パキスタンの貿易投資年報
要旨・ポイント
- 経済は緩やかな回復基調。2024/25年度の実質GDP成長率は2.7%。
- 外貨準備高は輸入支払債務の2.9カ月分まで戻す。
- インフレは落ち着きを取り戻す中、政策金利は高止まりの慎重姿勢。
- 景気の回復が輸入と貿易赤字の増加を招く構造的な課題が浮き彫りに。
- 対内直接投資は微増。中国の存在感が鮮明に。日本からの投資は低調に推移。
公開日:2025年12月17日
マクロ経済
緩やかな回復基調を維持、インフレ抑制と経済成長の両面に成果
2024/2025年度(2024年7月~2025年6月)のパキスタン経済は緩やかな回復基調を維持し、インフレも落ち着いて、景況感は明るい兆しを示した。マクロ経済や財政状況が安定した背景には、IMFからの追加融資プログラム決定による財務状況の改善、外貨準備高の回復、郷里送金の増加、緊縮財政による高インフレ率からの脱却がある。
2024/2025年度の動きを見ると、パキスタン・ルピーは通貨安傾向ながらも1ドル=280ルピー前後で安定して推移した。インフレの落ち着きとともに政策金利は徐々に引き下げられ、経済は緩やかな回復基調を維持した。2024/2025年度の実質GDP成長率は、前年度の2.5%から2.7%と微増し、プラス成長を維持した。2022/2023年度には、輸入急増と外貨準備高の逼迫により、信用状の開設や送金の一時的な停止、政府の輸入制限策などが実施された。これにより、特に自動車関連の日系企業は部品の輸入が滞り、工場操業を一時停止せざるを得なくなった。2022年に発効した輸入制限が2023年後半には撤廃されたものの、一連の施策の結果、同年度は経済活動の停滞から実質GDP成長率はマイナス0.2%となった。翌2023/2024年度は、前年度のマイナス成長の反動で、GDP成長率は2.5%とプラスに転じたものの、通貨価値の下落と高インフレ率は続いた。2024/2025年度に入ると、インフレ率が1桁台に落ち着き消費者の購買力が改善したこと、政策金利が2025年5月には11%まで引き下げられたこと、製造業や流通業が回復したこと、政治的安定が予見され投資家の信頼が回復してきたことなど、諸問題が解消に向かい景況感を押し上げた。
IMFは2024年9月、パキスタンへの53億2,000万SDR(約70億ドル)の追加融資プログラム〔拡大信用供与措置(EFF)、期間37カ月〕を承認し、第1弾として約10億ドルの即時融資を実施した。パキスタン政府は2024年4月に30億ドルのつなぎ融資が終了して以降、IMFと新たな融資プログラムについて協議を進めていた。政府は歳入増に向けた財政改革、徴税強化、関税合理化などの改革を推し進めることを条件に、IMFから追加融資プログラムを獲得した。2025年2月から3月にかけて、この追加融資に係るIMFの第1回レビューチームがパキスタンを訪問、「シャバズ・シャリフ政権はインフレを抑制しながら経済成長を達成している」との評価を得て、5月には第2弾となる約10億ドルの融資を受けた。同時に、政府がIMFに支援を要請していた、自然災害や異常気象に対する経済の強靱(きょうじん)化を目的とした〔強靭性・持続可能性ファシリティー(RSF)〕下での約14億ドルの支援が承認された。
パキスタン政府はIMFの追加融資を足がかりに、財政・金融政策の強化や税基盤の強化・拡大、国営企業の管理改善などを推し進めてきた。特に税基盤の強化・拡大については、連邦レベルで個人所得税・法人所得税の徴税や、州レベルでのサービス関連税・各種所得税の徴税強化を織り交ぜながら、GDP比の税収割合を8%台から10%台に引き上げた。ムハンマド・オーラングゼーブ財務・歳入相は、今後も徴税強化を進め、これまで手付かずの領域であった農業所得からの徴税は2025年7月から開始すると言及した。ただし12月時点で徴税は開始されておらず保留されている。
