労働省、職場の新型インフルエンザ予防プラン策定を要請

(メキシコ)

メキシコ発

2009年05月13日

労働社会福祉省は5月10日、全国の雇用者に対し、職場の感染予防プランを策定するよう要請した。各企業は5月8日に労働安全衛生国家諮問委員会(COCONASHT)が承認した「職場でのインフルエンザ対策緊急プランの導入に向けた提言ガイド」を参考に、WHOの警戒フェーズと各職場の感染リスクに応じた感染予防・抑制プランを策定し、実行する義務がある。義務を怠った場合、当局により罰金が科される可能性がある。

<プラン策定は雇用者の義務>
「職場でのインフルエンザ対策緊急プランの導入に向けた提言ガイド」(以下「提言ガイド」)は、労働社会福祉省が原案を作成し、政府、雇用者、労働者(労働組合)の代表で構成するCOCONASHTが5月8日に承認した。各職場でインフルエンザ対策プランを策定する際に参考となる指針だ。

「労働安全・衛生・環境に関する連邦規則」の第130条は、労働者100人以上の職場の雇用者は、職場の安全・衛生状況を診断し、活動内容や生産プロセスなどに応じた安全・衛生規格の内容を満たす安全・衛生プログラムを文書で定めなければならないと規定している。

労働者100人未満の場合は、プログラムを策定する必要はないが、各職場の活動内容に応じた安全や衛生に関する一般的予防措置、個別の問題に対する予防措置のリストを雇用者が策定する義務を負う。

また、同規則144条は「雇用者が健康予防プログラムと職場での医療・安全・衛生サービスを提供し、労使の代表からなる安全・衛生・研修・訓練などの委員会の活動をコーディネート、監視する義務を負う」と定めている。労働社会福祉省はこの条文を基に、第130条に規定される自社の健康予防プログラムの中に、インフルエンザ感染予防・抑制プランを導入することを雇用者に義務付けている(労働社会福祉省プレスリリース5月10日)。

「提言ガイド」では、職場における意思決定と緊急プランの導入に際する基本原則として、以下の6点に配慮するよう提言している。

(1)参加:対策の立案や導入に労使が積極的に参加する
(2)透明性:情報の適時性・透明性を高め、リスクの過大・過少評価を避ける
(3)配慮:生命の安全と健康が保障された環境で働けるよう労働者に配慮する
(4)差別の禁止:健康状態によって労働者を差別しない
(5)情報交換・協力:当局、雇用者、労働者の間で密接な情報交換と協力を行う
(6)継続性:大きなリスクが去った後も健康促進・予防プログラムを継続する

<職場をリスクに応じて4分類>
労働社会福祉省が採用を求めているのは画一的な予防・対策プランではなく、各職場に応じた自らの予防・対策プランである。そのため、「提言ガイド」では、インフルエンザ感染リスクの高低に応じて職業を以下のように4分類し、リスクに応じたプラン策定を提案している。

(1)最高リスク:感染が疑われる呼吸器系疾患患者を直接診察・治療する医師、看護婦、歯医者、ウイルス研究・試験所の職員

(2)高リスク:感染が疑われる患者の病室に入る医師・看護婦・病院スタッフ、感染者を運ぶ可能性のある救急車の医療スタッフ、解剖医・死体安置所スタッフ・葬儀屋職員、救急車の運転手、担架運搬スタッフ、病室の給食・補給担当

(3)中リスク:一般市民、学童、不特定の顧客などに接する機会が多い職業。例えば、食料・日用品店、スーパー、百貨店、ガソリンスタンド、レストラン、行政機関、治安機関、ホテル、教育機関、研究機関、文化センター、金融機関、家内サービス、娯楽サービス、航空輸送、海上輸送、陸上旅客輸送

(4)低リスク:(1)〜(3)に分類されない職業

日系進出企業の大半は「低リスク」に分類されるが、金融機関やホテル、航空輸送、レストランなど一部の企業は「中リスク」に分類される。

<警戒フェーズごとのプランを提案>
「提言ガイド」はリスク分類に応じた対策に加え、WHOの警戒水準(フェーズ)に応じたプラン策定を提案している。行動計画指針(対策の例示)はフェーズ2まではすべてのリスク分類で同じだが、フェーズ3以降はリスク分類に応じて対策内容に濃淡を付けている。

フェーズ1と2では、新型インフルエンザのパンデミック(世界的流行)に備え、労働者の感染リスクを最小限に抑えるため、労働者に対し、顕在化しているリスクや潜在的なリスクなど感染リスクに関する情報や予防に有効な手段などについて情報提供する。

