輸出時におけるPL法の対策・留意点:米国
質問
米国向け輸出時におけるPL法の対策・留意点について教えて下さい。
回答
Ⅰ. 米国のPL法と訴訟の特徴
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米国のPL法の概要
米国における製造物責任は、連邦法(federal law)ではなく州法(state law)に由来し、各州によって違いが存在することがありますが、製造物責任に関する主な訴訟原因は、(1)過失責任(Negligence)、(2)厳格責任(Strict Liability)、(3)保証違反(Breach of Warranty)のいずれかになります。これらのうち、日本法との比較において特徴的なのは厳格責任です。 厳格責任とは、製品自体の欠陥に着目し、製品自体に欠陥があれば、製造業者の過失の有無を問わずに責任が発生することを意味します。被害者が損害賠償を請求するにあたり、a. 損害発生の事実、b. 製品の欠陥(設計上の欠陥、製造上の欠陥、警告・表示上の欠陥の三類型に分類されます)の存在、c. 損害と欠陥の因果関係 の三点さえ証明できれば、製造業者等の不法行為としての故意・過失の存在や製造業者等による契約違反の事実の証明を要せずに、損害賠償請求が可能となります(後述II.3.「契約条項の取り決め」もご参照ください)。 製品が米国のどこで使用されていても、また、たとえ契約上で免責条項を設けていても、製造業者側は、被害者が提訴してきた場合、応訴して責任を負わないことを証明するほかなく、PL訴訟のリスクから逃れることはできません。PL訴訟の被告となり得る範囲は州によって異なりますが、製品の製造業者だけでなく、輸出業者・商社、製品の販売業者など製品の商流に関与した当事者が広く含まれ、部品の製造・販売業者も含まれる可能性があります。
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米国PL訴訟の特徴
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近年の米国PL訴訟
近年ではPL訴訟において、「核評決(Nuclear Verdicts)」と呼ばれる、陪審員によって下される1,000万ドル(約15億円)を超える高額な損害賠償評決が増加傾向にあり、注目されています。 米国商工会議所(U.S. Chamber of Commerce)の関連団体である法務改革研究所(Institute for Legal Reform、ILR)の調査
によれば、2013年から2022年の10年間において、核評決と呼ばれる陪審評決に占める製造物責任の割合は23.3%に及んでいます。特に、PL訴訟における核評決の訴額の中央値は2013年の2,400万ドルから2022年には3,600万ドルと50%増になっています。 また、核評決に限らず、PL訴訟の件数自体も増加しています。米国連邦裁判所の統計資料によれば、連邦地裁(州の裁判所とは異なります)に提訴されたPL訴訟の件数は、2005年の約3万件から2010年には約6万件に倍増、その後は2015年まで年間約4万~6万件の間を推移していましたが2020年には有機フッ素化合物(PFAS)に関する訴訟の急増で約24万件に増加しています。また、自動車、アスベストや医薬品についても相当数の訴訟が提起されています。さらにその後も、新型コロナ禍による一時的な訴訟件数の減少はありつつ、増加傾向に変わりはなく、2023年には再び約10万件を超えています。2023年には再び10万件を超えています。
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日本企業に関連する米国PL訴訟および品質不正に基づく財産的損害に関する訴訟
日本企業に対する大型訴訟としては、近年では、(1)製薬会社が、糖尿病治療薬の特定のリスクに関する警告義務違反を巡るマス・トート訴訟(多数の原告が類似の損害を被ったと主張し、同じ被告に対して個別に訴訟を起こす法的手続き)に直面し、巨額の和解金を支払った事例、(2)自動車部品(エアバッグ)について、複数の自動車メーカーが人身傷害に加え、リコールに伴う経済的損失クラスアクションを提起し、各社に数億ドルの和解金を支払った事例、(3)医療機器メーカーが、製品の衛生上の問題に加え、米国の規制当局への報告義務違反で罰金支払と民事責任を負った事例、(4)素材メーカーによる品質データの改ざんが製品の欠陥と見なされ、消費者による広範な経済的損失訴訟を引き起こした事例等が挙げられます。
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米国PL訴訟の特徴
これらPL訴訟件数の増加は、以下のような米国PL訴訟の特徴によって引き起こされています。
- 成功報酬制で原告を支援する弁護士が多いためPL訴訟頻度が高いこと
- 地域住民から無差別に選ばれた陪審員が参加する陪審裁判制の存在が原告有利に作用しがちなこと