外貨準備高は期中平均で2022/2023年度には44億ドル台まで落ち込んだが、2024/2025年度には144億ドル台と、輸入月額債務の約3カ月分まで回復した。要因としては、IMFの大型追加融資に加え、海外出稼ぎ労働者からの郷里送金も大きく寄与したことがある。2024/2025年度の郷里送金は、前年度比26.6%増の383億ドルに達した。郷里送金の増加は、新型コロナ禍期間に現金持ち込みができず電子送金せざるを得なくなったことと、非公式レートと実勢レートの乖離(かいり)が減少したことも遠因とされる。パキスタン経済が本格的な回復基調に乗ったことは、民間格付け企業の評価にも表れた。フィッチ・レーティングスは2025年4月、パキスタンの格付けを「CCC+」から「B-」に引き上げ、パキスタン経済の見通しは安定的と評価した。
2024/2025年度に経済の落ち着きを実感できた主要因は、インフレの沈静化だった。2023年5月にインフレ率が38.0%まで急騰したことを受け、パキスタン中央銀行(SBP)は2023年7月の金融政策会合で政策金利を22%まで引き上げ、緊縮財政を敷いた。これによりインフレ率は2023年後半から2024年にかけて急激に下がり、2024年8月の段階で1桁台まで下がった後も低下し続け、2025年4月には0.3%と史上最低を記録した。SBPはインフレ率の低下に準じて段階的に政策金利を引き下げ、2025年5月には11%とした。これに対し経済界からは、「政策金利の引き下げ幅は不十分であり、より大胆な引き下げが必要」との声があがった。SBPは、「短期的には世界的な物価上昇圧力や主要国の保護主義的な政策を背景に、今後の国内物価動向も不透明で余談を許さない状況」として慎重な姿勢を示した。これを受け、2025年5月から12月前半まで政策金利は11%を維持していたが、SBPは12月15日時点で0.5ポイント引き下げ10.5%とすると発表した。
貿易
景気回復にともない、輸入と貿易赤字が拡大
2024/2025年度の貿易(中央銀行発表ベース)は、輸出が323億300万ドル(前年度比4.3%増)と小幅な伸びを見せる中、輸入は590億8,800万ドル(11.2%増)と拡大し、貿易赤字は267億8,500万ドル(20.8%増)と大きく膨らんだ。2022/2023年度は外貨準備高逼迫を背景に、政府は厳しい規制を敷き輸入を抑制したが、2023/2024年度には輸入が解禁され、外貨準備高の回復や郷里送金の増加を背景に消費が徐々に戻り、輸入を押し上げた。2024/2025年度は、前年度の回復傾向に拍車がかかり、輸入はさらに増加した。
2024/2025年度の輸出を品目別に見ると、繊維製品が輸出全体の53.4%を占めた。綿関連製品が減少(綿布は前年度比3.2%減、綿糸は34.7%減)したものの、その他既製服やニットウェアなどは2桁台の伸びを示し、繊維製品全体では5.8%増となった。パキスタンはかねてより綿花の一大産地で、過去には世界3位の生産量を誇っていたが、2024年は6位となっている。パキスタンでは綿花の収穫のほぼ全てが労働者による手摘みで行われるため、1ヘクタールあたりの収穫効率が中国、インド、米国、ブラジル、ウズベキスタンなど他国に比して低い。またパキスタン産の綿は繊維の長さが中位で太いため、デニムやシャツなどの製造には適するが、一部のハイブランドシャツなどに使われる細い繊維の綿素材には適さない。国内生産で賄えない綿の不足分の多くは、米国やブラジルからの輸入に頼っており、2024/2025年度には初めて、原綿・綿糸など綿製品の輸入量が国内の綿製品の生産量を上回った。
