部分的失業保険制度で急場をしのぐ−欧州各国の雇用政策の現状−
アムステルダム発
2009年07月08日
1970年代にオランダ病といわれた経済危機は、「ボルダーモデル(オランダモデル)」と呼ばれる政労使一体となった経済・雇用政策で乗り切った。政府は、金融危機に端を発する世界的な不況で再び難しいかじ取りを迫られ、当面は「部分的失業保険制度」という緊急避難的措置で急場をしのいでいる。
<柔軟なワークシェアリングが効果>
「ボルダーモデル」の始まりとなった83年のワッセナー合意は、政府は「財政支出の削減や減税」、労働者側は「賃金抑制の受け入れ」、雇用主は「雇用の創出」を約束し、政労使の3者がともに痛みを分け合いながら、オランダ経済の抱える問題を改善するために協力していくというものだった。
合意に伴う施策の結果、財政の健全化、インフレ率の抑制、ワークシェアリングなどによる失業率の低下などが実現してオランダ経済は好転し、また世界的な好景気も追い風となり、オランダ病を克服することに成功。オランダは金融センターや物流基地などの機能を持つ欧州のゲートウエー国家としてよみがえった。
柔軟なワークシェアリングの運用は、短時間で対応でき、しかも高度な技能を必要としない仕事を生み出すこととなり、女性の社会進出を促進する1つの要因ともなった。かつてのオランダでは、女性は家庭で育児と家事を行うという社会通念だったが、80年代以降、勤務体系の多様化を希望する男性の増加や女性の社会進出をポジティブにとらえる風潮から、女性が社会で仕事を行いやすい環境へと変化した。このような当時の社会的な変化も、ワークシェアリングやパートタイム労働を後押しした。
一方、ワッセナー合意から26年たった現在、当時の雇用対策が目指したものと実際の運用を比べると、乖離している部分がある。また諸制度の運用を洗い直してみると、負の部分が肥大化している制度もある。
ワークシェアリングについてみると、当初は雇用の増加を目的とする制度だったが、雇用の増加への直接の効果は限定的で、企業側のフレキシブルな運用やパートタイム労働者の増加の影響が大きかったという評価が一般的だ。
ワークシェアリングは1つの仕事を複数の人間で分け合うという発想で、週に5日間働いていた人が勤務を4日間に減らし、1日分については新たに人を雇うというものだった。しかし、実際には1つの仕事を複数の人間で分担するのは、管理する側だけでなく当事者の労働者にとっても難しいものだった。結果として、1人の労働者が今まで5日間かかっていた仕事を4日間で行うようになり、残り1日分を別の労働者が別の仕事を行うという柔軟なワークシェアリングの運用が一般的となった。
制度の負の部分が肥大化している例を挙げると、手厚い長期疾病保険制度などは「隠れた失業者」と呼ばれる長期病欠者を多く生み出し、経済的問題だけでなく、不平等などさまざまな社会的な問題が生じている。また、この「隠れた失業者」はオランダの失業統計には含まれておらず、欧州域内でも特に低いオランダの失業率をみる際に考慮しなければならない。
<足かせとなっているボルダーモデル>
政府は、手厚い労働者保護制度や年金制度が、オランダの未来を脅かすとして危機感を抱いている。オランダの雇用制度の1つ、パートタイム労働などは一見、労働需給に応じて弾力的な対応が可能な雇用システムのように思えるが、パートタイム労働を選べるのは労働者で、使用者側は経営環境が悪化したからといって労働者にパートタイムを強要できない。また、手厚い労働者保護政策は、パートタイム労働者を含むすべての労働者を容易に解雇できなくしている。
このためオランダ労働市場は弾力性のない市場と評価され、ボーダーレス化した国際社会で激しい企業誘致競争上の障害となっている。さらに、このような弾力性のない雇用制度は、金融危機に伴う急激な雇用環境の変化に対応できず、企業は政府による緊急避難的な給与補てんで雇用を維持するなど、対応に苦慮している。
手厚い労働者保護政策や現行の年金政策は国の負担が大きく、これから高齢化社会を迎えるオランダにとって、諸制度にかかる費用をいかに抑えるかが課題になっている。さらに、金融危機に伴う景気刺激策や緊急避難的な政府による給与補てんなどで、国の支出が増大した。
