知財判例データベース 特許発明の超分子複合体と水和数が異なる確認対象発明は均等範囲に属さないとした大法院判決
基本情報
- 区分
- 特許
- 判断主体
- 大法院
- 当事者
- 原告 A株式会社 vs 被告 B株式会社
- 事件番号
- 2024フ11590権利範囲確認(特)
- 言い渡し日
- 2026年01月15日
- 事件の経過
- 上告棄却
概要
特許発明は、相違する作用方式を有する2種類の製薬活性剤、即ちサクビトリルとバルサルタンを含む高血圧治療剤に関するものであり、上記2つの活性剤がナトリウムカチオン及び水分子との非共有(non-covalent)相互作用により結合された単一の超分子複合体であることを特徴とする。特許発明はバルサルタン、サクビトリル、ナトリウム、水分子が1:1:3:2.5の比率で含まれ、2.5水和物であるのに対し、確認対象発明はバルサルタン、サクビトリル、ナトリウム、水分子が1:1:3:3の比率で含まれており、3水和物である点において相違する。大法院は、特許発明の課題の解決原理は上記1:1:3:2.5の化学量論的比率で会合して1つの化合物のように挙動する超分子複合体であるため、それと化学量論的比率が異なる確認対象発明は、特許発明と課題の解決原理が同一であると認めることができず、均等範囲に属さないと判断した。
事実関係
原告は「アンジオテンシン受容体拮抗剤及びNEP抑制剤の製薬調合物」を発明の名称とする発明について、2014年8月14日に特許登録を受けた。上記特許発明に対して、被告は原告を相手取って消極的権利範囲確認審判を請求し、特許審判院は被告の審判請求を認容する審決をした。原告は上記審決に対して不服を申し立て、審決取消訴訟を提起した。
特許発明は結晶質形態の化合物として、アンジオテンシン受容体遮断剤のうちバルサルタン、エンドぺプチダーゼ抑制剤のうちサクビトリル、ナトリウムカチオン、水分子が1:1:3:2.5の比率で含まれた超分子複合体に関するものである。確認対象発明は、バルサルタン、サクビトリル、ナトリウム、水分子が1:1:3:3の比率で含まれており3水和物である点において2.5水和物である特許発明と相違する。
具体的に、特許発明の請求項1の該当する構成を被告の確認対象発明と対比すると、下記のとおりである。
| 構成要素 | 特許発明 | 確認対象発明 |
|---|---|---|
| 1 | 結晶質形態の | 結晶質形態の |
| 2 | 三ナトリウム[3-((1S、3R)-1-ビフェニル-4-イルメチル-3-エトキシカルボニル-1-ブチルカルバモイル)プロピオネート-(S)-3’-メチル-2’-(ペンタノイル(2”-(テトラゾール-5-イルレート)ビフェニル-4’-イルメチル)アミノ)ブチレート]ヘミペンタハイドレート化合物。 | 三ナトリウム[3-((1S、3R)-1-ビフェニル-4-イルメチル-3-エトキシカルボニル-1-ブチルカルバモイル)プロピオネート-(S)-3’-メチル-2’-(ペンタノイル(2”-(テトラゾール-5-イルレート)ビフェニル-4’-イルメチル)アミノ)ブチレート]トリヒドレート化合物。 |
サクビトリル:[3-((1S、3R)-1-ビフェニル-4-イルメチル-3-エトキシカルボニル-1-ブチルカルバモイル)プロピオネート
バルサルタン:(S)-3’-メチル-2’-(ペンタノイル(2”-(テトラゾール-5-イルレート)ビフェニル-4’-イルメチル)アミノ)ブチレート
特許法院において、原告は、確認対象発明は特許発明と課題解決原理が同一であり、均等範囲にあると主張した。具体的に、原告は、特許発明はサクビトリルとバルサルタンを含む単一の新規化合物を提供した最初の発明であり、その技術思想の核心はサクビトリルとバルサルタンのアニオン性の形態と金属カチオンの結合にあり、水分子は任意成分に過ぎないと主張した。即ち、原告は、特許発明の本質と技術思想は新規化合物の提供にあって、公知である化合物の新規結晶形ではないところ、確認対象発明は特許発明の技術思想の核心にそのまま従っているため、両発明は課題解決原理が同一であると主張した。
しかし、特許法院は、確認対象発明が特許発明と課題解決原理が互いに異なるとして、確認対象発明は特許発明の権利範囲に属さないと判断した。これに対し、原告は大法院に上告した。