食品輸出では、コメが前年度比20.3%の大幅減となった。これはインドの白米輸出禁止が2024年9月に解禁された影響によるものである。インドは2023年7月に、自国のコメ価格安定化のため白米(バスマティ米以外)の輸出を全面禁止した。これを受けてアフリカ諸国や湾岸諸国など、これまでインドからコメを輸入していた国が、新たにパキスタン産米の輸入を開始したことで、2023/2024年度はコメ輸出が前年度比74.8%と大幅に上昇した。しかしインドが2024年9月末に輸出を再開したことで揺り戻しがあり、パキスタン米の輸出減少につながった。インドのコメ輸出策の変化によって、パキスタンは輸出に大きな影響を受けただけでなく、国内のコメ市場価格も変動した。地場生産者によると、2023年末から2024年前半にかけて40キログラムあたり4,000ルピーの高値をつけたコメが、輸出が減少した2025年には2,000~2,300ルピーまで落ち込んだ。
パキスタンの貿易では例年、繊維製品が輸出全体の5~6割を占める。このため、新型コロナ禍で欧米諸国の既製服市場が大幅縮小した際には輸出額が急減し、以降の外貨準備高不足の主因となった。この経験からパキスタン政府は、繊維製品のみに偏らない輸出品目の多角化を目指しており、農作物輸出の強化を優先施策のひとつとしている。政府は農業の近代化、機械化を推し進めるにあたり、日本企業の技術や機械を活用したいと要望しており、今後日本企業にとって農業分野でパキスタン企業とのさまざまなビジネス機会が考えられる。なお中国の農業・綿花研究機関らは、2025年4月に綿の収穫量向上や品種改良に係る研究開発でパキスタンと協力覚書を締結し、既に農業分野で具体的な協業が始まっている。
2024/2025年度の輸入を品目別に見ると、石油・同製品が150億400万ドルで輸入全体の25.4%を占め、化学製品(農業用含む)(91億8,800万ドル、構成比15.5%)、携帯電話や家電製品を含む機械・機器(85億8,500万ドル、14.5%)、食品(76億6,000万ドル、13.0%)がこれに続いた。食品ではパーム油が33億7,000万ドルで前年度比25.7%の伸びを見せたほか、繊維・同製品では原綿の輸入が77.5%と高い伸び率を示し、前述のとおり綿の輸入量が国内生産量を上回った。パーム油は菓子製造や地場料理に多く消費され、国内で消費される食用油の75%を占めている。大半を、インドネシアとマレーシアからの輸入に依存している。これら2カ国は、世界のパーム油の8割以上を生産しており安定供給が見込めるうえ、地理的近接性から他国に比して輸送コストが抑えられている。ただし外貨準備高の逼迫を受け、貿易赤字縮小のためパーム油の輸入削減も課題のひとつとなっている。現在、パキスタンにおいてパーム油の商業生産は行っていないが、首相直轄機関である特別投資円滑化評議会(SIFC)の傘下にあるグリーン・コーポレート・イニシアチブ(GCI)社が、地場大手の食用油企業を巻き込みながら、自国産パーム油の生産に向けたプロジェクトを立ち上げている。
波紋呼ぶ中古車の商業輸入解禁、米国との相互関税は19%で決着
2024/2025年度の通商政策で特筆すべき事案として、政府は6月に公表した次年度予算案で、2025/2026年度からの中古車の商業輸入開始を発表した。IMFが2025年2月にレビューチームを派遣し、パキスタン政府に対し関税合理化、貿易自由化の推進を求めたことが背景にある。中古車の商業輸入が本格化すれば、パキスタンに生産拠点を設ける日本の自動車メーカーや地場の部品産業が甚大な打撃を受けるため、発表直後からパキスタン自動車工業会(PAMA)やパキスタン自動車部品・アクセサリー製造業者協会(PAAPAM)が本政策に対する反対運動を展開している。政府は、外貨準備高が逼迫して以降、輸入削減と国内産業の育成、輸出強化を進めており、中古車の商業輸入開始は、これまでの政策の方向性と矛盾するところが大きい。政府は、国内自動車産業の反対の声や雇用に与える影響、輸入関税による歳入増、融資条件としてIMFが求める貿易の自由化など、相反するさまざまな利害の観点から、今後本政策をどのように運用するのか注目される。
| 品目 | 2023/24年度 | 2024/25年度 | ||
|---|---|---|---|---|
