税制面におけるシンガポール統括会社の優位性

質問

東南アジア地域を管轄する地域統括拠点の設立を検討しています。税制面におけるシンガポールの優位性を教えてください。

回答

総論

アジア太平洋地域に置かれる地域統括拠点は、米中摩擦の激化や新型コロナウイルスによるサプライチェーンの混乱などを受け、組織や機能が変化していくとみられています。一方で日本企業のみならず世界の多くの企業が、アジア太平洋地域における事業活動の統括拠点をシンガポールに設置してきました。その背景には、同国の安定した政治体制や充実したビジネスインフラ、英語を公用語とする点、教育水準の高さ、地理的なアクセスの良さなど、周辺他国には無い特徴が揃っていることがあげられます。
さらには、地域統括拠点の設置を検討するにあたっては、設置国の税制面の特徴を活かして税負担を軽減できるかどうかという点も一般には重要な判断要素となってきます。この点、シンガポールは、低い法人税率、地域統括拠点に対する優遇税制、周辺他国との租税条約のネットワークが構築されていることなど、国際的企業にとって有利な税制が整備されていると言えます。
一方でシンガポールは周辺諸国と比較すると生活費等のコストが高く、各企業はシンガポール統括拠点の権限・機能の見直しを進める傾向にもあります。ただしアジア太平洋地域では市場としてのポテンシャルの低下は見られないことから、シンガポールは今後も同地域における地域統括拠点として、依然有力な候補国となると考えられます。

法人税

税率

シンガポールの法人税率は17%と周辺諸国の中でも低いです。実効税率では日本の半分程度の税負担となります。さらには、低所得部分は軽減税率となること、課税所得の範囲についても国外に源泉がある所得を非課税となっていること、優遇税制の適用を受けられる場合もあることから、日本や周辺諸国に比べて税負担が低くなる可能性がある点が大きな特徴です。

税率比較の図(2022年2月時点)
順位 国名 法人税率
1 香港 16.50%
2 シンガポール 17%
3 台湾 20%
3 カンボジア 20%
3 タイ 20%
3 ベトナム 20%
7 インドネシア 22%
8 マレーシア 24%
9 韓国 25%
9 中国 25%
9 ミャンマー 25%
9 フィリピン 25%

軽減税率制度

通常の法人課税所得のうち、最初の20万シンガポール・ドル(Sドル)に対して部分免税制度が適用されます。具体的には所得のうち最初の1万Sドルの75%、および次の19万Sドルの50%が免税となります。これを加味した実効税率は以下のようになります。

制度名 免税範囲 備考(要件など) 備考(要件など)
部分税額免除制度
Partial Tax Exemption
課税所得のうち以下が免税
  • 最初の1万S ドルの75%
  • 次の19万Sドルの50%
とくになし 13.52%
新スタートアップ会社税額免除制度
Tax Exemption Scheme for New Start-Up Companies
課税所得のうち以下が免税
  • 最初の10万Sドルの75%
  • 次の10万Sドルの50%
  • 設立から3 年間
  • 株主数など一定の要件あり
12.75%

国外所得免除

シンガポールでは基本的に自国の領土内で発生した所得のみが課税対象となります(国外所得免除方式)。この点、全世界所得を課税対象とする日本に比べて基本的な課税所得の範囲が限定されているといえます。ただしシンガポール国外源泉所得であっても、シンガポールに送金されたものについては課税対象となる場合があります。具体的には、以下のすべてに該当する国外源泉所得以外はシンガポールで課税対象となります。

  • シンガポールに送金される配当金、国外支店の所得、シンガポール国外で稼得したサービス収入
  • 所得の発生した国で課税済みであること
  • 所得の発生した国の最高法人税率(Headline Tax Rate)が15%以上であること

キャピタルゲイン非課税

シンガポールでは基本的にキャピタルゲインは非課税です。したがって、シンガポールに設置した地域統括拠点が中間持ち株会社形態をとる場合には、傘下の事業会社の株式を譲渡してもシンガポール側では税負担は生じません(なお事業会社所在地国では課税となる可能性があることに注意が必要です)。

