タクシン支持派、バンコク中心部のショッピングエリアを占拠−経済に大きな悪影響−

(タイ)

バンコク発

2010年04月05日

タクシン元首相支持派が4月3日から、バンコク中心部のショッピングエリアの道路を占拠しデモ活動を行っている。この影響で周辺のショッピングセンターは臨時休業となった。デモ自体は平穏に行われており、治安上の不安は今のところないが、これまでの王宮前広場などでのデモとは比較にならないくらい大きな影響を経済・社会生活に与えている。

<赤シャツがバンコクの繁華街の道路を占拠>
タイ人のほか外国人観光客でにぎわうバンコク随一のショッピングエリア、ラチャプラソン。セントラルワールドや伊勢丹といった大型ショッピングセンターが集積するこの場所が、タクシン元首相支持派(通称赤シャツ)のデモで封鎖、占拠された。占拠されたのはラチャプラソン交差点を中心に、東はスカイトレイン(BTS)チットロム駅前にある老舗百貨店セントラル周辺、西は若者や富裕層が集まるショッピングエリアが集積するBTSサイアム駅周辺、南は若者の集まるプラティナム周辺。

占拠は4月3日の昼前から始まり4日以降も続いている。この影響で車両は周辺道路を通行できず、公共バスも集会のルートを運行できなくなった。周辺のショッピングセンターは一部を除きすべて臨時休業となった。高架線路を走るBTSは通常通りの運行が続けられ、集会の個所は立ち入りが制限されることもなく、写真撮影をする外国人観光客などが散見された。

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<経済損失1日14億円との試算も>
この占拠による経済的な悪影響について、タナワット・ポンウィチャイ・タイ商工会議所大学経済ビジネス予測センター(CEBF)所長は「ラチャプラソン交差点のショッピングセンター閉店で2億〜3億バーツ(1バーツ=約2.9円)の損害」と見積もった。他方、ポーンシリ・パチリンタナクン・タイ商工会議所副事務局長は、イベントや観光、ビジネスを含め、経済損失は1日5億バーツに達するとしている。サイアムパラゴンを運営するモールグループのパイブン・カノックワタナワン上級副社長は、サイアムパラゴンの損失は3日の1日で6,000万〜7,000万バーツとしている(「バンコクポスト」紙4月4日)。なお同じモールグループのエンポリウムは今回の集会場所から離れたBTSプロンポン駅にあるが、4日は普段の日曜日よりも多くの人出があったようだ。

赤シャツによる道路占拠の影響で、伊勢丹も週末の営業を休止した。伊勢丹では3月25日から4月6日の日程で「北海道物産展」を開催中で、函館のラーメン、帯広「六花亭」や白い恋人で有名な札幌「石屋製菓」などの人気菓子、チーズケーキやミルクケーキなど北海道スイーツ、カニやホッケなどの海産物などを多数取り寄せていた。タイでは「北海道」のブランド力が高く、景気回復もあって好調な売り上げが期待されていたが大きく水を差された。今回のフェア期間中、大きな売り上げを見込める週末は2回あったが、そのうち1回の週末で開催できなくなり、「商品の売り上げ見込みの3分の1に影響が出ることが懸念される」 (伊勢丹担当者)と影響は甚大だ。

<アピシット政権樹立後から反政府運動>
赤シャツは、2008年12月のアピシット連立政権樹立後から、「新政権反対、アピシット首相辞任」を求める集会やデモなどを散発的に実施。09年4月にはパタヤでのASEAN首脳関連会議に乱入、同会議は途中延期され、バンコク市内でもバスを炎上させるなど反政府活動はエスカレート、バンコクを含む6都県に非常事態宣言が発令された(2009年4月9日記事4月13日記事参照)。

その後半年弱の間、デモは沈静化したが、クーデター3周年を迎えた09年9月以降再度デモ活動が活発化、10年に入り赤シャツはプレム枢密院顧問なども明示的な批判対象としたデモを継続、2月26日のタクシン元首相の資産凍結判決を機に活動をエスカレートさせている(表参照)。

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<赤シャツの行動は民主化運動の側面も>
赤シャツの主張は一貫してアピシット首相退陣だが、加えて下院解散も求めている。今回の繁華街占拠の際も「腐敗防止、下院解散」と書かれた旗や看板が多数用意されている。赤シャツの行動の背景について、タクシン派に代表される新興勢力と旧来財閥・軍・官僚機構などの守旧派の利権対立、地方部を中心とする農民と都市部を中心とする富裕層の格差対立、北部・東北部と中部・南部の地域間対立など、論者により見方はさまざまだ。

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そもそもタクシン元首相側からすると、タクシン氏自身は06年9月にクーデターという非民主的な手法で追われたため、政界復帰に対して大義名分があると思っている。しかもクーデター後、国民投票を経た新憲法の制定、下院選挙の実施という民主的なプロセスで民意を得たのはタクシン元首相系の議員と政党だった点も、赤シャツをはじめとするタクシン元首相支持派が正当性を主張する根拠となる。加えて選挙後、さまざまな理由で裁判所による首相失職や与党解党処分など(2008年9月10日記事12月17日記事参照)、選挙によらないかたちで現在の連立政権が成立していることが、赤シャツの主張する下院解散の根拠となっている。

他方、実際のデモ運動参加者の中には、日当を支払われることで地方から動員された者も多く、集会中も日陰で昼寝をしたり、会場近くのハイパーマーケットで買い物や飲食をしたりと、本旨から外れた行動をとる者も少なくない。しかし、選挙で選ばれた者が統治を行う民主主義を求める運動という側面は軽視できないだろう。

一方、アピシット首相が指摘するように、赤シャツの反政府運動は、下院解散と選挙という民主的なプロセスを求めるだけではなく、現在の司法で裁かれたタクシン氏の復権を狙う思惑が透けてみえる。下院を解散しても対立構造が継続し、政治・社会の安定がしばらくは見込めないという見方も説得力を持つ。

<ソンクラン休暇前がデモ継続の目安>
当面はソンクラン休暇(13〜15日)が始まる前、地方からの参加者が帰郷するまでがデモ活動継続の焦点となるだろう。3月末に行われたアピシット首相と赤シャツリーダーとの話し合いで、赤シャツが「15日以内の解散」という期限を切った理由の1つもここに見いだせる。赤シャツは下院解散までのデモ継続の主張を取り下げていないが、アピシット首相が早期下院解散に応じる公算は低い。政府は国内治安法に基づく赤シャツの集会禁止区域を続々と指定、司法への訴追の動きもみせている。

(鶴岡将司)

(タイ)

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