| 金額 | 金額 | 構成比 | 伸び率 | |
| 繊維製品 | 16,313 | 17,256 | 53.4 | 5.8 |
ニットウエア
|
4,018 | 4,498 | 13.9 | 11.9 |
既製服
|
3,472 | 3,957 | 12.2 | 14.0 |
寝具類
|
2,795 | 3,080 | 9.5 | 10.2 |
綿布
|
1,894 | 1,834 | 5.7 | △ 3.2 |
タオル
|
957 | 1055 | 3.3 | 10.2 |
綿糸
|
1,051 | 686 | 2.1 | △ 34.7 |
| 食品 | 7,095 | 6,315 | 19.5 | △ 11.0 |
コメ
|
3,692 | 2,943 | 9.1 | △ 20.3 |
水産物・同加工品
|
424 | 458 | 1.4 | 8.0 |
食肉
|
522 | 485 | 1.5 | △ 7.1 |
砂糖
|
20 | 396 | 1.2 | 1,880.0 |
| 化学品・医薬品 | 1,423 | 1,450 | 4.5 | 1.9 |
| 革製品 | 606 | 620 | 1.9 | 2.3 |
| スポーツ用品 | 439 | 409 | 1.3 | △ 6.8 |
| 手術用具・医療機器 | 459 | 476 | 1.5 | 3.7 |
| 合計(その他含む) | 30,980 | 32,303 | 100.0 | 4.3 |
〔出所〕パキスタン中央銀行(SBP)
| 品目 | 2023/24年度 | 2024/25年度 | ||
|---|---|---|---|---|
| 金額 | 金額 | 構成比 | 伸び率 | |
| 石油・同製品 | 15,162 | 15,004 | 25.4 | △ 1.0 |
石油製品
|
5,995 | 6,022 | 10.2 | 0.5 |
原油
|
5,094 | 5,266 | 8.9 | 3.4 |
LPGおよびLNG
|
4,071 | 3,715 | 6.3 | △ 8.7 |
| 化学製品(農業用含む) | 8,944 | 9,188 | 15.5 | 2.7 |
| 機械・機器 | 7,407 | 8,585 | 14.5 | 15.9 |
携帯電話・同機器
|
1,896 | 1,993 | 3.4 | 5.1 |
電気機械
|
2,732 | 3,092 | 5.2 | 13.2 |
| 食品 | 7,111 | 7,660 | 13.0 | 7.7 |
パーム油
|
2,681 | 3,370 | 5.7 | 25.7 |
| 金属・同製品 | 4,669 | 5,182 | 8.8 | 11.0 |
鉄・鋼鉄
|
2,195 | 2,427 | 4.1 | 10.6 |
| 繊維・同製品 | 3,887 | 5,784 | 9.8 | 48.8 |
原綿
|
1,278 | 2,269 | 3.8 | 77.5 |
| 輸送機器・同部品 | 1,621 | 2,159 | 3.7 | 33.2 |
自動車(四輪・二輪・バス・部品など)
|
1,366 | 1,978 | 3.3 | 44.8 |
| 合計(その他含む) | 53,157 | 59,088 | 100.0 | 11.2 |
〔出所〕パキスタン中央銀行(SBP)
輸出入を国別で見ると、米国は最大の輸出先国で輸出全体の約2割を占める。主に衣料品など繊維製品や皮革製品がパキスタンから米国に輸出され、2024/2025年度は、米国がパキスタンに対し36億7,700万ドルの貿易赤字を計上している。米国のドナルド・トランプ大統領が2025年4月に相互関税政策を発表し、パキスタンには29%の関税を課すとした直後から、政府は米国に代表団を派遣し、関税率の抑制交渉を続けてきた。交渉においてパキスタン政府は、米国の綿花、小麦、大豆の輸入を増やし、パキスタンの貿易黒字を20億ドル以下に半減することを約束した。交渉の結果、7月にパキスタンの相互関税率は当初より10ポイント低い19%に決定された。実際にパキスタンは5月、米国にとり過去3年で単発取引としては最大量の大豆22万5,000トンの購入を決定し、9月にはさらに18万トンの追加購入を決定するなど、約束を履行している。米国の相互関税に関して地場企業はおおむね、政府が米国との交渉を良好に進めたと評価している。