政府は、この増大し続ける支出を減らすことが、未来への健全な成長を成し遂げる重要なポイントだとして、2011年から政府支出を削減する方針だ。政府は目の前にある危機に対して迅速に対応すると同時に、財政的観点からは未来に対して負の遺産を残さないよう政府支出を削減するという、相反することを同時に目指す非常に難しいかじ取りを迫られている。
<予算超過しても部分的失業保険制度を続行>
金融危機による影響で、失業率は09年が5.5%、10年は9.5%と予測されている。この失業率はオランダ病といわれた80年代当時とほぼ同じ水準だ。この深刻な状況を踏まえ、政府、労働団体、使用者団体は、雇用対策などの施策を3月25日に発表した。施策に投入される予算は、09年は2億5,000万ユーロ、10年は3億5,000万ユーロ、11年は1億ユーロだ。主な施策として次のような制度がある。
(1)部分的失業保険制度
労働者を雇用することが困難な状況下で企業が従業員の雇用を維持するため、企業は従業員の労働時間と給与をそれぞれ50%削減できるようになった。この措置に伴い削減された給与分について、労働者は失業給付を受けることができる。50%に削減された給与と失業給付手当で、労働者は削減される前の給与総額のうち、最初の2ヵ月は75%、3ヵ月目以降は70%が保証される。適用限度期間は65週で、適用を受ける企業は、短期間のうちに再び完全雇用する見通しのある企業であることが条件になっている。
この制度の運用期間は09年4月1日から10年1月1日までだが、予算による制限が設けられており、失業給付総額が3億7,500万ユーロに達し次第、制度は中止される予定だった。政府は09年6月22日に支給予定総額に達したため、この制度を廃止すると発表したが、24日にはそれを撤回し、引き続き実施していくと発表を訂正した。
(2)職業仲介デスクの設置
全国30ヵ所に展開している職業安定所に、職業仲介デスクを設置した。同デスクは職を求めている労働者ができるだけ早く職に就くのを支援するため、各職業安定所管内にある事業所などと緊密な協力関係を構築し、求人情報の交換などを行う。
(3)失業者に対する職業訓練制度
失業者に対する支援として、職業訓練を受ける費用を労働者保険事業団(UWV)が給付する制度。訓練対象が技能を必要とする職業となるよう、職業訓練の期間を最大3ヵ月間としている。既に求人がある職種の訓練や、職人が不足している特殊な技能を必要とする職種の訓練の場合などは、弾力的な運用が行われる。
(4)職業訓練にかかる費用に対する助成金制度
ほかの企業などからの雇用を促進するため、新たに雇用する人材に対し必要な職業訓練にかかる費用の一部を事業者に助成する。事業者は2,500ユーロを上限に、職業訓練にかかる費用の50%の助成金を受け取ることができる。適用条件は、訓練が免許や資格の習得に活用されるものであること。
金融危機に伴うこれら一連の制度の中で、特に注目を集め、多くの企業が活用している制度が(1)の「部分的失業保険制度」だ。この制度に対しては、「解雇の先送りで抜本的な雇用問題の解決ではない」との意見もある。しかし現状では、雇用対策は緊急避難的な「部分的失業保険制度」に頼らざるを得ない。実際、この緊急避難的な制度の予算を使い果たしたにもかかわらず、政府が「目の前にある危機」に対応するためにこの制度を延長せざるを得なかったところに、オランダの雇用問題の深刻さがうかがえる。
政府はこの金融危機を乗り越え、将来直面する課題を乗り越えるためには、年金と手厚い労働者保護政策を改善し、健全な財政運営が可能となる社会制度の構築が必要だと訴えている。これに対して労働者側も、年金については議論の余地がある、と今までより柔軟な姿勢を示している。今後、経済危機が長期化して経済・雇用情勢がさらに悪化し、現在の制度では対応が難しくなったとき、再び政労使による第2のワッセナー合意が求められるだろう。
(川西智康)
(オランダ)
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