- 事実認定が多分に情緒的であり、被告の行為態様の悪質性や資力を踏まえ、「現実に発生した損害」を大幅に超えて懲罰的賠償(Punitive Damages)判決が認められる可能性もあって、賠償額が莫大になりがちなこと
- 集団訴訟(クラスアクション)によって、多数の消費者の被害を一つの訴訟手続で救済することが比較的容易であるため、製造業者等に莫大な損害賠償責任が課される可能性があること
- 証拠開示手続(ディスカバリー)制度の下で広範かつ大量の文書等を相手方当事者に開示することが求められ、有利・不利を問わず証拠を開示せざるを得ないほか、訴訟対応に要するコスト及び手間が非常に大きくなること
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近年の米国PL訴訟
なお、近年では、高額賠償評決の増加が問題視され、米国最高裁において、一連の判決を通じて、懲罰的損害賠償額が補償的損害額に対して「一桁の比率(10倍)」を超えるべきではないという憲法上の要請であるデュー・プロセス(法に基づく適正手続きの保障)上プロセス上の制約が確立されました(前出、法務改革研究所(ILR)の調査参照)。 このように、高額な核評決を抑止する傾向は見られますが、一度PL訴訟が提訴されれば、多額の訴訟関連費用の負担、企業ブランドやイメージの棄損、企業価値減少による経営責任といった、企業活動に対する重要な影響が生じることになるため、依然として米国PL訴訟への留意は必須であると思われます。なお、日本では、民事事件の加害者に懲罰的損害賠償を課すことは公の秩序を乱すとして否定的であり、懲罰的損害賠償の法制度は存在しません。また、米国裁判所が日本企業に対して懲罰的損害賠償金の支払を命じた判決の日本における執行は日本の裁判所では認められないとする最高裁判例(最高裁判所平成9年7月11日判決(民集51巻6号2573頁) )
も存在します。
Ⅱ. PL法対策の留意点
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製品安全対策と社内体制の整備
製品安全対策(製品の安全性にかかるポリシーの策定や品質管理体制の構築等)の徹底や事故の未然防止を行うことはもちろん、設計上、製造上および使用者への警告・表示上、常に最善を尽くしているというデータと、その社内体制記録を常に整備し、できれば当該製品の事業所に ISO-9000シリーズの認証を取得しておくことが望ましいと考えられます。万が一、販売開始後に製品の不具合等が発見された場合には、消費者(使用者)に対する警告のアナウンスやリコール(無償回収・修理)等、十分かつ迅速な措置を講じることができるよう、社内の危機管理体制を整備しておくことが重要となります。
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海外PL保険の付保
米国PL訴訟は賠償額が莫大になりがちであり、企業経営に大きな影響を及ぼすため、日本と比較して、PL保険によるリスクヘッジがより重要と考えられています。PL保険付保の方法は、PL訴訟に経験深い米国保険会社と提携している本邦損保会社に付保するか、米国輸入業者と協議のうえ、当該輸入業者との契約上の定めに基づき米国保険会社に共同付保することが考えられます。また、万一米国の裁判所から訴状が届いた場合は直ちに保険会社にその書類を提示して対策を検討することが肝要です。保険会社への速やかな通知を怠った場合、訴訟への対応が遅れるうえ、保険会社から保険による対応を拒絶されるリスクがあります。
その際、保険会社では、以下を代行します。- 現地の弁護士の選定
- 訴状の内容を検討し受けて立つか否かの検討及び答弁書提出の準備
- 関連調査、和解交渉等
米国向けの場合は、他国向けに比較して保険料が高額になりますが、訴訟を受ける可能性が全くない場合を除き、経験豊富な保険会社へのPL保険付保が望ましいといえます。
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契約条項の取り決め
製品の製造業者等がPL訴訟によるリスクを軽減させる方策として、取引当事者間の協議によって、製品の販売契約等に、例えば、以下のような条項を設けることが考えられます。ただし、取引当事者間の力関係によっては、これらの条項を利用できないことも十分に考えられます。また、当該条項は取引当事者間(売主・買主間)では有効であっても被害者(当該製品の使用により損害を被った第三者)には対抗できないことに注意が必要です。
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買主の補償責任
製造業者等としては、卸売業者等との間の販売契約において、以下のような補償条項を設けることによって、被害者からPL訴訟を提起された場合の損失等を卸売業者等(買主)に転嫁することができます。