| 国・地域 | 2023/24年度 | 2024/25年度 | ||
|---|---|---|---|---|
| 金額 | 金額 | 構成比 | 伸び率 | |
| 米国 | 5,444 | 6,028 | 18.7 | 10.7 |
| 中国 | 2,710 | 2,477 | 7.7 | △ 8.6 |
| 英国 | 2,015 | 2,160 | 6.7 | 7.2 |
| アラブ首長国連邦(ドバイのみ) | 1,712 | 1,881 | 5.8 | 9.9 |
| ドイツ | 1,516 | 1,688 | 5.2 | 11.3 |
| オランダ | 1,385 | 1,492 | 4.6 | 7.7 |
| スペイン | 1,450 | 1,483 | 4.6 | 2.3 |
| イタリア | 1,122 | 1,132 | 3.5 | 0.9 |
| バングラデシュ | 661 | 787 | 2.4 | 19.1 |
| 日本 | 184 | 185 | 0.6 | 0.5 |
| 合計(その他含む) | 30,980 | 32,303 | 100.0 | 4.3 |
〔出所〕パキスタン中央銀行(SBP)
| 国・地域 | 2023/24年度 | 2024/25年度 | ||
|---|---|---|---|---|
| 金額 | 金額 | 構成比 | 伸び率 | |
| 中国 | 13,504 | 16,313 | 27.6 | 20.8 |
| アラブ首長国連邦(ドバイのみ) | 5,030 | 6,413 | 10.9 | 27.5 |
| サウジアラビア | 4,493 | 3,754 | 6.4 | △ 16.4 |
| カタール | 3,347 | 3,492 | 5.9 | 4.3 |
| インドネシア | 2,418 | 2,903 | 4.9 | 20.1 |
| 米国 | 1,876 | 2,351 | 4.0 | 25.3 |
| シンガポール | 2,443 | 2,317 | 3.9 | △ 5.2 |
| クウェート | 1,785 | 1,678 | 2.8 | △ 6.0 |
| ブラジル | 358 | 1,242 | 2.1 | 246.9 |
| 日本 | 1,009 | 1,202 | 2.0 | 19.1 |
| 合計(その他含む) | 53,157 | 59,088 | 100.0 | 11.2 |
〔出所〕パキスタン中央銀行(SBP)
対内直接投資
中国の存在感がより鮮明に、インフラ以外の投資も活発化
2024/2025年度の国・地域別の対内直接投資(国際収支ベース、ネット、フロー)は、経済が着実な安定を見せ政治の予見性が増したことを背景に、前年度比4.7%増の24億5,700万ドルと堅調な伸びを示した。2022/2023年度は、イムラン・カーン首相の不信任案可決と政治の混乱、南部の大規模洪水などネガティブな要因が重なり対内投資は低調であった。2023/2024年度は、2022年4月の前政権の退陣に伴うシャバズ・シャリフ新政権の発足を契機に、友好国のアラブ首長国連邦(UAE)とサウジアラビアから、エネルギーやインフラ分野で投資が大きく回復した。2024/2025年度は、さらなるインフレの落ち着き、外貨準備高の回復にともなう各種送金問題の解消、対米ドル自国為替の安定化、シャリフ政権のIMF要請事項の着実な実行と大型融資継続の予見性などポジティブな要因が増え、前年度からの対内投資の増加基調が継続した。投資元の上位3カ国・地域は、中国(12億2,400万ドル、90.3%増)、香港(4億7,000万ドル、2.2倍)、UAE(2億8,300万ドル、2.1倍)となっている。
