インフルエンザ被害で174億ペソの企業支援策−産業界は実効性が不十分と不満−

(メキシコ)

メキシコ発

2009年05月08日

大蔵公債省は5月5日、新型インフルエンザ感染拡大で大きな被害を受けた観光産業など民間企業に対して総額174億ペソ(約1,300億円)の支援策を発表した。すべての企業を対象に社会保険負担金を軽減するほか、観光産業や養豚業界など特定産業への支援を行う。これに対して産業界は、支援内容が不十分だと不満の声を上げている。

<全企業の社会保険負担を一時的に削減>
政府の経済支援策の主な内容は以下のとおり。被害が大きい観光産業や養豚・豚肉業界への支援が目立つ。

(1)年金を除く社会保険料の雇用者負担金を20%削減(5〜6月)
(2)企業単一税(IETU)の過払い分の法人所得税(ISR)予納からの控除(2009年中)
(3)州政府がホテル、レストラン、娯楽産業の給与税(州税)を免税することに対する連邦政府からの財源(25%)補填(5〜7月)
(4)州政府による宿泊税(州税)免税措置に対する連邦予算からの財源(25%)補填(5〜7月)
(5)航空会社に対するメキシコ領空航行サービス機構(SENEAM)手数料の50%削減(4〜6月)
(6)国際旅客クルーズ船に対する港湾管理局手数料と特別入国管理サービス手数料の50%削減(5〜7月)
(7)観光振興基金の創設
(8)被害企業の債務返済に対するメキシコ銀行協会(ABM)の特別な配慮
(9)国立開発銀行(NAFIN)による被害企業に対する融資保証の拡大(政府による10億ペソの再保証)
(10)国立貿易銀行(BANCOMEXT)による観光業界の既存債務のリスケジュールおよび最も被害を受けた地域のホテル業の運転資本借り入れに対する75%までの融資保証
(11)BANCOMEXTによる航空業界への融資および融資保証の拡大(政府による10億ペソの融資保証)
(12)農村開発銀行(Financiera Rural)と農業信託基金(FIRA)による養豚業者、豚肉処理業者の債務再編、同分野への融資拡大(政府による2億ペソの再保証)
(13)農村開発銀行、農業信託基金、農牧省、全国農業食糧衛生無害性品質サービス機構(SENASICA)による豚肉消費の安全性についての普及啓発

(1)については、年金関連の負担金は除外されており、労災保険、健康保険、身体障害・生命保険、保育手当・社会給付掛け金の雇用者負担が5月と6月に限り、20%軽減される。ただし、軽減額は1企業当たり3万5,000ペソが上限。大蔵公債省は、軽減額の上限を超えるため削減率20%を完全に享受できないのは全体の5%に相当する大企業と説明している。

(2)については、毎年確定申告時に認められているIETU過払い分のISRからの控除を、09年に限り、予納の段階で認めるというもの。企業のキャッシュフローを支援するのが目的で、厳密にいえば減税措置ではない。

(3)と(4)は、州政府が5〜7月に免税を行うことが前提となる。州政府が連邦政府の呼びかけに応じて免税を行った場合、それによる税収減の25%を連邦政府が負担する。なお、給与税は、企業が雇用する従業員の給与総額に対して課税される州税で、大半の州が2%を採用している。宿泊税は、旅行者がホテルなどに宿泊する際に付加価値税(IVA、連邦税、15%)とは別途課される州税で、こちらも大半の州が2%を採用している。

(5)および(6)は特定業界に対する支援策で、大きな打撃を受けた観光業を支援するために、政府が管理する手数料を削減し、関連企業の運営コストを引き下げることで観光業界が値下げプロモーションなどを実施しやすい環境を整える。

(7)は、政府が2億ペソを投じて観光振興基金を創設し、政府独自の観光プロモーションを行うほか、当該州政府との共同で特定地域の観光プロモーションを行う。

(8)〜(12)は、政府系開発銀行を中心とする金融機関を通じた金融支援だが、連邦政府も再保証の枠組みを通じて合計22億ペソを負担する。

<税収減を補う増税措置は採用せず>
大蔵公債省は、今回の新型インフルエンザ感染の拡大が国内経済に与える被害額を、GDPの0.3〜0.5%と見込んでいる。影響は第2四半期に大きく表れ、第3四半期には回復すると見込んでいる。大蔵公債省はその理由として、自然災害とは異なり今回の災害では生産インフラが破壊されていないため、回復は需要拡大だけに依存することを挙げている。つまり、消費者や旅行者の信用が回復するにつれ需要が回復することで、落ち込んだ経済活動も回復するとみている。

大蔵公債省は09年のGDPが0.5%縮小することで、税収が100億ペソ減少すると見込んでいる。しかし、この税収減は09年限りの一時的なもののため、税収減を補うための特別な歳入拡大措置は講じない。また、税収減により経済の自動安定化機能が働くことを見込んでいる〔大蔵公債省(SHCP)プレスリリース5月5日〕。従って、この税収減部分も今回の支援対策経費の一部として計上している。