“Buyer shall defend, indemnify and hold Seller harmless from and against any and all claims, loss, damages, liabilities (including settlements entered into in good faith), costs, and expenses (including reasonable attorneys' fees) incurred by Seller in connection with personal injury (including death) or damage to property caused by a defect in the Product.”
仮訳「買主は、本契約品の欠陥に起因する人身傷害(死亡を含む)又は財産的損害に関連する全ての請求について売主を防御し、売主が被った損失、損害、責任(誠実になされた和解を含む)、費用及び支出(合理的な弁護士費用を含む)を補償し、売主に一切の損失を与えない。」
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売主による保証の制限・免責
製造業者等としては、卸売業者等との間の販売契約において、以下のような保証の制限・免責条項を設けることによって、卸売業者等(買主)が被害者からPL訴訟を提起され損失等を被った場合の、卸売業者等(買主)から製造業者等への責任追及を回避することができます。
“Seller warrants to Buyer that the Product will materially conform to the specifications set forth in Exhibit.
EXCEPT FOR THE WARRANTY SET FORTH ABOVE, SELLER MAKES NO WARRANTY WHATSOEVER WITH RESPECT TO THE PRODUCT, INCLUDING ANY (A) WARRANTY OF MERCHANTABILITY; OR (B) WARRANTY OF FITNESS FOR A PARTICULAR PURPOSE; WHETHER ARISING BY LAW, COURSE OF DEALING, COURSE OF PERFORMANCE, USAGE OF TRADE OR OTHERWISE.”
仮訳「売主は、買主に対し、本契約品が、重要な点において、添付書類記載の仕様に合致することを保証する。
上記を除き、売主は、本契約品について、法律、取引の過程、履行の過程、取引慣習等に基づくか否かにかかわらず、本契約品の(A)商品性又は(B)特定目的への適合性にかかる保証を含む一切の保証責任を負わないものとする。」
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買主の補償責任
※本資料は、ジェトロの委託を受けた森・濱田松本法律事務所が2017年に作成し、その後に委託を受けたTMI総合法律事務所がI.のセクションのみ2025年に更新しましたが、いずれの記載も、ジェトロ、森・濱田松本法律事務所およびTMI総合法律事務所による法的な見解・助言でないことをあらかじめご了承願います。実際のビジネスに当たっては、本資料のみに依拠せず、個別の状況に応じて別途専門家から助言を受けてください。
関係機関
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U.S. Chamber of Commerce
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U.S. Chamber of Commerce Institute for Legal Reform (IRL)
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U.S. Consumer Product Safety Commission(CPSC)
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アメリカ不法行為改革協会(The American Tort Reform Association: ATRA)
参考資料・情報
- U.S. Consumer Product Safety Commission(CPSC):
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U.S. 連邦法(Consumer Product Safety Act 1972)
(568KB)
【注】これはPL法ではなく、リスクの高い消費者製品を規制する目的の消費者製品安全法です。
調査時点:2017年2月
最終更新:2025年11月
記事番号: A-000951
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