次に、2024/2025年度の対内直接投資をフローで見ると、流入額は前年度比27.2%増の40億2,660万ドルと拡大した一方、流出額は91.7%増の約15億7,000万ドルに達した。主な流出先は中国向けが4億8,550万ドル、米国向けが7,210万ドル、UAE向けが4,680万ドルなどであった。中東やロシア・ウクライナでの地政学的緊張、米国の相互関税政策などにより世界経済の不確実性が高まる中で、投資がより安全な市場へ再配分される傾向が強まり、パキスタン向け直接投資では流出が増加する結果となった。
対内直接投資(ネット、フロー)の国・地域別の内訳を見ると、中国からの投資が12億2,400万ドル(前年度比90.3%増)で全体の49.8%とほぼ半分を占めている。また2位の香港は、その多くが中国本土から香港経由で投資されているものとみられる。中国と香港を合わせた投資額は全体の7割近くを占め、2024/2025年度の外国直接投資は主に中国により牽引された。中国資本の投資の大部分は、石炭・水力発電プロジェクトや送配電インフラ整備を中心とした電力部門と家電生産に向けられた。日本からの投資に関しては、自動車部品の現地生産拡大に向けた進出日系子会社による投資が目立った。日本は2022/2023年度に国別で5位、2024/2025年度には8位の投資国となっており、自動車のほかエネルギー分野などにも投資している。
また、パキスタンは、中国の「一帯一路」構想下の「中国パキスタン経済回廊計画(CPEC)」を推進している。中国の投融資を活用し港湾開発や道路開発が進められてきたが、2024/2025年度もCPEC関連の投資が継続されているとみられる。
企業活動に影響を与えるグリーンエネルギー政策
シャリフ政権は、グリーンエネルギー経済への移行を目指しており、2030年までに国内電力網の60%を再生可能エネルギーで賄うこと、新車販売の30%を電気自動車(EV) とする目標を設定している。2025/2026年度予算案では、EVへの移行を促すため、内燃機関車に対する新たな課税を発表した。パキスタンで操業する自動車メーカーや消費者からは、急激な政策転換への戸惑いの声が聞かれる。
こうした状況下で、中国のEVメーカーBYDが攻勢をかけている。2025年2月には自社EVのパキスタン向け輸出を開始し、5月にはカラチ中心街に大型ディーラー店舗を開業して、EV販売に乗り出した。BYDはパキスタン政府が推進するグリーンエネルギー政策を追い風に、地域で高まるEVとプラグインハイブリッド車(PHEV)の需要を取り込むために、パキスタン向けの生産投資にも着手している。パキスタン電力会社ハブ・パワーの子会社メガ・モーター・カンパニーとの合弁事業を通じ、ビンカシム港に近いカラチ近郊でノックダウン方式のEV工場を建設中である。BYDの発表によると、輸入部品の組み立てから開始し、リレーハーネスなどの電気系統以外の部品を現地生産するという。パキスタン国内で組み立てた車両は、2026年7月以降に市場投入予定とされる。当初は国内市場向けに車両を生産し、その後は周辺の右ハンドル国(バングラデシュ、スリランカ、オーストラリアなど)への輸出も視野に入れるという。
| 国・地域 | 2023/24年度 | 2024/25年度 | ||
|---|---|---|---|---|
| 金額 | 金額 | 構成比 | 伸び率 | |
| 中国 | 643 | 1,224 | 49.8 | 90.3 |
| 香港 | 212 | 470 | 19.1 | 122.2 |
| アラブ首長国連邦(UAE) | 132 | 283 | 11.5 | 114.3 |
| スイス | 229 | 203 | 8.3 | △ 11.1 |