判決内容
大法院は、確認対象発明は特許発明の請求の範囲に記載された構成要素と同一又は均等な構成要素、及びその構成要素間の有機的結合関係をそのまま含んでいないことから、特許権の権利範囲に属さないとして上告を棄却した。
大法院は、均等範囲の判断において、まず課題解決原理の同一性に関連して下記の法理を示した。
「特許法が保護しようとする特許発明の実質的価値は、先行技術において解決されなかった技術課題を特許発明が解決して技術発展に寄与したということにあるため、確認対象発明の変更された構成要素が特許発明の対応する構成要素と均等であるかを判断するときにも、特許発明に特有の課題解決原理を考慮する。そして、特許発明の課題解決原理を把握するとき、発明に関する説明の記載だけでなく出願当時の公知技術等まで参酌するのは、先行技術全体との関係において特許発明が技術発展に寄与した程度に応じて、特許発明の実質的価値を客観的に把握し、それに見合った保護をするためである。したがって、このような先行技術を参酌し、特許発明が技術発展に寄与した程度に応じて特許発明の課題解決原理をどれだけ広く、又は狭く把握するのかを決定しなければならない(大法院2019年1月31日言渡2017フ424判決、大法院2025年5月15日言渡2022フ10746判決等参照)」
続いて、大法院は下記のように事実関係を整理した。
- 特許発明の明細書に記載されている主な内容は、下記のとおりである。
① 多因子疾患である高血圧を治療するために、異なる作用方式を有する薬物がその技術分野において通常組み合わされていたが、有害な副作用を有しない効果的な組合せ療法が要求される実情に応える必要があった。
② 特許発明は、異なる作用方式を有する2種類の製薬活性剤であるアンジオテンシン受容体遮断剤とエンドぺプチダーゼ抑制剤の二重作用化合物が「固有の分子実体」を形成する調合物、特に超分子複合体を提供しようとすることを解決課題としている。
③ 特許発明は、上記課題を解決するために、バルサルタンとサクビトリルの2種類の製薬活性剤が分子部分内で共有結合を有し、各製薬活性剤は互いに非共有相互作用をして生体外では単一の化学物質のように挙動するが、人体に摂取・吸収されると同時に個別の成分であるサクビトリル、バルサルタン、ナトリウムイオン、水分子に分離する性質の超分子複合体を提供することを課題解決の手段として提示している。具体的には、ナトリウムカチオンが結晶体を形成する上で必須の構成要素であり、溶媒である水分子が分子パッキングの一部として結晶格子に捕捉され、超分子複合体形成の安定化に寄与するものと記載している。また、バルサルタン、サクビトリル、ナトリウムカチオン、水分子が各々必須の構成単位として1:1:3:2.5の化学量論的比率で会合して形成された超分子複合体を固有の分子実体として開示している。上記超分子複合体は、上記のような二重作用化合物による2つの薬物の組合せ形態が予期せぬ治療効果を奏し、有害な副作用を有しないのに加え製剤化に有利である。 - ところで、特許発明の明細書には、バルサルタンとサクビトリルが二重作用化合物として超分子複合体を形成する原理が記載されていない。2.5水和物超分子複合体のみが特許発明において実体が確認されたものであるが、上記明細書にその構成要素間の非共有相互作用をすべて説明できる技術的内容は記載されていない。
- 特許発明の出願審査段階で引用された先行発明によれば、特許発明の優先権主張日以前から高血圧性血管疾病を治療するために異なる作用方式の薬物が混合されて使用されてきており、複数の薬物を組み合わせる際に有害な副作用が引き起こされにくい組合せ療法が追求されていたところ、特に、サクビトリルとバルサルタンを併用した結果、予期せぬ治療的効果を奏した事実が特許発明の属する技術分野において公知となっていたことが確認される。ただし、上記先行発明には、バルサルタンとサクビトリルを併用する際、1つの単位投与形態で投与するか又は別個の単位投与形態で組み合わされることが記載されているだけで、特許発明のように2つの化合物が会合して共同結晶体又は単一の超分子複合体を形成することについては記載されていない。
