依存するオランダにとっては、世界経済が回復し、それに牽引されて国内経済が回復するまで、いかに雇用問題に対処するか、6.5%という高い失業率が予測される10年、11年をどう乗り切るかが課題だ。

<金融危機が社会変革を促す>
金融危機に伴う厳しい経済状況とそれに伴う失業の増大は、福祉・環境立国のオランダに大きな変革を促すきっかけになった。政府は、経済の低迷はしばらく続き、失業者が高い水準で推移するとみている。その結果、税収が減少する一方、失業者に対する社会保障費用は増加する。さらに高齢化社会を迎える。今後社会福祉費用が増え、財政状況が厳しくなることは明らかだ。

こうした状況を受け、10年度予算案では、今後予想される財政の悪化を防ぐための準備を金融危機対策と並ぶ重要施策としている。その結果、今まで聖域とされていた「雇用、社会保障、住宅、治安、安全保障、経済協力」などの20の分野の予算の見直しが提案された。

具体的には、年金の支給年齢(現行65歳)の67歳への引き上げ、ヘルスケア費用の削減、公的部門と公共サービス支出の見直し、公共投資の20%削減などだ。経済危機による急速な経済環境の変化とそれに伴う財政の悪化がなければ、年金支給年齢の引き上げやヘルスケア費用の削減など、社会保障にかかわる制度の見直しが議論されることはなかっただろう。

環境保護や個人の権利に対する政府や社会の見方にも変化が出てきた。国土がほとんど平らで海面下の土地も多いオランダでは、昔から水と戦うために共同作業を行い、政策の決定や実施の際の関係者間のコンセンサスが重要とされてきた。また国民は環境保護に対する意識が高い。コンセンサスの重視は、いったんまとまれば迅速な実行を可能とするが、他方でこのコンセンサスの重視と環境保護に対する意識が公共事業の着工などを遅らせてきたことも事実だ。高速道路建設などの計画が発表されると自然保護団体や住民などが計画に異議を唱え、関係者間でコンセンサスが得られるまで数十年間も計画進行を中断している例が多数ある。

しかし経済危機に瀕し、バルケネンデ首相は景気対策のために政府が提案した公共事業を速やかに行う必要があるとして、公共事業などへの反対意見に一定の制限を加える法案を提出した。環境や個人の権利、コンセンサスが重要という価値観、またこの価値観を守るために行われてきた社会制度が、経済危機をきっかけに大きく変化しつつある。

<総選挙後の新政権の方針に注目>
金融危機後の経済政策について議論するため、バルケネンデ首相は「イノベーションプラットフォーム」という会議を主催し、オランダの製造業や研究開発(R&D)などをどのように強化すればよいか検討していた。しかし、アフガニスタン派遣部隊の駐留延長をめぐる意見の対立から連立政権が崩壊し(2010年2月26日記事参照)、議論は中断している。

CPBは、6月9日の総選挙後の次の内閣は、ワッセナー合意の下で行われた80年代のような厳しい構造改革に取り組む必要があるだろうとしている。経済危機を契機にオランダ経済や社会がどのように変化していくかが注目される。

(川西智康)

(オランダ)

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