| 英国 | 239 | 202 | 8.2 | △ 15.6 |
| 韓国 | 16 | 96 | 3.9 | 486.6 |
| マレーシア | 27 | 43 | 1.7 | 57.9 |
| 日本 | △ 5 | 40 | 1.6 | — |
| 米国 | 110 | 35 | 1.4 | △ 68.0 |
| クウェート | 48 | 30 | 1.2 | △ 36.0 |
| 合計(その他含む) | 2,347 | 2,457 | 100.0 | 4.7 |
〔出所〕パキスタン中央銀行(SBP)
| 国・地域 | 2023/24年度 | 2024/25年度 | ||
|---|---|---|---|---|
| 金額 | 金額 | 構成比 | 伸び率 | |
| 電力 | 650 | 1,166 | 47.5 | 79.4 |
石炭
|
96 | 419 | 17.1 | 338.3 |
水力
|
428 | 759 | 30.9 | 77.3 |
| 石油・ガス探査 | 351 | 124 | 5.0 | △ 64.7 |
| 金融 | 626 | 702 | 28.6 | 12.1 |
| 輸送機器 | △ 9 | 56 | 2.3 | — |
| 鉱業 | 103 | △ 152 | △ 6.2 | — |
| 情報通信 | △ 5 | △ 74 | △ 3.0 | — |
IT(注)
|
39 | 57 | 2.3 | 44.7 |
| 貿易 | 49 | 26 | 1.1 | △ 46.0 |
| 電気機械 | 79 | 176 | 7.2 | 124.2 |
| 合計(その他含む) | 2,347 | 2,457 | 100.0 | 4.7 |
〔注〕ソフトウエア・ハードウエア開発およびITサービス
〔出所〕 パキスタン中央銀行(SBP)
対日関係
景気回復に伴い日本製品の輸入増、新たな分野で日本企業に動き
2024年(暦年)の日本とパキスタンの貿易を見ると、日本からパキスタンへの輸出は13億5,700万ドルで、前年の10億3,600万ドルから31.0%増となった。従前からの傾向を引き継ぎ、個人輸入特例スキームでの中古乗用車を含む輸送用機器(構成比37.9%)、鉄鋼(13.0%)、自動車部品(5.1%)などが主な輸出品目となっている。また、日本のパキスタンからの輸入は2億3,900万ドルで、前年とほぼ同程度の規模で推移した。綿糸(11.1%)、クロム鉱(6.7%)、エチルアルコール(5.5%)、魚・甲殻類・貝類(5.2%)などが主要輸入品目となっている。日本から見た貿易収支は11億1,800万ドルの黒字である。2024/2025年度には、パキスタンの総輸入額は前年度の531億5,700万ドルから590億8,800万ドルに11.2%増加したが、パキスタンの経済回復を背景とした輸入拡大が日本からの輸出も押し上げた。
2024/2025年度の日本の対パキスタン直接投資は、国別ランクで8位となった。日本からパキスタンへの投資額はネットで4,000万ドルの流入超となった。前年度のマイナス500万ドルの引き揚げ超過から大きく転換した。
2025年8月時点のパキスタンの進出日系企業数は68社(ジェトロ調べ)となっている。二輪・四輪メーカーが現地でノックダウン生産を行い、関連企業が部品などを供給している。そのほか総合・専門商社、繊維関連、物流、金融、食品関連企業などが進出している。パキスタンの今後の市場拡大を見込み、日系企業の多くは内需志向型である。ジェトロの「2024年度海外進出日系企業実態調査アジア・オセアニア編」によると、対象となる20カ国・地域の中で、パキスタンの進出日系企業は「売上高に占める輸出の平均比率」が19.5%と、インド(同18.9%)に次いで低い。同調査では、パキスタン進出日系企業の50%が「輸出率は0%(内販のみ)」と回答している。
