採用難、産別労組結成など日系企業に課題−各国の雇用情勢と企業の対応−
クアラルンプール発
2009年07月21日
金融危機以降、政府は国民の就業機会確保を目的に労働政策を強化する傾向が出ている。政府は、電気・電子分野に対して、外国人労働者の新規採用凍結、産業別労働組合の結成と最低賃金の導入など、年明け以降相次いで企業にとっては厳しい政策を打ち出し、進出日系企業数の4分の1を占める電気・電子関連企業の雇用環境に大きな変化が起きている。
<電気・電子の生産はピーク時の7割まで回復>
国内の失業者数は、金融危機発生後の2008年第3四半期から上昇し、09年第1四半期には45万人まで増加、失業率は4%に達した(表1参照)。しかし、月別に解雇数をみると、統計局の月刊労働統計では、2月の4,821人をピークに、3月3,444人、4月2,871人、5月2,739人と減少してきており、企業活動が改善する兆しが出てきた。一方、求人は製造業の回復が特に著しく、1月(求人数1万3,183人)に比べると5月には4倍の7万893人まで増えており、回復がうかがえる。
日系企業は欧米向けの輸出需要が激減したことを受けて、11月から生産や雇用の調整を加速していたが、1月には底を打ち、2月以降は前年同月の売り上げまでは戻らないものの、緩やかに生産は回復基調になっている。4月以降は、中国の内需刺激策の効果で対中輸出が増加し、また在庫調整が一段落したことで、電気・電子関係の生産はピーク時の7割くらいまで回復しており、増産体制に入る企業も出てきている。
<外国人労働者の雇用を凍結>
しかし、日系企業が再び増産体制に入ったところで、問題になっているのが労働力の確保だ。金融危機以降、政府は悪化する雇用状況に対して国民の就業機会を確保するため、最初に外国人労働者の雇用を凍結した。政府は、1月に電気・電子、繊維産業やサービス産業の一部で外国労働者の雇用凍結を決定した。
国内には、08年末時点で210万人の外国人労働者がいたが、企業側も、外需低迷で雇用調整をせざるを得ず、非正規雇用の外国人労働者から解雇を実施し、その後の雇用凍結など外国人労働者に対する規制強化で、現在は190万人まで減少している。人的資源省は、15年までに1,69万8,000人まで外国人労働者を削減する数値目標を掲げている。
進出日系企業の約4分の1を占める電気・電子産業は、外国人労働者凍結の対象産業になっている。大手日系家電メーカーは「6月は増産で新たに600人の労働者が必要となったが、外国人労働者の新規雇用が規制されているため、マレーシア人を対象に募集した。しかし、3Kといわれる工場の仕事には応募がなく、思うように増産できずに2,500万ドルの販売機会を損失した」と語る。
また、液晶テレビなどを製造する日系家電メーカーも、「新聞などに求人広告を出し、さらに地方のサバ・サラワク州や東海岸にまで人事担当者が赴き、採用活動を実施しているが、マレーシア人のワーカーが集まらない。数百万ドルの販売機会を損失している。外国労働者の新規採用凍結の解除が必要だ」という。
このような深刻な労働力不足が電気・電子関係の日系企業に影響を与えていることに対応して、日本人商工会議所(JACTIM)は、6月に政府へ新規採用凍結を解除するよう申し入れた。その結果、政府側は特例措置を検討することになり(2009年6月5日記事参照)、41社が特例措置の申請書を、JACTIMを通じて政府側に提出している。しかし、1ヵ月近く経過した7月14日時点ではまだ承認が下りたケースは出ていない。新聞報道によると、スプラマニアム人的資源省相は、多国籍企業から出ている凍結解除の要望を閣議に提出することを明らかにしており、閣議で承認が得られれば、一部解除の動きが出ると予測される。
<産別組合結成、最賃制導入も>
さらに電気・電子産業では、産業別労働組合結成と最低賃金導入の動きもあり、日系企業から懸念の声が上がっている。
スプラマニアム人的資源相は、電子産業の産業別労働組合設立について5月27日に閣議決定したことを明らかにした。産業別労働組合は、全国規模ではなく地域別4ヵ所(北部、南部、東部、西部)に結成される予定。マレーシアでは労働組合を結成する場合は、人的資源省の労働組合局の承認を受けなければならないが、この閣議決定で電子産業の産業別組合の設立が承認されたことになる。
現在、労働組合は、全国で668団体、組合員数は約80万人いる(表2参照)。産業別にみると、サービス業が最も多く307団体、次いで製造業の160団体となっている(表3参照)。
政府はこれまで、マハティール政権時代に外資導入を優先するため、電子産業については労働生産性を低くする可能性があるとの理由から産業別労働組合の設立を禁止し、企業内組合の設立だけしか認めていなかった。電気・電子産業は、他産業と比べて価格下落のスピードが極端に早く、受給変動の波も大きい。そのため、意思決定が遅れれば機会損失を大きく受けやすく、これまでの産業別労働組合禁止は、迅速な経営意思決定を助けるものとして、マレーシアでの事業展開メリットの1つともいわれていた。
日系企業からは、「電子産業は、組立から部品まで、企業間での支払い能力や財務状況にばらつきがある。組合が産業別と企業別の二重構造になることで混乱を招き、迅速な意思決定を行うことができず、機会損失を招くだけでなく、労働生産性の低下にもつながる恐れがある」との意見が出ている。
このほかにも、スプラマニアム人的資源相は7月6日、国内産業の4分野(繊維、電子、ホスピタリティーサービス、警備)の最低賃金を近日中に発表することを明らかにした。これまで、これらの分野で最低賃金は設定されていなかったが、セクターによっては最低賃金が設定されており、例えば農園労働者は月額500〜600リンギ(1リンギ=約26.5円)となっている。同相は、今回決定した4分野以外でも最低賃金の導入を国家賃金委員会で調査中だとコメントしており、今後設定される賃金額によっては、電子産業の日系企業のコスト圧迫が懸念される。
(手島恵美)
(マレーシア)
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