フェーズ3では、危機に備えるための各種情報提供に加え、労働者に対する研修の実施、手洗い、照明、換気、清掃などの予防措置の導入、労働者保護のための用具の整備・殺菌などが行われる。リスク分類による違いは、主に研修内容と労働者保護のための用具で、高リスク以上はマスクや使い捨て手袋の支給と着用を提案している。

フェーズ4では、予防措置の内容が拡充されるほか、労働者の間に感染したと思われる症状が出た場合、あるいは感染者が特定された場合に行われる労働者の保護措置が加わる。また、労働者間の接触を最小限にする対策や労働時間・場所の柔軟化などの一時的措置が導入される。さらに職場における緊急プラン実施の確認や衛生・安全環境の確認のための監視作業が追加される。

リスク分類による違いとしては、今まで高リスク以上だったマスク支給・着用が中リスク以上となるほか、a.施設入口で労働者や顧客などの症状有無の検査(フィルター措置)が行われること(中リスク以上)、b.労働者間に2.25メートルの間隔を開ける一時的措置が採られること(中リスク以上)、c.就労時間の改編、時差通勤の実施(中リスク以上)、d.遅刻や欠勤に対する配慮が行われること(中リスクのみ)、などの対策が列挙されている。

フェーズ5では、すべてのリスク分類で、a.施設入口でのフィルター措置、b.労働者間に2.25メートルの間隔を開けること、c.就労時間の改編、d.遅刻・欠勤に対する配慮、などを行い、中リスク以上の職場では、せきやくしゃみなどの飛沫(ひまつ)から労働者を保護するための遮断壁・ガラス・幕などを設けること、を挙げている。

また、この段階からは、最小限の人員で操業したり、一時的・部分的な操業停止を行ったり、症状は出ていないが感染者との接触があった労働者を隔離するような措置を当局の指示があった場合に行うことなどを盛り込んでいる。

フェーズ6では、労働者に対する保護措置が強化され、低リスクの企業でもマスクの支給・着用が求められる。ただし、低リスク企業では、使い捨て手袋の支給・着用や飛沫から労働者を保護する遮断壁・ガラス・幕などの設置までは求めていない。

各フェーズの行動指針の詳細は、労働社会福祉省のウェブサイト(PDF)に掲載されている「提言ガイド」14〜38ページを参照。

<義務不履行には罰金も>
今回作成された「提言ガイド」は、各職場が導入すべき感染予防・抑制プランの案を示したもので、必ずしもこのとおりにプランを作成する必要があるわけではない。各職場のリスク状況に応じて変更することは可能だ。

また、今回のインフルエンザの場合、WHOが国際的な感染状況をみてフェーズを6に引き上げても、国内の対策が大きく変わる可能性は低い。フェーズ5と同様の予防・抑制策をフェーズ6でも続けることが適切と判断される可能性もある。行政当局の指示に従いある程度対策を変える必要も生じるだろう。

対策内容にある程度柔軟性を持たせることが許されているとはいえ、雇用者は労働安全・衛生・環境に関する連邦規則の第130条に基づき、職場の安全・衛生プログラムを策定する義務を負い、同144条に基づきインフルエンザ感染対策プランを職場の安全・衛生プログラムの一部として導入し、実行する義務を負う。従って、当局の査察を受けた場合に罰せられないためには、何らかの対策プランを整備しておくことが必要だ。

上記130条の義務を怠った(安全・衛生プログラムもしくは安全・衛生対策リストが全く整備されていない)場合、最高で最低賃金の210倍(メキシコ市の場合1万1,508ペソ、1ペソ=約7.3円)の罰金が科される。また、144条の義務を怠った(企業の安全・衛生プログラムの中にインフルエンザ感染対策が全く含まれていない)場合、最高で最低賃金の105倍(メキシコ市の場合5,754ペソ)の罰金が科される。

なお、職場の衛生管理や予防対策に著しく欠陥がある場合は、労働省による罰金のほか、保健省のより高額な罰金が科される可能性がある。

保健法147条は、「保健省が重度の感染症が発生していると判断する地域およびその周辺地地域において、行政当局、軍隊、個人(民間部門)は、衛生当局と協力して疾病対策に当たる義務を負う」と規定している。

保健省は5月3日付で職場やレストラン、娯楽施設など5つの活動分野で新型インフルエンザ感染対策用の衛生管理指針を発表し、衛生管理と予防措置の徹底を呼びかけている。職場の衛生管理が著しく欠如しており、147条に違反する(衛生当局に協力していない)とみなされた場合、最高で最低賃金の6,000倍(メキシコ市の場合32万8,000ペソ)の罰金が科される可能性がある。

(中畑貴雄)

(メキシコ)

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