優遇税制

経済開発庁(EDB)などの政府機関によって、認定を受けた企業に関しては、軽減税率適用などの優遇措置を受けることができます。

制度名 制度内容 優遇措置内容
パイオニア・インセンティブ
Pioneer Certificate Incentive:PC
  • 特定製品の製造奨励および特定サービスの発展を目的とした制度
  • 認定を受けた企業は法人税が免税となる
  • 明確な認定基準がなく、交渉を通じて政府の裁量で決定される。最先端の技術導入などが求められる
免税
開発・拡張インセンティブ
Development & Expansion Incentive:DEI
  • 過去のPC認定企業やPC認定を受けられなかった企業を対象とする制度
  • 新規プロジェクトの実施、シンガポールにおける事業の拡張または増強などが求められる
  • 認定を受けた企業は、適格活動に対して5%または10%の軽減税率が適用される
  • 固定資産投資額、シンガポールにおける事業支出総額、技術・能力開発、プロジェクトの質、技術革新の内容などが認定基準として設けられている
5%又は10%の軽減税率を適用
認定ファイナンス&トレジャリーセンターに対する税制優遇制度
Finance And Treasury Centre Incentive:FTC
  • シンガポールに設置された金融センター機能に対する優遇税制
  • 金融センターとして域内のグループ企業に対して提供する財務・資金管理サービス等が対象
  • 認定を受けた企業は、適格活動に対して5%または10%の軽減税率が適用される
  • 認定を受けた企業は上記サービスから生じた所得(例えばグループ会社に対する貸付金利息)に対して8%の軽減税率が適用される
8%の軽減税率を適用
グローバル・トレーダー・プログラム
(Global Trader Programme:GTP)
  • シンガポールに設置された貿易活動拠点機能に対する優遇税制
  • 金融センターとして域内のグループ企業に対して行う財務管理活動が対象
  • 認定を受けた企業は特定商品のオフショア貿易から生じる利益に対して5%または10%の軽減税率が適用される
  • 対象範囲は拡大傾向にあるが、認定されるためにはシンガポールで実質的な業務を行い、雇用および国内支出額といった量的基準を満たさなければならない
5%又は10%の軽減税率を適用

シンガポール統括会社の活用

租税条約

2021年12月31日時点、シンガポールは、日本を含む世界90カ国・地域と包括的な租税条約外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますを締結しています。 ここには全てのASEAN諸国(インドネシア、カンボジア、シンガポール、タイ、フィリピン、ブルネイ、ベトナム、マレーシア、ミャンマー、ラオス)が含まれるほか、日本はもちろん台湾、中国、韓国、インド、オーストラリアなどアジアの主要国は概ねカバーされています。 租税条約上の恩恵とは具体的には締約相手国側における税金の免除・軽減となります。たとえば各国に所在する事業子会社から配当・利子・使用料という形で利益を吸い上げる場合、当該各国において源泉税の負担義務が生じることが一般的です。ここでもし租税条約が締結されている場合には、源泉税が減免されるといった恩恵を享受することができます。

配当収金

地域統括拠点が傘下の事業子会社から配当の形で所得を得る場合、一般には2段階で課税されることになります。1段階目は配当を行う事業子会社側において、配当を支払うタイミングで課せられる源泉税です。2段階目は、配当を受け取る地域統括拠点側における課税です。1段階目の事業子会社側の源泉税については租税条約による減免の可能性があります。この恩恵を享受するためには広い租税条約のネットワークを持つ国に地域統括拠点を設置することが有利となります。シンガポールは多くの主要なアジア諸国と租税条約を締結しており、恩恵を享受できる可能性が高くなっています。2段階目の配当を受け取る地域統括拠点側における課税についてはシンガポールでは配当金は原則として非課税となっています。

利子収入

事業子会社に貸付を行い利子収入を得る場合には、シンガポールの課税対象となります。この場合原則的には利子収入は通常所得に含まれ法人税17%の負担となります。日本親会社が貸し付けた場合には日本側では約33%程度の法人税負担が生じますので、シンガポールの地域統括拠点で利息を受け取る場合には税負担を下げることができます。前述の優遇税制FTCの適用を受ける場合には、り大きな税負担軽減効果を得られます。また配当と同様、事業子会社側で源泉税負担が生じますが、こちらも租税条約による減免を期待できます。