2025年4月に米国のトランプ大統領が発表した関税政策を受け、ジェトロ・カラチ事務所は5月、「米国相互関税がパキスタン進出日系企業の事業運営にもたらす影響」のアンケート調査を実施した。前述のとおり進出日系企業の輸出比率が低いことを背景に、回答企業の60%は「米国と直接/間接的に取引がない」、また65%が「米国相互関税政策による自社ビジネスへの影響はない」と回答した。一方で、トランプ関税政策の不確実性から、「今後のことは予見できず、状況を注視するほかない」とする姿勢が浮き彫りとなった。また、自社ビジネスへの影響はないとしつつも、「米中貿易摩擦を背景に、パキスタン国内における中国製品のダンピング輸出が増加し、パキスタン経済に悪影響をもたらす可能性がある」との懸念の声も出ている。
パキスタン政府は、中長期の政策方向性を示した「URAAN Pakistan 」において、気候変動への強靭性強化や温室効果ガスの排出量削減について謳っている。また「New Energy Vehicles Policy 」では、2030年までに新車販売の30%をEVにするほか、化石燃料消費を減らすことで脱炭素化を推進する目標を立て、グリーンエネルギー政策を掲げる。これを背景に、パキスタンの乗用車市場で最大シェアを誇るスズキのパキスタン法人・パックスズキモーター は、2025年4月にパンジャブ州ラホール近郊にて、政府高官らを招いてバイオガスプラント建設の起工式を行った。同プラントは、牛ふんを原料にガスおよび有機肥料を生成する施設であり、生成したバイオガスは化石燃料に代わる自動車燃料に、有機肥料は化学肥料と混合し農産物の生産性向上に活用されるという。
2025年6月にはコマツが、カナダのバリック・マイニング(Barrick Mining Corporation) がパキスタンのバロチスタン州で進めるレコディク銅・金鉱山開発プロジェクト向けに、鉱山機械を提供すると発表した。パキスタンの鉱山開発に日本企業が参画する初めてのケースで、同社はリマニュファクチャリングを行う現地法人を7月に登記した。2025年は大阪万博の視察を目的に、パキスタンから要人やビジネス関係者が多数訪日したが、5月に訪日したカマル・カーン商業相は、日本・パキスタン経済委員会幹部らとの面談で鉱物資源開発事業への日本企業の参画に期待を示した。
基礎的経済指標
| 項目 | 単位 | 2022/23年度 | 2023/24年度 | 2024/25年度 |
|---|---|---|---|---|
| 実質GDP成長率 | (%) | △0.2 | 2.5 | 2.7 |
| 1人当たりGDP | (米ドル) | 1,651 | 1,459 | 1,581 |
| 消費者物価上昇率 | (%) | 29.2 | 23.4 | 4.5 |
| 失業率 | (%) | n.a. | n.a. | n.a. |
| 貿易収支 | (100万米ドル) | △ 24,819 | △ 22,177 | △ 26,786 |
| 経常収支 | (100万米ドル) | △ 3,275 | △2,072 | 2,113 |
| 外貨準備高(グロス) | (100万米ドル、期末値) | 6,159 | 9,443 | 12,977 |
| 対外債務残高(グロス) | (100万米ドル、期末値) | 124,296 | 131,045 | 130,310 |
| 為替レート | (1米ドルにつき、パキスタン・ルピー、期中平均) | 204.9 | 280.4 | 278.6 |
注
年度は7月~翌年6月。対外債務残高の2024/25年度は2025年3月末時点。
貿易収支:国際収支ベース(財のみ)
出所
実質GDP成長率、消費者物価上昇率、失業率:パキスタン統計局(PBS)
貿易収支、経常収支、対外債務残高(グロス):パキスタン中央銀行(SBP)
1人当たりGDP、外貨準備高(グロス)、為替レート:IMF



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