今回の支援対策予算を内容別にまとめると表のようになる。連邦政府の支出総額は174億ペソだが、州政府が給与税や宿泊税の減税措置を採用した場合、支援総額は188億ペソとなる。

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<産業界は一歩踏み込んだ減税措置を要求>
産業界は今回の支援策について、不十分ととらえているようだ。特に減税措置について、より実効性のある措置を望んでいる。

産業界は、以前から納税額の算出方法が異なる法人所得税(ISR)と企業単一税(IETU)が併存する現状に不満を感じており、企業の管理コスト削減の観点から1つの税金に一本化するよう求めていた。また、深刻な不況時に17.0%(10年からは17.5%)のIETU税率は高すぎるとして、08年時点の16.5%に据え置くことを求めていた。

今回の支援策ではこれらの措置は講じられなかった。支援策(2)により、09年中はIETUの過払い分を法人所得税の予納額から控除することができるようになるが、これは確定申告時(翌年の3月末まで)に認められている措置の前倒しにすぎず、キャッシュフローの改善にはつながるが、抜本的な税負担軽減にはつながらない。

メキシコ経営者連合会(COPARMEX)のリカルド・ゴンサレス・サダ会長は、IETUについて、労働者に支払う給与をIETU税額からの税額控除対象ではなく、課税ベースからの控除費目に変更すること、もしくは現在IETU税額からの控除が認められていない現物支給形態などによるフリンジ・ベネフィットを税額控除の対象に含めることを求めている(「エル・エコノミスタ」紙5月6日)。

現在のIETU法では、IETU支払額を算出する上で人件費は課税ベースからの控除費目として認められておらず、人件費のうち給与労働者の課税所得額にIETU税率(09年は17.0%)を乗じた額をIETU税額から控除するかたちをとっている(2007年9月21日記事参照)。従って、現物支給などの形態で支給するフリンジ・ベネフィット(課税所得額とはみなされない)は、IETU課税ベースからも税額からも控除が認められない。

社会保険の雇用者負担軽減についても不十分とみなされている。メキシコ・ホテル・モーテル協会のラファエル・アルメンダリス会長は「20%軽減は(5月と6月の)2ヵ月間しか適用されないが、(新型インフルエンザによる)悪影響は09年いっぱい続くだろう」と適用期間の短さを問題視している(「レフォルマ」紙5月6日)。ゴンサレス・サダCOPARMEX会長も、「軽減率は20%ではなく100%にすべきだ」と語っている(「エコノミスタ」紙5月6日)。

また、給与税や宿泊税の免除については、州政府の判断に任されているため、連邦政府の呼びかけに州政府が応じるかどうかは不明で、今回の措置の実効性を疑う声もある。5月6日時点で、給与税や宿泊税の免除措置を明確なかたちで発表したのは、メキシコ州だけだ。

<観光業界に深刻な影響>
メキシコ市商業・サービス・観光会議所(CANACO)によると、メキシコ市の商業・サービス・観光業の売上高は、4月23日の新型インフルエンザ感染拡大に対する特別警戒措置の発表以降、5月4日までに35.2%減少し、79億8,700万ペソの損失が出ている(CANACOプレスリリース5月5日)。

分野別にみると、書店が65%減、娯楽施設が80%減、食品・飲料・たばこ卸売業が45%減、旅行代理店が25%減、ホテルが80%減、レンタカーが35%減、観光輸送業が30%減、ペット・贈答品・民芸品販売業が33%減となっている。また、メキシコ旅行代理店協会連邦区支部によると、同期間の旅行手配は95%がキャンセルとなり、1,000万ドルの損害が発生している。

CANACOは政府が支援策を講じたことを評価しているが、「観光プロモーションをより積極的に行い、メキシコに対する信頼を回復し、外国人旅行者にメキシコを選択することを促す必要がある」と政府の一層の努力を求めている。

また、中小企業に対する緊急融資が速やかに実施され、中小企業が利用しやすい融資条件となることを望んでいる。CANACOのアルトゥーロ・メンディクチ会頭は「融資は低金利ではなく無利子が望ましい。融資を受けるために長期間待つような事態が起きないことを望む」と語っている(「レフォルマ」紙5月6日)。

メキシコ有数の観光地であるカンクンやリビエラ・マヤがあるキンタナ・ロー州も、観光客の減少に苦しんでいる。同州のフェリックス・ゴンサレス知事によると、通常の5月には1日当たり6,000人の国内観光客が訪れるが、09年は3,500人程度に減少している。外国からの旅行者はより深刻で、カンクン国際空港に空路で入国する観光客は、通常の1日当たり2万人から、09年には2,000〜3,000人に落ち込んでいるという。

ゴンサレス知事は5月4日に実施された全国の州知事とカルデロン大統領の会合で、観光業への支援策を大統領に要請しており、5日に発表されたクルーズ船寄港に際する手数料の削減などはこの要請に応えたものだ。ただし、各種手数料の削減を行うだけでは不十分で、信頼を回復しない限りは外国旅行者は戻ってこないという意見もあり、観光業の本格的な回復には時間がかかりそうだ。

(中畑貴雄)

(メキシコ)

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