ロイヤルティ収入・マネジメントフィー収入

事業子会社からロイヤルティ収入・マネジメントフィー収入を得る場合も基本的な考え方は利子収入と同じです。事業子会社側で損金になる一方で受け取り側では益金となることから、税率差を利用することでグループ全体の税負担を軽減することが可能です。また事業子会社側で生じる源泉税についても同様です。

各国から日本親会社への支払に係る源泉税率(租税条約適用後)
国又は地域 配当 利息 ロイヤルティ
香港 免税 免税 4.95%
シンガポール 免税 10/15% 10%
台湾 10% 10% 10%
カンボジア 14% 14% 14%
タイ 10% 15% 15%
ベトナム 免税 5% 10%
インドネシア 10/15% 0/10% 10%
マレーシア 免税 10% 10%
韓国 5/15% 10% 10%
中国 10% 10% 10%
ミャンマー 免税 15% 15%
フィリピン 15% 10% 10%

注)源泉税率は条件により上記と異なる場合があります

各国からシンガポール統括拠点への支払に係る源泉税率(租税条約適用後)
国又は地域 配当 利息 ロイヤルティ
香港 免税 免税 4.95%
シンガポール
台湾 21% 15/20% 20%
カンボジア 10% 10% 10%
タイ 10% 15% 5/8/10%
ベトナム 免税 5% 5/10%
インドネシア 10/15% 0/10% 15%
マレーシア 免税 10% 8%
韓国 10/15% 10% 5%
中国 5/10% 7/10% 6/10%
ミャンマー 免税 10/15% 10/15%
フィリピン 25% 15% 20%

注)源泉税率は条件により上記と異なる場合があります

留意が必要となる税制

外国子会社合算税制(タックスヘイブン対策税制)

シンガポールのような税負担が低い国(軽課税国)に子会社を持つ場合には、日本の外国子会社合算税制への注意が必要です。外国子会社合算税制が適用された場合地域統括会社の所得が日本の親会社の所得に合算され日本で課税されてしまい、シンガポールの低税率のメリットを享受できなくなってしまいます。外国子会社合算税制は、軽課税国に事業実態のない会社を設立し、そこに所得を集中させることにより日本の税負担を軽減・回避することを防止するための制度です。具体的には軽課税国に設立された外国子会社のうち、租税負担割合が一定(ペーパー・カンパニー等は30%、それ以外の外国子会社等は20%)未満の会社です。また、事業実態の有無が重要となり、具体的には外国子会社が一定の基準(経済活動基準)を満たすかにより判定されます。軽課税国に設立された会社であっても事業実態がある場合には基本的には適用を受けることはありません。 同税制では部分的な所得合算を求められる場合もあり、さらなる注意が必要です。具体的には、外国子会社に配当や利子、使用料、有価証券の譲渡益などの受動的所得がある場合には、それらについては合算課税の対象となります。なお、配当のうち持分の25%以上(資源投資会社は10%以上)を6ヵ月以上保有する法人から受けるものやグループファイナンスから生じる利子等は合算対象となる受動的所得から除かれています。

移転価格税制

地域統括拠点をシンガポールのような軽課税国に設置する場合には、グループ全体の税効率の観点からは同拠点になるべくグループの課税所得を集中させることが望ましいと考えられます。しかし、シンガポールの地域統括拠点に課税所得を集中させようとグループ内取引における取引価格を設定しても、それが第三者との間で設定される取引価格とは異なる場合には、移転価格税制が適用され思わぬ税負担が生じてしまうリスクがあります。移転価格税制とは、国外の関連企業との間の取引を通じた所得の海外移転を防止するため、国外の関連企業との取引が、通常の取引価格(独立企業間価格)で行われたものとみなして所得を計算し、課税する制度です。移転価格税制の対象取引は、対象会社と国外関連者(基本的には50%以上の株式保有関係がある海外グループ会社)との間で行われる取引全般となります。
独立企業間価格とは上述の通り資本関係の無い第三者との間で設定される取引価格ですが、その算定は対象会社が国外関連者に対してどのような機能を持ち、どのようなリスクを負担しているか等という観点からの分析によって行われることになり容易ではありません。
移転価格課税への対応には一般的に多大な事務負担が強いられますので、事前に慎重に検討しておくことが望ましいと考えられます。

調査時点:2022年3月

記事番号: C-220812

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