特許発明の優先日以前にも、共結晶体又は超分子複合体は、単一分子化合物どうしが非共有相互作用によって会合する化合物として知られており、結晶質形態の1つとして認識されていた。ただし、特許発明の優先日頃に、共結晶体又は超分子複合体の結晶構造、特に結晶格子におけるパッキング(分子配列)をデザインし又は確実に予測できる水準にまでは到達しておらず、それに伴う物理化学的特性も予測することができなかったため、製薬活性剤に対する固体形態スクリーニング過程を通じて個別の固体形態の実体を確認し、特性評価を通じてその結晶構造等を確認していた。 - 原告は、特許発明の出願過程において、特許庁の審査官から先行技術によって進歩性が否定される旨の拒絶理由通知を受けた。これに対し、原告は「出願発明の化合物は、6個のバルサルタン、6個のサクビトリル、18個のナトリウムイオン及び15個の水分子の結合によって形成されたものである。この超分子複合体は、カリウム、マグネシウム等のイオンではなく、ナトリウム対イオンが存在する場合にのみ形成されるという特徴を有する。出願発明の化合物は“単結晶形”を示し、上記先行技術に比べて優れた特性を有する。」という意見を提出して、出願発明の請求の範囲の化合物形態を結晶質、部分結晶質、無定形、多形形態を含む「固体形態」から「結晶質形態」へと補正した。その後、原告は特許発明を特許として登録を受けた。
- 前述した本特許発明の明細書に記載された発明に関する説明の記載と公知技術等を参酌すると、特許発明が先行技術に比べて技術発展に寄与した部分は、バルサルタンとサクビトリルを超分子複合体として形成した二重作用化合物を提供するという技術課題を解決するために、「バルサルタンとサクビトリル、ナトリウムイオン、水分子が1:1:3:2.5の化学量論的比率で会合して1つの化合物のように挙動する超分子複合体」をその特有の解決手段として提示したという点にあり、特許発明が2.5水和物超分子複合体に対して水分子数を異にする範囲にまで技術発展に寄与したと評価することはできない。したがって、特許発明に特有の課題解決原理は、請求の範囲の記載に近接する程度で把握しなければならない。
- 確認対象発明のバルサルタン、サクビトリル、ナトリウム イオン、水分子の構成は特許発明のそれとは異なり、確認対象発明には特許発明の請求の範囲の記載のような化学量論的比率で組み合わされた分子構成が含まれていない。確認対象発明は、特許発明と課題解決原理が同一であると認めることはできない。
大法院は上記事実関係を前述の法理に適用し、確認対象発明は特許発明と課題解決原理が同一であると認めることはできないと判断した。具体的な判断根拠は下記のとおりである。
専門家からのアドバイス
韓国大法院は、均等範囲の判断において特許発明の課題解決原理を把握する際には、その特許発明が技術発展に寄与した程度に応じて特許発明の実質的価値を客観的に把握し、それに見合った保護をする必要があるという見地から、先行技術を参酌し、特許発明が技術発展に寄与した程度に応じて課題解決原理を広く又は狭く把握するかを決定すべきという立場を一貫して取ってきた。
本件の事例では、特許発明はバルサルタンとサクビトリル、ナトリウムイオン、水分子が1:1:3:2.5の化学量論的比率で会合された超分子複合体であったのに対し、確認対象発明は水分子の数のみにおいて違いがあった。これについて大法院は、特許明細書及び公知技術の具体的内容を参酌した上で、特許発明の課題解決原理は特許請求の範囲の記載に「近接する程度」で把握すべきであるとしている。その具体的な判断において、大法院は、バルサルタンとサクビトリルの併用の効果は知られていた点、特許発明の超分子複合体の結晶質形態における上記化学量論的比率等の特性は個別形態の実体を確認した後で分かるようになる点、原告が出願過程における進歩性欠如の拒絶理由に対して化学量論的比率に言及し優れた特性を主張していた点等を事実関係として挙げた。これらの点に基づき、大法院は、上記1:1:3:2.5の化学量論的比率が特許発明の課題解決原理に該当することから、これとは相違する確認対象発明は均等範囲に属さないと結論づけた。本件は、均等範囲における課題解決原理の同一性判断の具体的事例として参考になる。
ジェトロ・ソウル事務所知的財産チーム
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